
七月十日、無事に三番目の姉の結婚式も終えまして、次に控えておりますのが、披露宴。ま、家族だけの小ぢんまりしたもんやったんですが、なかなか良かったですよ。しかし、婚礼と申しますると、やっぱり付きもんなんが、お酒ですわな。この当日は、仕事も休みやったんで、アホほど飲んでこましたった。また、次から次へと、ボーイさんがグラスに注いでくれはるんでね。ビールにシャンパン、赤ワイン・白ワイン、冷酒まで瓶ごと持ってきてくれはって、エエ加減酔いましたわ。しかし、その後、散会してから、私個人的に、友達二人と待ち合わせておりまして、そっからまた、御飯食べるの、飲み倒すの、夜更けまで、遊んで帰りましたわ。いやあ〜、久々に楽しかったし、よう酔いましたわ。ま、翌日は、したたかに二日酔い。そのさなか、婚礼に出席してくれた、神戸の二番目の姉を車で送って行きましたけどな。ということで、今月は、その余韻を楽しむかのごとく、お酒のお噂で、『親子酒』を。お暑いさなかに、冬の話ちゅうのも、なんなんですけども…。
どこぞで飲んでの帰り道、杖かなんかを突きまして、反身になって、謡(うたい)のひとつでも謡いながらとなると、これは、もうご年配の方。自分の家へ帰ってくると、待っていたのは、息子の嫁。この方を相手にグダグダと。倅の様子を聞くと、まだ帰ってない。また、どこぞで飲んでんねやないかと。『年寄りは、まあエエとして。』てな、勝手な理由つけて、ちょっと怒り出す。『今日は夜と共に、意見をする。聞かなんだら、家放り出して、お前には、酒飲まん、エエ婿もろたる。』て、んなアホな。奥に夜具がとってあるのを聞かずに、意見をするとばっかりに、その場へグーグーと寝込んでしまう。
後から帰ってくるのが、ここの息子はん。こら、もう、若いさかいに、酔うてても、元気がエエ。大きい声出しながら、『一でな〜し〜』という、おきまりの文句歌うて、やってくる。ここで、出くわしたのが、屋台のうどん屋。『うどん屋、熱いか?肌脱げ。』てな、これもおきまりのやりとりがあって、うどん食うのか思うたら、湯くれて。水たまりに、はまったさかいに、足拭くのにやて。湯だけではと、ボヤいてると、今度は、正真正銘に、うどんくれて。割り箸一つ割んのにも、難癖つけて、食べんのんかいなあと思うてると、今度は、とんがらし。一味探してなはる。うどん屋に出してもらうが、中身が出えへん。ツメ抜いてへんがな。口でくわえて、道端にブーッ。と、かわいそうに、これ後、どうにもならんわ。文句言うたら、四斗樽のツメは家に何ぼでもあるて。どんがらしがサラでっさかいに、振ったら出る。穴上向けて、振る人がどこにおますかいな。目や鼻に入って、ハックション。『くっしゃみ講釈』やないにゃし。穴下向けて振ったら、これがまた、エエ具合に出た。しゃべってるうちに、うどんの上に赤い山できた。『赤い山か〜ら』てな歌を歌うてると、もう、とんがらしあれへん。一本丸々かけてもた。『食べられしまへん。』『お前とこは、食べられんもん売ってんのか。』『いや、辛うて、食べられしまへん。やめときなはれ。』と押し問答。しかし、一口食べてみると、ひゃ〜、エライこっちゃ。口の中が火事。ここら、見ものですわ。『首提灯』で、タカのツメ食べるときみたいに。もうエエと勘定してもらうと、八円。『一口食べただけやのに。』て、んなこと言いないな。十円渡して、釣りはいらんて。家買う時の、たしにせえて。こんなことしながら、からかうのが酔っ払いの楽しいとこ。エエ意味で楽しんどくれやっしゃ。『今、戻った。』と、戸を叩くと、内らからは、『その声は、作さんやろ。あんたとこは、東へ三軒目だっせ。』て、家間違うてんねや。三軒目の戸を叩くと、『どいつや〜。』て、男の声。亭主の留守に間男…。って、東へ来んならんとこ、西へ来て、『東へ六軒目や。』やて。人の家、持ち歩いてんのかと、そこらじゅうの戸を叩いて回ると、表へ手叩いて、出てきはったんが、さいぜんの嫁さん。
伴われて家へ入ってみると、誰か寝てる。聞いてみると、親父が酔うて寝てしもた。『若いもんはエエとして…。また、お前には、酒飲まん、エエ親父もろたる。』てな、おんなじようなこと言いながら、叩き起こす。『あっ、倅か。毎晩毎晩酒ばっかり飲んでるさかいに、お前の顔が三つも四つも見えるわい。そんな化けもんみたいな奴に、ここの家は譲れんぞ。』『いらんわい、こんなグルグル回る家。』と、これがサゲになりますわ。何ともおもろいもんですな。両者共に酔うてますんで、父親は、息子の顔が二重・三重に見える。息子はんのほうは、家が回ってるて。粋な話ですなあ。しかし、両者共に次の日は、頭の中でバレ太鼓が鳴る。デテケ、デテケ、テンテンバラバラ。そこで、嫁さんが一人残る。てな想像、私一人だけしてまんねけども。サゲの言葉自体は、『こんなグルグル回る家、いやになったわい。』とか、『こんな化物屋敷みたいな、グルグル回る家、いらんわい。』とか、多少の違いはありますが、意味は同じですね。
上演時間は、二十分前後ですな。あんまりくどくどと、長くなりすぎてはいけませんね。特に、息子はんが酔うたあげくの、悪者になる程度まで行っては、イヤミになりますし。ほどほどに。元来の寄席では、よく演じられるネタです。全体に笑いも多いですし、サゲが変わっていて、おもろいですし。冒頭の部分、おやっさんが歌うのは、元々、『エビは幼少にして、ヒゲ長々と。腰に梓の弓を張り…』という謡の一節でありまして、この謡にされている方も多いのですが、桂米朝氏によりますと、これは、謡の文句ではないんじゃないかと。ですから、ご自身も、いろんな歌にされているみたいですな。別に、冒頭の説明で、地の部分で、『謡やなんかを謡いまして…』てなこと言わんかったら、『エビは…』の歌でもエエわけなんですがね。長年、積み重ねられてきた間に、こうしたあやふやな所が出てきたんでしょう。
親父さんのほうは、酔いながらも、上品に寝てしまう。後の息子はん、うどん屋をからかう所は、やっぱりおもろいでんなあ。特に、とんがらし一本使うて、うどん食べるあたり。また、うどん屋のおやっさんも、酔うた客と分かっていながら、あしらうあたりが、心得たはって、よろしいな。しかし、この部分は、『風邪うどん』で、うどん屋が、からかわれる件りと一緒ですねやわ。それに、ちょっと趣向は違いますが、『堀川』にも、出てきますね。ま、立場が違いますので、全体的な印象としては、違ってくるもんですが。
息子はんが家を間違いながらも家へ帰ってきて、サゲになりますね。“この家は”てなこと言うたはるぐらいでっさかいに、大店とはいいませんが、そこそこのお家ではあるんでしょうなあ。親子共に、その心づもりなんですが、その他に、嫁さんというもんが、非常に出来た人ですね。これも感心する所です。でまた、最初のおやっさんの扱いぶりと、後の亭主への扱いぶりの微妙な違いも、見どころですわ。今、こんなエエ嫁さん、なかなかいはれしまへんで。
東京でも、同じ演題、同じサゲで演じられておりますが、うどん屋の件りは、全くありません。これは、すっきりとしていて、また、おもろいもんですが、親父さんが家で隠れて飲む場面が出てきますし、間に入るのは、息子の嫁さんではなく、親父さんの奥さん、息子はんのお母さんなんですな。で、この夫婦が場を占めるために、息子はんの場面が少ない。ま、上方式と、東京式、どっちがエエかは、賛否のあるところですが、私個人としましては、また、別の一席として、東京式のものも、結構好きなんですよ。特に、先ほど亡くなられた、故・九代目桂文治氏なんか、得意にしてはりましたな。あの、酔うて、袴の膝の上から、手がずり落ちる所なんか、今でも思い出しますわ。
所有音源は、故・六代目笑福亭松鶴氏、故・桂枝雀氏、桂きん枝氏、桂雀三郎氏、桂九雀氏、桂宗助氏のものなどがあり、他にも色々と聞かせて頂いております。松鶴氏のものは、晩年の『松鶴極めつき十三夜』のものだったと思いますが、息子はんに勢いがありましたなあ。やっぱり、うどん屋の件りが、目に見えるようで、おもろかった。枝雀氏のものは、やはり爆笑で、寝てしまうとこで、おでこを舞台にコトンとぶつけてはりました。また、かわいらしい嫁さんでね。きん枝氏も、得意ネタというか、出来るネタで、昔からようやったはりますけど、私、結構好きでんねん。あの、『うどん屋〜』ちゅう、突拍子もない声、笑えますなあ。雀三郎氏も、得意ネタにして、最近、ようやったはります。師匠の枝雀氏ぶりの、爆笑につぐ爆笑で。九雀氏も、おもろいもんですが、親父さんの描き方に、うまさを感じますねえ。ちょっとした旦那というところで。宗助氏も、にぎやかに、うどん屋からかうたはります。その割りに、東京式の感じもあって、なかなか、ようまとまってるように思いまっせ。
ま、そんなに筋が大事な話でもないんで、ご陽気に、楽しんで、聞いとくれやっしゃ〜。
<16.8.1 記>
<以降加筆修正>
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