暑中お見舞い申し上げます。お暑いさかりに、ご来場、ありがとうございます。やはり、暑い夏のお祭りは、盛り上がりますな。祇園祭に天神祭て、もう終わってしまいましたが…。今年の祇園祭、宵山の日に、南座の前で太鼓の演奏を見てきたんです。姪と一緒に。帰ってきたら、また、その姪が、風呂入るときに、裸になって、太鼓叩くマネして、エライことで。そこで、今月は、太鼓のお話、いうても、『火焔太鼓』ちゃいまっせ。太鼓自体は出てきませんけど、『太鼓腹』をお楽しみください。

 太鼓持ちの繁八、いつものお茶屋のいつもの座敷、呼ばれたのも、これまたいつもの若旦那。お茶屋の女将さんから仲居さん、猫にまで、べんちゃらのあいさつをしてから、勝手知ったる二階の座敷へ。ここでも、また、べんちゃらを…。っと、酒が出てない。訳を聞くと、酒も芸妓もなし、繁八と差し向かいの、病人ごとをしようと。若旦那が病人で、須磨の別荘へ出養生。そこへ、繁八っつぁんが、なじみの妓を連れて、お見舞いに行くと、“よう来てくれた”と五円の祝儀。て、んなアホな。今度は反対。繁八が病人で、若旦那がお医者はん。見立てのつくのは、金欠病で、“頓服や”いうて、十円札を。これも違う。

 「金はやるけど、何でも頼みを聞いてくれるか?」と、若旦那。すると、繁八も、いつもの調子で、目で、こうこ噛むし、指もあげると。しかし、この頼みというのは、実は鍼(はり)。鍼灸ですな。若旦那、こないだうちから、鍼に凝って、先生に習いに行てる。そのうちに、“後は、もう家で稽古しなはれ。”と言われたんで、店のもんに言うねやが、誰一人打たしてもらえへんねやて。猫のお腹へ一本打ったら、“ギャー”言うて、死んでもた。最近は、キュウリやナスビに打つもんやさかいに、うちの漬けもんは、穴だらけやて。

 そこで、今日は、繁八に打とうという心積もり。しかし、この繁八、拍子の悪い、鍼嫌い。「帰れ」と若旦那は、ご機嫌斜めなので、しくじる訳にもいかず、ワニ皮の札入れと十円札一枚で、引き受けることになります。「鍼打ってもらうと、ワニ皮の札入れと、十円札。札入れは頂戴しますが、十円はお返しいたしまして、そのお金で、ご飯でも食べに行きまひょ。」て、それでは鍼打てんで、何にもならんがな。

 ようようのことで、打ちにかかります。繁八っつぁん、病人らしくするように言われて、もう、やけになってきた。「先生、お見舞い」「ヤブ来たか」て、怒られるで。脈を診てると、「手付けおくれ」て。まず、お腹に鍼を一本。半分入ったところで、「やっと五円」て、いやらしな。つべこべ言うてるうちに、全部入ります。この部分、鍼の打ち方なんかは、演者によって多少違いますが、実際の先生て、どないして打たはんねやろねえ?わたしゃ、まだ、いっぺんも、鍼打ってもろたことないので、知りませんねやわ。案外、スッと入ったもんでっさかいに、繁八っつぁんも安心して、若旦那も、タバコ一服吸うてたん。そのうちに鍼が熱持って、肉捲いて、取れへんようになってしもた。この鍼を取ろうとしますが、なかなか抜けへんし、繁八っつぁんも、ものすごく痛い様子。そこで若旦那、この鍼の横へ、もう一本、迎え鍼を打つと。つまり、お茶屋へ居続けの若旦那を、定吉に迎えに行かせる。陰陽が揃うて、二本一緒に。「痛い」と、これまた抜けへん様子。おかしいなあと、今度は、別家してる太兵衛さんが呼びに行くという、太兵衛の意見鍼を打つ。そこで、三人一緒に連れ持て、「痛い」。今度も抜けへん。繁八っつぁんがあんまり“痛い痛い”と言うもんでっさかいに、若旦那もウロがきて、素人考えで、手拭いを三本の鍼に引っ掛けますというと、片足を繁八っつぁんのお腹へかけて、ギュッと引っ張った。というよりも、無理矢理に引き抜いた。その拍子に、お腹の皮がビリビリッ。「こら、エライこっちゃ。財布とお金は、ちゃんと置いとくさかいに。」と、若旦那、慌てて、どこぞへ行ってしもた。

 下にいてた、おかあはんも、若旦那が飛び出して行ったので、こら、何ぞあったに違いないと、二階へ上がってくると、血だらけの繁八っつぁん。そら、ビックリしますわな。繁八っつぁん、訳を話しますと、おかはんも、「けど、繁八っつぁん、あんたのこっちゃさかいに、お礼のほうは、たんまりもろたんやろ。」と。「それが、札入れと十円札だけで。」「まあまあ、そんなぐらいで大ケガさされて、第一、仲間のもんに聞かれたら、なりが悪いやないか。」「なりも悪かろう。太鼓が破れたんや。」と、これがサゲになりますな。太鼓持ちという職業柄、お腹と、太鼓が、かけてありますねんな。ちなみに、“なり”・体裁と、“鳴り”・太鼓の音も、かかってるみたいなんですが。

 上演時間は、二十分ぐらいですかね。割り合い、笑いも多いですし、寄席向きではありますな。冒頭部分から、やはり、よくしゃべるのは、太鼓持ちの繁八っつぁん。しかし、特にお金の出てくるところなんか、お客さんには、いやらしく聞こえないようにするのが肝要ですな。どうしても、この手の太鼓持ちの話は、お金が目当てだけの、変なイヤ味が残ってしまうと、後味が悪いですので。しかし、この若旦那も、鍼に凝ったて、若いもんでは、珍しいでっせ。指圧とか、按摩でも、なかなか、いはれへんのに。練習相手がキュウリとナスビ、穴だらけの漬けもんて、よう漬かるやろねえ。一本目の鍼が、意外とすんなり入るのが、これまた、聞いてる我々も意外なぐらいで。しかし、抜けん。こんなことて、実際にあるのでしょうかねえ?私も、あんまり、よう知りませんねやけれども。そして、二本目・三本目と。これがまた、若旦那らしい、お茶屋への“迎え鍼”と“意見鍼”という例え。そこで、三本一緒に引き抜くのは、そらもう、誰でも考えること。我々でも、パソコンがきっちり終われへんかったら、ごくたま〜に、電源ボタン押してしまいません?ホンマは、はよ損じまっさかいに、いかんのですけどねえ。そして、おかはんが訳を聞いての、「しかし、繁八っつぁんのことやし、お礼は…」という、あの部分も、いかにも色街の裏側いう感じで、イヤ味がしないでもないんですが…。そこは、サラリと流していただいて、サゲになるという。とりあえず、ホント、いやらしさがあってはいけまへんな。

 東京でも同じ題、同じ演出ですな。ただ、サゲは、同じニュアンスですが、たしか、「皮が破れて、鳴らないんです」かなんかいうものだったと思います。というのも、そんなに、上演頻度が多いとは、いえないと思いますよ、東京では。

 所有音源は、故・三代目林家染丸氏、故・四代目林家小染氏、桂福楽氏、五代目林家小染氏、他に、桂む雀氏のものなども聞いたことがあります。やはり、『太鼓腹』といえば、三代目染丸氏ですな。代々の林家のお家芸の一つでもありますが。何といっても、この方の太鼓持ちの描き方は、素晴らしいですな。もっとも、太鼓持ちに、“素晴らしい”というのも、ちょっとおかしいですが。東京では、故・八代目桂文楽氏に太鼓持ちの定評がありましたけれども。しかし、この手のべんちゃらは、染丸氏ですな。全くイヤ味がありません。それに、素っ頓狂な叫び声。ホンマ、染丸氏の地でいくような感じですな。実際、太って、お腹も出ておられたようですし。その体型からいくと、先代の小染氏も、引けを取りませんな。この方も、太鼓持ちに味がありました。それに、少ししか出てきませんが、お茶屋の女将さんが、いかにも、それらしく出てまいりまして、華を添えられております。福楽氏のものも、太鼓持ちの描き方が大仰で、これまた、おもろいもんですな。イヤ味がなくって。また、体型でいきますと、現小染氏も、例に漏れず、あの鍼を打たれるところで、お腹突き出されると、ホント、太鼓が破れるのも、分かるようで。なかなか、エエもんでございます。む雀氏のものは、繁八っつぁん自体に、押し出しはありませんが、物腰の柔らかい感じで、これも、またちょっと違う良さが十分にありました。

 とりあえず、何かひっくり返るとか、場面がコロッと変わるとかいう話ではないのですが、ちょっと、おもしろくはありまんな。

<17.8.1 記>


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