こちらでは、度々、言っておりますが、私共の家では、なるべく年に一回は、お伊勢さんへ行くようにしてまんねん。しかも、新年になって、近いうちに。もう二月になってしまいましたけど、今年は、まだ行ってませんねやわ。でも、多分、今月中に行くとは思いますねやが。ということで、今回は、『東の旅』から『宿屋町(こぶ弁慶)』を。来月に、『こぶ弁慶』の部分をやりましょう。『こぶ弁慶』で、この『宿屋町』が一緒に演じられていることも多い、というか、引っ付けて、演じられますもんね。
お伊勢詣りを済ませました、喜六・清八という大阪の若いもん二人、帰りは、道を北に取りまして、近江八景から大津へとやってまいります。大阪から、行きは、東へ取りまして、奈良を見物しましたんでね。帰りは、近江から京へと。さて、大津の宿場へかかりますと、大変でっせ。両側は軒並みが宿屋さん。つまり、宿屋の客引きが来て、お客を呼び込むので、かなわん。そういう時には、『定宿がある』と言うたら、放してくれる。よそのお客を引いたらいかんのが、一応のルールでっさかいにね。大津という所は、一応、東海道の宿場町でっさかいに、往来も激しくて、今までの伊勢詣りの道中にもあったんでしょうけど、二人にとっては、ことさらに、客引きが多いような感じとなったんでしょうか。そういやあ、有名な安藤広重の『東海道五十三次』にも、荷物ひったくられるぐらい、引っ張られてる絵が、どっかにありましたな。
この客引き女というのも、平生から常駐したはる、おなごしさんでもなく、忙しい時だけ、手伝いに来たはるというような、普段は、お百姓したはる近所の奥さんとか、娘さん連中ですな。そやさかいに、顔の色は日に焼けて、真っ黒け。それでも、人さんの前へ出るさかいにと、白粉(おしろい)をベタベタ塗って、紅もくっきりと塗りたくる。て、オバケのQ太郎やがな。鼻が内らへ遠慮してる割りに、デボチンが出て、両方のほっぺたが出て、あごが出てる。て、こけても、鼻だけは打ちまへん。四方が出てるさかいにね。髪の毛が縮れてて、四方出の縮みの守て、四方田但馬守(しほうでんたじまのかみ)やがな。芝居でいいますと、四方天但馬守。明智光秀・武智光秀の家来ですな。て、どんな顔や?上見て、真ん中見て、下見てるうちに、上のほうを忘れるて。手は、一番の十能(じゅうのう)みたいなもん。火おこしやがな。表でおこした火を持って、玄関通って、中庭通って、奥庭通って、裏の離れ座敷まで、十能がいらなんだ。て、熱いがな。足は、十六文の甲高(こうだか)。ジャイアント馬場の十六文キックやないにゃし。こんな大きな足に合う足袋がございませんので、年中、裸足(はだし)。そこで野良仕事をするもんでっさかいに、かかとにあかぎれができる。去年のが残ってて、今年のが切れて、来年のが手回しに切れてる。て、んなアホな。その割れ目へ、米やら麦やらが入り込んで、体の温かみと水気で、芽が出て、秋になると、刈り入れが始まる。鶏や雀がつつっく。ビックリするわ。お腹が前へ出て、お尻・おいどてなもんやないん、ケツですな、これが後ろへ飛んで出る。今月・来月・再来月、伊達の対決、天下の豪傑、ケツくらえ。いかなる裁判官も、このケツだけには、判決を下しかねたという。雨が降ったら、雨やどりに、この下へ隠れた。そんな客引き女。どエライがな。
肩から斜めに、たすきをかけまして、お客を呼んでおります。「へえ、どなたも、お泊りやないかな」と、下座からは、おなじみ、『泊まりじゃ〜な〜いか、泊まりゃんせ〜な〜』と、にぎやかにお囃子が入りますな。しかし、「定宿がある」と言いふらすもんでっさかいに、皆、「どうも失礼を」と。ちょっと別嬪のおなごしに、「姉さん、何でわいら引けへんねん?」「まあ、お見それをいたしまして。どうぞお泊りを。」「定宿がある」「そやさかいに、何も始めから引いてしまへんがな。」「こらエライ失礼を」て、反対やがな。と、ある一人のおなごしさん、「一体、あんさん方の定宿は、どちらさんでございます?」と。これが縁になりまして、岡屋という、一軒の宿屋さんに世話になることと相成ります。番頭さんが出てきて、すすぎを持って来たのは、さいぜんのおなごしさんに、まだ輪をかけたような方。「や〜れ客人、脛っぽち洗てこまそか?」て、田舎丸出しですがな。最近は、喰いつかへんようになったらしいですが、喜ィさんの足を洗うて、少し涙が…。清やんの考えるには、国許にエエのがあって、その男の足とよう似てるのやないかて。こら、エライ間違いで、トトさんが牛追うて帰ってきた後の、牛の足を洗うのが、この人の役目やったて。牛に間違われてんのやがな。
例によりまして、「派手に上がろか、陽気に上がろか…」というフレーズがありまして、伊勢音頭歌いながら、陽気に…。て、喜ィやん、片っぽの足に、まだ、わらじ履いたままやがな。そやけど、おかしい。さいぜん、両方の足のわらじを解いた…。て、清やんの足を脱がせてんのやがな。自分の足も、分かってへんのかいな。すると、おなごしさんが、わらじに泥が付いてまっさかいに、洗うときまひょかて。大阪に若いもん、いっぺん泥の付いたわらじみたいなもん、二度と履けるかいと。「まあ、男らしいこと。お脚袢(きゃはん)にも、泥が?」「泥の付いた脚袢みたいなもん、ぴゃっぴゃ〜っと、直しといて。」て、そら、そやわ。
座敷へ通りまして、番頭はんがお茶を持ってきて、宿賃の応対。上中並と。値段が、一人で、一分・二朱・一朱と。一分が四朱でっさかいに、半額になっていきまんねんな。そやけど、清やんは、気に入らんと。すると、番頭は木賃宿を勧めますが、そうではないん。安すぎて、気に入らんて。「一人一晩、十両てなとこないか?」やて。清やんの言うのには、大阪の若いもん、うまいもんを食い飽きて、たまに、まずいもん食べて、痩せるのが念願で旅してるて、ダイエットやがな。大阪の雑魚場は、朝、板石が敷いたある。そこへ、とれとれの鯛が、手拭いかたげて、風呂行きよる。これを手カギで引っ掛けて、うろこ落として、包丁で三枚におろし、わざびのぼっかけで、喰うてみい。天にも昇る心地する。現に、天に昇って、いまだに降りてこんのが、三人。ホンマかいな?これ聞くと、喜ィさんも、言いたい。大阪の雑魚場で、ハモが、手拭いかたげて風呂へ。て、鯛やがな。これを手カギで引っ掛けて、うろこ…。ハモに、うろこあれへんがな。三枚におろして…。骨で骨で、喰われへん。て、おもろおまんな。
「宿賃のところは、一文も負かりまへん。」「そこを何とか」て、あべこべやがな。そやけど、この二人も、きっぷのエエとこで、二割引の、三割引のと違うて、ドーンと負けて、並で。て、始めから、こないなりまんねやろなちゅうのは、分かってまんがな。と決まると、早速、風呂は沸き立て、ご飯も炊き立てでっさかいに、風呂を先にするか、ご飯を先にするか。一昔前の、新婚家庭や。ほんなら、風呂入りながら、お膳持ってきてもろて、食べよかと。「そんなことが、でけますかいな。」「でけんかえ。大津では。」て、どこでも、できひんがな。ほんなら、部屋で、ご飯食べてる間に、後ろから、湯を浴びせ掛けてやて。「なんにもでけん、不自由な宿屋」と、わあわあ言うてますところで、今月は、お時間と。サゲらしいものは、このあたりで。別に、これといったものを付けることもありませんが、付けようと思えば、付けられますんでしょうけど。ま、切り場という感じで。
ここまでですと、だいたい十分から十五分ぐらいですかね。前座ネタというよりも、もう少し上のランクなんでしょうか?でも、落語会のトップなんかでは、演じられることも多いですしね。寄席なんかでも。いわゆる“旅ネタ”ですので、どこでも、切りやすいようになっていますし、長くしようと思えば、長くもできますし。おなごしさんの説明の部分とか、宿賃の応対の部分とか。おなごしさんの所ですが、よく、まあ、あれだけの描写を集めたなと、思いますよね。先人の知恵といおうか。地の、ト書きの部分の説明で、あれだけ長く、笑いを取るのも、難しいでしょうが。そやけど、あの部分、女の人は、どない思うて、聞いてはんねやろ?不細工な人もおんねんなあと、ま、自分と比べては、いはれへんでしょうけど。この部分聞きながら、隣りに座ってる人の顔見たら、怒られるやろなあ〜。そして、一軒の宿屋さんに泊まりを決めまして、輪をかけたようなおなごしさんとの笑いもあり、番頭はんとの宿賃の応対。この部分も、おもしろいですけど、あの鯛とハモの所は、近年、作りはったんでしょうか?お古い方の録音ですと、入ってませんし。故・桂枝雀氏なんかが。それとも、元々、どなたかのにあったんでしょうかね?ちょっと、よく存じ上げないのですが、しかし、おもろいとこですわ。大好きですねん。鯛喰うて、天に昇って、降りて来られへんのが、三人ほどいて、ハモが手拭いかたげて、風呂行くて。どっから、あんな発想出てくんねやろ?
『東の旅』の旅ネタですので、東京にあるのかどうかは、分かりませんが、聞きませんな。上方ネタですわな。とりあえず、所有音源等の記述は、来月の『こぶ弁慶』と一緒に、お送りしたいと存じます。旅行は、楽しいもんですなあ〜。
<18.2.1 記>
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