これという理由も、ございませんねやが、暑うなってまいりましたので、今月は、幽霊の出てくるお話で、『へっつい幽霊』を。上方落語には、厳密な意味で、サゲなし、連日語りの怪談噺というのは、ほとんどないというところでございますのでね。あんまり、怪談噺とは、言いにくいのですが…。
とある道具屋さんの店先というところから、話は始まります。お客さんの目にとまったのは、京土のへっついさん。おくどさん。かまどですな。我々は、おくどさんと言うとりますが、へっついさんとも言いますよね。たいがい、そこそこの大きなお家ですと、土とか煉瓦とかで固めた、作り付けのやつがありますが、こないして、移動させる手のものもあります。数人程度のご家庭なら、この移動型のが使われていましたな。旧式な、大昔からあるのは、土で固めてあって、地べたに炊き口があるやつですが、明治になってからは、煉瓦造りの、腰のあたりに炊き口があるもので、大屋根の上まで、煙突がついてるん。ちなみに、私の家も、いまだに、この煉瓦の手のものを使っとりますが。しかし、ここに出てくるのは、その移動可能なほうのもの。『へっつい盗人』に出てくる型のものと、一緒やとお思い下さりませ。
「お負け申しまして」「タダか」、「三円とは安い。そこを三円に負からんか?」などという、いかにも上方的・大阪的な商いのやりとりがあって、ここで、運搬賃込みで、三円に売れます。ここの所、おもしろい所ですねやが、売り手・買い手共に、やっぱり、商売のコツをわきまえてはるね。で、これを、先方のお宅へ届けた、その晩、二時回った頃に、「道具屋」。震えて入ってきたのは、へっついさんを買うたお方。あのへっついを引き取って欲しいて。何でや分からんけれども、道具屋仲間の取り決めもあり、三円そのままで引き取るわけにはいかんので、一円だけ損してもらうこととなりまして、明くる朝に、へっついさんを引き取ってくる。また、声がかかって、同じもっていきよう、三円で売れる。
その日の夜中、これもおんなじような時間に、「道具屋」と。昨日もおんなじようなことがあったので、一円損してもらって、引き取り、明日の朝一番でと。しかし、この男の方は、恐ろしいて、家へよう帰らん。こら、何ぞ訳があるに違いないと、道具屋のおっさんも、詳しく聞くことになる。訳聞くと、引き取ってもらわれへんかったら、かなんさかいにですが、この男も渋々と語り出す。「あのなあ、道具屋。昼間なあ、道具屋。…」て、別に、ずっと“道具屋”付けんでもよろしいがな。家に置いとくと、昼間はどうもない。夜中、二時ごろになったら、へっついさんの肩の所から、青〜い火がチョロチョロ、チョロチョロ…。「取〜って、取〜って。」て、兵隊さんのラッパやがな。つまり、幽霊、化けもんが出てくんねやて。こらかなわんので、この男、ここに泊めてくれて。布団が一組しかないが、道具屋の嫁はんと。て、んなアホな。夜が明けるまで、大阪中歩いてるということで、明くる朝に、へっついさんを取りに行く。
こんなことが、何べんか続きまして、三円で売れて、一円ずつ儲かる。エライ得をすると思うてたんですが、しかし、そのうちに妙な噂が立ち始める。大きな声では話でけんので、道具屋さん、嫁はんと二人で、奥で、この噂を話し始める。つまり、あそこの道具屋の品物からは、幽霊が出るちゅう噂で、何ともない品もんまでが売れんようになってる。嫁はんも、へっついさんが家にある時は、何かで締め付けられるような苦しみに襲われる。どこぞへ、ほかそうと思うても、もう評判が立ってるもんやさかいに、すぐ分かる。誰ぞ、お金の一円も付けたら、もろてくれはる人が、いはらへんかいなあと、考える。そら、一円ずつ儲かってまっさかいに、もう損はないん。
と、夫婦が話をしております裏手が塀、その向うは、長屋の雪隠場、つまり、便所になっておりまして、三つ並んでる真ん中で、用を足しておりましたのが、脳天の熊五郎という、バクチ打ち。これが、“一円付けて、もろてもらう”という話を耳にした。こんなへっつい、台は割って炊き付けに、土は砕いて、長屋の凸凹に埋めといたら、エエわい。これで一円儲かる…、と、手叩いて喜んで、持ってた紙を落としてもた。今みたいに、水洗で、トイレットペーパー備え付けてなもん、あれへんさかいね。お尻拭けへんがな。と、そこへまた、通りかかりましたのが、この熊はんの隣りに住んでおります、作次郎という若旦那。船場の砂糖問屋の若旦那で、極道が過ぎて、勘当の身の上。あげくの果てに、長屋住まいで、タバコ銭にも困る始末。「作ボン」と熊はんは呼びますが、声はすれども姿は見えず…、の正味の姿で、便所の中に、いてなはる。紙を頼むと、「鶴折ってなはったんやな。」て、んなアホな。途中で落とさはったんやがな。そこで、キレイに拭いてから、この二人の相談。表の道具屋から、へっついもろてきて、二人で五十銭ずつの金儲け。
「ごめん」と入って行きまして、早速、熊はんが、道具屋のおっさんに、一円でへっついさんを貰い受ける話をする。「そのかわりに、後から何が出ましても、ゴジャゴジャおっしゃいませんように。」と、念を押されて、運び出す。天秤棒と縄を借りまして、へっついさんを差し荷いにして、道具屋を出る。遊び人といえども、熊はんの体は丈夫。一方の若旦那は、きゃしゃなもん。路地口へかかりました所で、作ボンがヨロヨロっと、よろけた拍子に、へっついさんが横へ当たって、ガチャ〜ン。割れた中から、白いかたまりが、ゴロゴロッ。太鼓の音が入りまして、「出た、出た、幽霊のタマゴ。」て、んなアホな。ちょうど、作ボンの家の前でっさかいに、崩れたへっついを土間へ置いといて、熊はんの家の中へ。熊はんが調べてみると、封がしたある中身は、なんと、三百円!「道具屋へ」と言う若旦那ですが、“何が出ましても…”と言われてるだけに、こら、どエライ儲け。仕事は山分けでっさかいに、百五十円ずつにします。「大事おへんけど、さいぜんの五十銭は?」って、作ボンも、商家の若旦那だけあって、なかなかのもん。おもろいとこでんな。作ボンのほうは、このお金を持って、新町の小里て、なじみの妓へ。熊はんは、バクチ場へ。
と、そのまま、三日が経ちまして、作ボンは、また、「詰まらん、詰まらん。」と、スッカラカンになって、新町から。熊はんも、スッテンテンになってバクチ場から、帰ってきます。長屋の路地口で、これもベッタリと会うてしもて、一文無しの二人が、それぞれ隣同士の家へ。熊はんは、もうすぐに寝てしまいますが、若旦那は、そうはいかん。前の日まで、エエ布団で、女の妓と一緒でしたんやもんな。それを思い出しながら、布団へもぐっての一人ノロケ。「耳引っ張ったら、痛いがな。」と。してるところへ、いつもの時刻。二時ごろ。土間に置いたあった、へっついさんの肩から、青い火がチョロチョロ、チョロチョロ。「金返せ〜」と、出た出た、出た出た。幽霊が。
バリバリ、バリバリと、壁を破って、入ってきたのは、隣りの熊はん。あんまり大きい声でしたさかいに、心配になりはって。聞いてみると、幽霊が出てきて、“金返せ”と。そこで、作ボンは、熊はんの家で寝まして、明くる朝、早うから、熊はんがどこぞへ出かけて行って、帰ってきた。聞いてみると、作ボンの家へ行ってきたて。立派なお家で、お母さんにどうしてもと、無心して、三百円もろてきた。つまり、この金を幽霊に返したろて。こら、エライことなってきましたで。宵のうちから、熊はん、酒飲みながら、幽霊出るのん待ってる。時刻がまいりますと、へっついさんの肩から、青い火がチョロチョロ。幽霊がスッーと出るには、出たんですが、酔うてる熊はんの勢いに押されまして、「出てます。出てます。」と、土間の隅で、小ぃそうになってる。
「前へ回れ」と、幽霊に三百円の金を渡しますが、何か訳がありそうやと、その訳を聞きます。ここで、お決まりの述懐のセリフですな。下座からは、『鉦入りの合方』などが入りますが、この幽霊、福島の羅漢前で左官屋をしている、からっけつの八というバクチ打ち。寺サイを使って集めた金が三百円。あちこちから、貸してくれといわれるのが、うるささに、商売もんのへっついに塗り込めまして、勝ち祝いで、フグを食べたと。このフグに当たって、極楽往生。その金に未練が残って、浮かばれなかった。それで、へっついの金と共に、付いて出てくるというわけ。熊五郎、からっけつの八、共に名前だけは知ってるという、お互いがバクチ打ち。熊はんが言うのには、このお金は、熊はんのおかげで、日の目を見たんやさかいに、お礼として、半分の百五十円渡せと。出るとこへ出られんだけに、幽霊も、ゴジャゴジャ言いたそうにして、つい、「百五十円てな半端」と言うてします。そこで、熊はん、百五十円ずつで、サイコロバクチをやろうと言い出す。
さあ、おもろなってきましたで。丁半バクチ。幽霊も久しぶりで、サイを確かめる。て、おかしな手つきしなはんな。手の甲を裏返して。熊はんが湯呑みで壺を振りまして、さあ。この八っつぁん、生きてる時分から、丁しかはったことがないと、丁へ百五十円全部。思い切りがエエのん違いまんねん。早う勝負せな、夜が明けたら、消えなあきまへんさかいに。この度胸に合わせまして、熊はんも、半へ百五十円。勝負、と壺を開けますと、五六の半。ひや〜、熊はん勝って、三百円の儲け。肩落としながら幽霊も、「五六の半の後は、必ず丁。もういっぺんだけ。」と。「せっかくやけど、銭がないのん、分かったあんねん。」「そら、心配いりまへん。わても幽霊、決して、足は出せしまへん。」と、これがサゲになっておりますな。つまり、“足が出る”、損をするの、お金の“お足”と、足のない幽霊がかけてあるという、分かりやすいものですな。元来は、この後、次の晩に、熊はんが、バクチをしている所に、幽霊が、また出て来て、「お前、まだ、金に未練があんのんか?」「いいえ、せめてテラが欲しい。」と、テラ銭と、お寺、つまり、回向をして欲しいという意味合いをかけたもので、サゲになるとなっておりますね。私は、聞いたことございませんが、現行では、ほとんどが先述のサゲを使われておりますね。ま、どちらがエエかといわれると、どっちともよう言いませんけど…。
上演時間は、やはり、三十分前後は、かかるでしょ。ゆっくりと四十分ぐらいにもなりますし。ということは、落語会向きですな。全編通して、笑いも多く、ストーリー性もあって、なかなか聞き応えはありますよね。だから、あんまり短く、あっさりとは、やって欲しくないんですが。冒頭の道具屋でのやりとり、いかにも上方的、いや大阪的で、この辺の応対は非常に勉強になりますよ。スーパーでの買いもんでは、ちょっとこうは、いきまへんけどね。それに、夜中に、道具屋の表の戸を叩く呼吸、リズムというか、あれも、ようでけてますわ。一応の型らしきものはありますが、そこは演者の工夫次第で。ちなみに、二回目で、幽霊の訳を話す人の、“道具屋”という言葉癖も、おもろいですな。それに、「取って、取って…」いう、あれも、ホンマもんの兵隊ラッパで、あったらしいんですよね。噂に聞くと。まんざら、嘘でもないんですて。それから、「大阪中、歩いて回るさかいに」あれも、笑えますなあ。そんな人、どこにいはんねやろ?そして、へっついさんに、一円つけて、もろてもらう話あたりから、筋が先へと展開し、後半へ、さしかかります。
もちろん、後半の主人公は、熊はんと、作ボン。これがまた、長屋の雪隠場で聞いてて、紙落とすて、ねえ。『みかん屋』にも、似た件りはあるんですが、ここは、もっと話に深みがありますな。三百円が出てきて、“幽霊のタマゴか?”て、あれも、笑いますわ。幽霊て、卵からかえりますかえ?そして、割り前の五十銭を忘れた所も。二人がそれぞれに別れて、また家へ戻ってきて、若旦那の家へ幽霊が出る。おなじみ、『寝鳥の合方』で、大太鼓が、ドロドロドロッと。明くる朝に、三百円用立てて、話をつけるというのも、いかにも熊はんらしい威勢の良さ。普通やったら、そんなことせんと、へっついさんだけ、ほかしに行くのにね。そこで、幽霊も、からっけつの八というバクチ打ちやったと、事情が知れて、丁半バクチ。この辺も、よう考えると、おもろいもんでんなあ。幽霊が出てきて、バクチ打つて。こら、もう上方らしい、突拍子もない発想で。それから、熊はんが勝って、サゲとなる。
話自体、うまくできておりますな。幽霊の出てくるへっつい、それをもらう話が、便所の中で立ち聞き、やない、座り聞き。ヨロけた拍子に、三百円の金がゴロゴロッ。これを悔やんで、幽霊が出てくるところを、次の晩に返して、バクチ打つて。しかも、この話の所々に、笑いが散りばめられておりまして、へっついさんなんかいう、今では、ほとんど滅びかけて、誰も知らなくなってしまうような台所道具が、話の眼目て。普通やったら、へっついさん自体が分からんのでっさかいに、話自体が滅んでしまっていても、イイようなものなのですが、これはなかなか無くならない。そら、やっぱり、ストーリー、筋立てがしっかりしているのと、笑いが付いているのとなのでありましょう。
東京でも、同じ題、同じ趣向で演じられております。何といっても、故・三代目桂三木助氏でしょう。お若い頃は、本当のバクチ打ちであっただけにか、最後のバクチの場面は、とても胴に入ったものだったと、聞いております。残念ながら、私も、音だけでしか知らないのですが。元来は、上方ネタだったのでしょうが、早くから東京にも移されているみたいですし、近年は、この三木助氏によって、江戸落語になってしまったような感がありますね。サゲも、現行のものは、東京式だったみたいですし。ですから、一時、関西でも、このネタがあるのかと思われていたぐらいのものだったようです。
所有音源は、故・六代目笑福亭松鶴氏、桂ざこば氏、笑福亭松喬氏、故・四代目林家染語楼氏、笑福亭三喬氏のものがあります。松鶴氏のものは、たしか、NHKの上方落語の会か何かの音源で、時間制限のせいか、作ボンがノロケながら、幽霊の出てくる所で、切られているものしか、聞いたことがありません。お若い頃の録音だったようで、そらもう、勢いはあるわ、音が割れそうなぐらい、声は大きいわ、熊はんが地で演じられているような、脂の乗ったところでした。その分、聞き応えもあり、特に、へっついを買ったお客さん、作ボンなんかが、幽霊で驚くあたり、こちらがビックリするぐらいの怖がりようでしたな。ざこば氏のものは、意外と、話自体、丁寧にもっていかれる描き方で、そんなに無茶がないので、ストーリー重視で、エエもんでございましょ。あの、へっつい置く時に、見台持つ所あたりなんか、細かい演出で、いかにも、へっついさんみたいな、重たいもん持ってるようで。松喬氏は、のんびりとした道具屋のおやっさんや、意外と、気の弱いからっけつの八の描き方がうまくて、おもろいもんですねえ。染語楼氏のものは、淡々とした、ストーリー主体の、全体としての、話のおもしろさがありましたわ。三喬氏にも、からっけつの八に、おもしろみがあって、クライマックスに盛り上がりが来て、エエもんでした。他に、たしか、笑福亭松之助氏なんかも、昔、やったはったと思いますねけど。ざこば氏は、松之助氏からのものだったと、聞いたことがあったり、なかったり…。
たしかに、難しい、演者の腕の要る話ではあるんですが、何か、テレビドラマで、十分やれそうな、そんなネタですかな。
<17.7.1 記>
<19.7.1 最終加筆>
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