
追悼シリーズというわけでもございませんが、たまたま、先々月・先月と続きまして、今月は、四代目林家染語楼氏を。お父様が、先代の染語楼さんで、戦後、一時、一一(かずはじめ)を名乗っておられましたよねえ。古い録音ですと、「え〜、一一でございまして…」から始まるものが、たしか、残っておりましたわ。軽〜い感じのおしゃべりでね。で、その息子さん、林家市染いうてはりましたな。今、また、その息子さんが、噺家したはりますけれども。何といおうが、お若い時分から、あんな感じのお方で、いっこも歳いかん思うてましたんですけど、享年五十四歳。それでも、まだ早過ぎますよね。これからですがな。有名な話で、中田つるじ社中に入られ、随分とお囃子の勉強をされたそうで、そのおかげで、一時、難しいお囃子の手なんか、滅びかけた時代を乗り越え、現代のように、そこそこの場所では、ほとんど生演奏で、お囃子が聞けるといっても過言ではござりません。東京なんか、落語会でも、テープのとこ、ありますもんな。その点、多大な功績を残されたと、私は思っております。噺のほうは、お父さん同様に、創作と古典の二刀流で、桂三枝氏なんかとは、また違った雰囲気の、どちらかというと、古典に近い創作という感じのものが多かったように思います。私は、割り方、この手のものが好きでしたけれども。あんまり、古典を聞く機会に恵まれなかったせいもありますが、所有音源の中で、『禁酒関所』を。
その昔、ある藩でのこと。お侍が酔ったあげくに、同僚の侍を刀で斬ってしまった。と、斬ったほうのお侍も、酔いが醒めて、大変なことをしたと、切腹する。困るのはお殿様。家来を二人も殺してしもたんですからな。それからは、城内で酒を飲むこと、飲んで帰る、持ち込むことが禁止、つまり、禁酒令が出る。お城の門の前には、それを取り調べる番小屋ができる。いつしか、これが、禁酒関所と呼ばれるようになった、ある日のこと。城下の酒屋の前に立ちました一人の侍、名を松本と申しまして、家中きっての酒好き。番頭に一升持って来させる。飲んだこと、飲ませたことが分かると、きついお咎めがあるには違いはないが、そこは、この松本氏のこと。一升ぐらいでは、飲んだか飲んでへんか、バレる気遣いない。て、相当な酒飲みやん。枡の角に口をつけますと、一気に。ここら、エエ飲みっぷりで。「もう一升」と言いますが、そこは、ちょっとお断り。しからば、寝酒の楽しみにしたいので、もう一升を、松本氏の屋敷へ届けて欲しいて。勘定の他に、礼をやるさかいに。と、松本氏は先に帰ってしまう。
さあ、こうなると大変で。お金になるのと、信用がありまっさかいに、何とかして届けたい。しかし、途中には、さいぜん言いました、禁酒関所がある。皆が集まって相談。丁稚の案では、この人の友達が饅頭屋へ勤めてるので、こないだうちからできた外国のお菓子で、カステイラちゅうのがありまっさかいに、中身を皆で食べて、空き箱に五合徳利を二本並べて、持って行ったらどないやと。身なりは、その友達に、着物を借りて、箱は、使いもんにしまっさかいにと、水引かなんぞを掛けておく。
とりあえず、この作戦でと、丁稚は、例の関所へかかる。役人が二人いておりまして、「変われば変わるものじゃ。酒好きの松本が甘いものを…。」てなこと言いながら、中身を改めようとしますが、水引が掛かったある進物。それではと、二人は許可を出しますが、今度は、丁稚のほうが、一旦置いた箱を持ち上げる際に、「どっこいしょ」と。重たいのん、バレるがな。「“どっこいしょ”は、口ぐせでんねん。」と言いますが、そこは、もうエライこと。水引なんか、後で結わえよと、箱の中身を改めると、徳利が二本。それでも、まだ、“水カステイラ”と言い繕いますが、もう遅い。「水カステイラかどうかの詮議を…。」と、このお役人、門番に言いつけて、湯呑みを持って来させる。一杯飲んで、ひさしぶりでっさかいに、おいしいとみえて、何杯でも飲む。もう一人の役人も、例に違わず。「こら町人、そのほう、これを水カステイラなどと申しおって、この偽り者めが!」
飛んで帰ってくるのは、その丁稚。店で今度は、また違うもんが行くて。一升徳利を荒縄でくくって、外を油だらけにして、“松本の旦さんへ、灯し油のお届けを。”と、つまり、油屋に変装して行こうという算段。今回も、例の関所で、「どうぞお通しを。」と、行きますが、さいぜんのことがあるので、お役人も、なかなか通してくれへん。「お手に触ると、汚れます。」なんか言いつけますけれども、「苦しゅうない、控えておれ。」詰めを抜きますと、「この度も、水カステイラと同じ匂いがしてござる。」て、ああバレてしもた。また、一応のお取り調べ。湯呑みでさんざんに飲んだあげく、またもや、「偽り者めが!」と。
今度は、また別の方の思案。もう、これまで、タダで二升も飲まれてまっさかいに、お酒を持って行くという主旨から外れて、何ぞこの、役人に仕返しがしたいて。小便持って行ったりまひょて。一升徳利に小便詰めて、植木の肥やしにするさかいとの注文で、小便を持っていくねやて。さあ、おもろなってきたで。奉公人が皆で小便を詰め出します。男のお方はよろしいけども、女のお方は?「じょうご持って来て。」て、『有馬小便』やないにゃし。ようようのことで、小便を一升詰めまして、くだんの関所。「小便屋でございます。」と言いますが、またまた松本氏のお宅なので、改められる。「お手に触ると、汚れま。」て、ホンマに汚れますねやけども、「苦しゅうない」やて。そやけどねえ、この取調べのお役人も、一人一升ずつ飲んでまっさかいに、だいぶもう酔うてる。徳利触って、「この度は、ご丁寧に、燗までしおって。」て、今、入れたとこでっさかいにねえ。今度は、丼鉢を持って来さして、並々と注ぎますが、泡立って出てくる。「こりゃ新酒じゃ。」と、妙に納得をいたしますが、ちょっとニオイが…。目や鼻にしみる。それでも、大きい口を開けて、一口。「あ〜。これ町人、そのほう、これを小便などと申しおって、正直者めが!」と、これがサゲになりますな。一回目は、酒をカステイラ、二回目は油と言って、「偽り者めが」と怒られたために、最後は、小便を小便として持って行き、つづまるところ、「正直者めが」となった訳ですな。ところが、元来は、「裏へ回れ」「ババは嫌や」というようなサゲになってたみたいですね。つまり、表が小便で、裏門が…、という意味ですな。ちょっと汚い感じしますので、現行のものが主流になったのでありましょう。
上演時間は、二十分から二十五分ぐらい、そんなに長いものではありません。寄席等でも、よく演じられておりますな。相対的に、笑いが多いものですから。最初に出てくる、松本というお侍、エエ飲みっぷりですな。この息をつかせぬ一升酒、我々お客は、見ものでござります。さて、その後に相談がまとまって、カステイラ。南蛮渡来のカステイラは、安土・桃山時代に日本へ伝わり、長崎なんかでは、早くから高級品として普及していたみたいですね。やがて、江戸時代も鎖国となり、その製法も、だんだんと各地に根付いて、庶民の口へも入ることとなった。そんなことでっさかいに、お侍の出てくる時代に、カステイラが出てくるのも不思議ではないのですね。ま、一回目の吟味では、お役人が五合ずつ飲み、ちょっとほろ酔いとなる。二回目は油なんですが、これも五合ずつ飲まれて、都合一升。もうエエあんばいですな。三回目は、酒から離れてしまって、今度は仕返しに転じる。それが小便ちゅうのは、いかにも上方らしい考えですわ。最後に出てくる時のお役人は、もう酔うてますわな。この、三回出てくるごとに、ちょっとずつ様子が変わるところなんか、十分に演者の見せ場となっております。徳利を触って、生あったか〜い、「燗までついてる」て、おもろいとこですわ。泡吹いて、「新酒や」言いながら、ニオイを嗅いだ時の顔、そして、一口飲んだ時の様子が、これまた、大爆笑。酔うてまっさかいに、少々のことでは、気がつかん。ほんに、笑いの絶えないお話です。また、お侍が、こんな目に遭うというのがね。我々、庶民からの、ちょっとした抵抗感といおうか。だから、東京で、なお一層、もてはやされるネタとなったのではないでしょうか。上方で、お侍の出てくる噺は、うんと少ないんですからな。
その東京では、『禁酒番屋』となっておりますね。内容は同じで、サゲも同じです。というよりも、元来、上方ネタだったこの噺が、東京へ移されて、現行のようなサゲになり、それが上方でも取り入れられ、すんなりとした、分かりやすいサゲとして、使われるようになったというのが、事の成り行きではないかと、推測されております。ただ、冒頭に出てくるお侍の名前は、松本ではなくて、近藤さんですな。何か、いわれがあるのでしょうか?故・五代目柳家小さん氏なんか、得意ネタで、よくやったはりました。あの、丁稚さんが風呂敷包みかかえて、番屋を通ろうとする所や、お役人が、酔うて行く加減なんか、今でも思い出されますね。
所有音源は、桂きん枝氏、故・林家染語楼氏、笑福亭松喬氏、笑福亭岐代松氏、笑福亭三喬氏なんかのものがあります。きん枝氏のものは、酒屋さんの丁稚さんや、手代さんなんかのおかしみがあって、おもろいもんです。染語楼氏のものは、そんなに振りの大きなものではありませんが、話自体、全体におかしみがありましたな。特に、お役人のほうに、おかしさがあって。松喬氏のものは、酔いの段階がすんなりと受け入れられてきまして、楽しいもんでございました。岐代松氏のものも、どちらかというと、酒屋さんのほうにおかしみがあって、エエもんでございました。三喬氏のものは、師の松喬氏譲りのものか、合間合間に入る、お役人の洒落なんか、ちょっとおもろいですな。
やっぱり、惜しいですなあ。独特の味があっただけに。染語楼はん。
<17.6.1 記>
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