押し詰まりましたなあ。もう十二月。一年一年、年ごとに早うなっていきます。今月は、この時期に合わせましての『厄払い』で、今年一年の厄落としとさせていただきましょう。

 あいも変わりません、ぶらぶらしている男が、ちょっと知恵者という方のお家へ上がり込んで来るところから話は始まります。ちょっとした、つなぎの小遣い稼ぎを世話してやろうと。今日は節分で年越しやということで。しかし、この主人公、年越しのよばし麦売りで、懲りたことがあるのやて。前の日に、麦一升水につけといて、朝から売りに行たら、じきに売れた。こらもう一儲けと、三升つけて、明くる日に売りに行たら、一つも売れへん。そら、正月に麦食べる家て、あれへんがな。大阪は年越し済んだちゅうので、尼崎・神戸・明石…。どこへ行ても、年越し終わってるので、仕方なしに、それから毎日、麦食べてたて。

 そんなんと違うて、元手いらずで儲かる商売、厄払いやったらどやて。ゲン直しに、結構な旦那でも、厄落としとして、厄払いに出はる人もいはるというぐらいのもん。しかし、これにもコツがあるのやて。厄払いの文句言う前に、その家の家族の人数を聞いとく。二人やったら二人、奉公人も入れて二十人やったら二十人さん、皆さんの分の厄を払わしてもらいますと、先に言うといたら、ちょっと多い目に出しとこかてなもんや。二・三銭か五銭、白紙に包んで、豆も入れてくれはる。銭は取り分で、白紙は紙屑屋にエエ値で売れる。豆は食べんのかいな?そんなことはない。主人公は、「豆腐屋へ売りにいくねやろ。」て、節分の炒った豆が、豆腐になりまっかいな。「焼豆腐は?」火通したあるさかいに、焼豆腐て、どっからそんな考え浮かぶねや?駄菓子屋へ持って行くと、豆板や何やとかの材料で売れる。

 最初は、“役者づくし、花づくし、色々とめでたいのがございます。めでたいのんで払わしてもらいます。”てなこと言うて、はりこんでお金もろてからは、普通のでやったらエエて。そやけど、この主人公、誰でも知ってる厄払いの文句知らんねやがな。この種の人には、珍しいんですがな。いらんもんだけ、よう覚えはるんですが。“あ〜らめでたやな、めでたやな。めでたいことであろうなら、鶴は千年、亀は万年。浦島太郎は八千歳。東方朔は九千歳。三浦の大介、百六つ。かかるめでたき折からに、いかなる悪魔が来ようとも、この厄払いが引っ捕らえ、西の海へさらり。やっく払いまひょ。”鶴亀はご存知ですし、浦島太郎も、長生きやったとされてますね。東方朔は、中国の人で、西王母の植えた桃を盗んで食べ、長生きしたと伝えられております。お能に出てきますな。三浦大介義明は、源頼朝を助けていた相模の方で、八十九歳でなくなられた後、その十七回忌に頼朝が、“私の中に、まだ生きている”と言ったことから、足して、百六つらしいですわ。しかし、この、浦島太郎と、東方朔の年数は、諸説ありまして、三千年とか、七百歳とか、まちまちなんですてね。とりあえず、ここでは、型通りということで。この文句、すぐには主人公に覚えられん。どうしょうもないので、仮名で紙に書いてもらいます。つまり、これを夕方までに覚えて、練習しとかなアカンわけですわ。それから、最初の口開けは、ゲンつけに、ここの家に寄って、払わしたげるさかいに、一番に寄りなはれやと言われながら、主人公は自分の家へ。

 ところで、皆様方、ご存知とは思いますが、一応、説明しときます。昔の陰暦でいきますと、節分と年越し、大晦日はだいたい同じ日になるわけで、一夜開けると立春・正月と、こないなるわけです。そやさかい、今でいう節分の行事は、元来は、大晦日にやってはったん。一年のけがれを落とす意味で、宮中での大祓、追儺(ついな)で鬼が出てきて、豆をまくのも、大晦日。においにつられてやってきて、鬼が目をつくさかいにと、柊(ひいらぎ)に鰯の頭をさすために、鰯を食べたのも、大晦日。数え年でっさかいに、自分の年齢に一つ数足して、豆食べるのも、次の日、元旦に皆が一つずつ年を取るため。それに、さいぜん出てきました、水に浸して、ふやかした麦を、白米と混ぜて炊いて食べていたのも、この日のこと。関西一円では、こんなとこですかな。年越しそばも、元来の関西では、食べられていなかったみたいですし。ですから、後述しますが、鍋焼きうどんが売れるのも、不思議では、ありませんな。節分の巻寿司も、一般的ではなかったみたいですな。今では、恵方向いての丸かぶりなんて、関西の代表行事みたいにされてますけど、ほん何十年か前まで、一地方の風習でしかなかったようですね。また、この話の主題であります、“厄払い”というような人が、大晦日の晩に家々の軒先で、厄を払うという風習も、大正の終わり、昭和の初めごろまでであったようです。私も、詳しいことは、あんまり知りませんが…。

 さて、話戻りまして、この男、何を思いましたか、用心籠に紙貼り出したん。用心籠て、火事かなんか不意の時に、そこらのもん入れて、せたろうて逃げる、大きな大きな籠で、どこの家にもあったんやそうです。これをかたげまして、もう夜も更け渡りました頃、さいぜんの家へ。ここから口開け。って、遅すぎるがな。夕方ぐらいに来な。籠に紙貼ってて、遅うなったやて。ほんで、この籠一杯に、銭と豆もろて帰ろて。んな、アホな。そんなぎょうさん貯まらんがな。相手さんも待ちくたびれて、他の厄払い呼んで、厄払わしてしもた。「二回も三回も払わす奴が、どこにいてんねん。」「そやけど、まだその隅に厄残ってる。」て、イヤなこと言うなあ。一年の総決算やのに。怒られもって、今度は街中を流して歩きます。しかし、黙ってたんでは、誰も呼んでくれへん。“通ってまっせ”“厄払いでっせ”も、おかしい。建て前(売り声ですな)聞くの忘れてた。すると、向うからやってきたのは同業者。「やっく払いまひょ。めでたいのんで、払いまひょ。」と、これまたウマイ。呼び止めて、建て前聞きますが、忙しいさかいに、相手にしてられへん。第一、厄払いが二人並んで歩くのもおかしい。「ここら、なじみやさかい、ついて来たらアカン。呼んでもろたら、わしが払うねや。」「わたい、そんな横取りせえしまへん。あんたに払うてもろて、銭と豆だけもらうわ。」て、怒られるで。

 ある一軒のお店、番頭はんは、毎年の厄払いを待ってますが、なかなか現れん。そうこうしているうちに、もう遅うなってしもた。旦さんから、誰でもエエさかいにと、言われているところに、主人公。「何ぞ用か?」やて。言われた通りに進んでいきますが、紙貼るのん夢中で、肝心の文句覚えんの、コロッと忘れてた。『牛ほめ』みたいに、書いたもん読もうとしますが、店の前には、ズラッーとここの家の人。そら、厄払うてもらうのやさかいね。その前で、書いたもん読むわけにいかんので、表の障子閉めてもろて、やり始めますが、暗うて字が読めん。「ちょっとだけ開けといてもらおか。」やて。「あ、あらめ、うでたやな。あらめは、うでたほうがよろしいか?」て、なんのこっちゃ。「めでた、いことではら、お〜なら、鶴は十年。」「エライ寿命短いな。」「若死にの鶴で。」て、ゲン悪いなあ。“十”の上の“一”、シャッポン(頭)が抜けてたんですわ。これがホンマの、“ツルクハット”て…。「亀は一ヵ年」て、これも“万”の“一”と“力”ですがな。「浦島たらう…」て、そら、仮名で書いたあるさかいにね。多羅尾伴内やないちゅうねん。こうなると、もう番頭はんが代わりになって、最後まで、文句言うてしまう。主人公は、とんで逃げて帰る。

 これを聞いて、旦さんは大笑い。愉快なうちに年越しが…。って、急に雨降ってきた。すると、番頭さんが、「降るは千年、雨は万年。」と。家の者も、「雨が降ってきましたんで、裏の戸を閉めました。裏閉めたるは八千歳。」「ほうぼうの戸をさしてきましたんで、ほうぼうさすは九千歳。」権助までも、身を震わして、「身震いの権助、百六つ。」お清どんが、朱子(しゅす)の帯を出してきて、「かかるめでたき折からに、いかなる悪魔が来ようとも、この清が引っ捕らえ、朱子の帯へさらり。」定吉が布団出して、「夜具払いましょう。」と、これがサゲになりますな。厄払いの文句が、奉公人みんなの仁輪加(俄・にわか)で、一つずつ済まされて、“厄”と“夜具”がかけてあってサゲになるという、何とも粋な話ですわ。昔の朋輩衆でしたら、これぐらい皆でやって、楽しむぐらいの雰囲気はあったんでしょうなあ。さしずめ、今ですと、会社の忘年会かなんか、カラオケでグループの歌を歌うとか、替え歌を歌うとか。話の筋としては、今まで追いかけてきた主人公がなくなって、別の所でサゲがつくわけですが、おめでたいし、よろしいな。昔のお客さんでしたら、これを聞いて、正月迎える訳ですし。縁起よろしいがな。

 上演時間は、十五分から二十分前後、あんまり長くやるもんでもないですね。季節が限られておりますが、昔の寄席なんかでは、割り合い、はやったもんと思います。全編で笑いも多いですし。最初の主人公と、訪れる家の主との会話、おもろいもんですよ。特に、焼豆腐のとこ。炒った豆が焼豆腐になるという発想が、どっからわいてきまんねやろ?後半、実際に厄払いに出て、同業者とのかけ合いもおもろいですし、一軒の家に呼ばれてからも、笑いの連続。“ちょっとだけ開けといて”て、笑いますけど、昔やったら、街灯もあるやなしやの時代でっさかいに、分からんことおまへんよ。また、“鶴は十年で若死に。ツルクハット”ちゅうとこも、腹かかえて笑えまっせ。で、最後は、キレイにまとまって、サゲになると。

 普通は、以上のような速記らしいんですが、桂米朝氏のものには、主人公の厄払いが、流して歩く際に、鍋焼きうどんの、うどん屋の件りが入ります。“なべや〜きうど〜ん”の建て前がウマイので、うどん屋に教えてもらって、“なべや〜くはらい〜”と言うと、これにつられて、うどんの注文が入り出して、うどん屋だけが儲かるという。なかなかおもしろく、この“なべや〜きうど〜ん”と“なべや〜くはらい〜”の音が似ていて、違和感がなくなるということから、作られたのでしょうか。というのも、ここは、米朝氏の師である、故・四代目桂米團治氏の創作らしく、米朝氏や吉朝氏等、お弟子さんに受け継がれ、型となっているようでありますな。

 東京でも、同じ題で演じられております。内容自体は同じものですが、習俗の違いがありまして、厄払いの建て前や文句が違いますね。建て前は、「御厄払いましょ、厄落とし」なんかいうもので、『三人吉三』という有名な芝居にも出てきます。そのせいか、このネタ、ごく東京ネタだけのように思われている方が大多数でありましょう。東京のほうが、なじみが深かったんでしょうなあ。文句のほうも、上方のものより、長くなっていますね。故・八代目桂文楽氏、故・六代目三遊亭圓生氏なんかも、よくやったはったと思います。しかし、最近では、あれだけやったはった東京でも、珍しい部類のほうになりつつあるのと違いますか。ちなみに、サゲは、東方朔の“とうぼう”の所で、厄払いが逃げてしまい、「東方(逃亡)と言ってましたよ」となりますな。これはこれで、また話の一貫性からいえば、当然の所でサゲがつくわけですから、イイんですね。ま、上方式のように、最後に、幸福感といおうか、お客さんがうれしがるといおうか、この話聞くだけで厄払いできたなんていう気持ち良さが、出て来ないのは、これまた当然で。

 所有音源は、桂米朝氏のものがあります。さいぜん申しました、鍋焼きうどん入りの。さすがに、おもろいもんですよ。主人公の慌てぶりなんかね。それに、最後の旦さんの、うれしがる気持ちがよく出てて、旨がスーッとして終わりますな。

 本当に、季節限定で、『尻餅』のように、年末年始、または、節分にぐらいしか出来ないようなネタなんですが、上方では、そこそこ聞ける機会があるんですよね。ありがたいことに。昔の、実際に厄払いなんか一般常識であったような時代やと、もっともっと、二倍三倍にも大ウケだったのかも知れませんね。私も、好きなネタであるんですが、実際に知ってたら、もっと笑えてたでしょうなあ。この厄払いの文句と共に、皆様方の厄を落としていただきまして、新しい年を迎えていただきたいと思います。それでは、良いお年を。

<16.12.1 記>
<19.7.1 最終加筆>


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