随分と、暖かくなりまして、春でございますな。草木が芽吹く季節、今月は、『植木屋娘』をご紹介いたしましょう。

 あるお寺の門前にございます植木屋さん、ご主人が幸右衛門と申しまして、財産が二箱。と申しましても、マッチ箱やおまへん、千両箱。得意先も百軒からあろうという、なかなか立派なお店でございます。ご家族は、奥さんと、今年十七歳になる、お光という娘さん。お店が門前にありまっさかいに、お寺のおっさんとは、いたって懇意にしております。“おっさん”いうても、近所のおっさんとは、違いまっせ。お住持のこと。映画の寅さんみたいなもんでっしゃろか?今日も今日とて、お寺へとやってきた幸右衛門、節季(せっき)でっさかいにと、書き出し書いとくなはれと。つまり、払いの時期でっさかいに、得意先に出す、請求書を書いて欲しいと。実は、この幸右衛門さん、字が書けんのですわ。昔は、そんな方、ちょいちょい、いはったようで、私でも、子供の頃のおばあさんで、新聞の字読まはんのが、怪しい方、おられましたけどねえ。しかし、おっさん、忙しいので、すぐには、行けん。そこで、小姓の伝吉っつぁんをと、言い出します。寺小姓という、まあ、住職さんのお世話なんかもする役ですな。『くっしゃみ講釈』にも出てきます、八百屋お七の相手が、寺小姓で吉三といいますが。この伝吉っつぁん、実は、歴々の跡目で、いずれは、五百石の家督を相続するという、お武家さんですわ。でっさかいに、読み書きぐらいは、世間一般に出来るとのこと。そこで、今回は、おっさんの変わりに、伝吉っつぁんが、植木屋さんの書き出しを書きに行くことに。しかし、店の帳面には、チョボやら、丸やら三角やら。判じもんですわ。つまり、幸右衛門の、心覚えで、数字の変わりに、記号がしたためてある。それでも、要領を得ますると、ものの一刻(いっとき)ほどで、書き上げてしまう。今まで、おっさんが、先延ばしにしながら書いてたんが、丸分かりになってしもた。そこで、一杯飲まして、伝吉っつぁんを、お寺へ帰す。

 これが縁になりまして、伝吉っつぁんも、ちょいちょいと植木屋はんに遊びに行く。用事を頼まれることもありますが、“ああしたら良かろう、こうしたら良かろう”と、幸右衛門に、商売上でもアドバイスをする。そうなりますというと、幸右衛門のほうも、伝吉っつぁんを頼りにするようになる、ある日のこと。幸右衛門が、奥さんに相談するのは、一人娘のお光のこと。別嬪な娘はんだけに、近所のもんが狙うて、けったいなことされたらかなん。エエ婿養子をもろうて、夫婦で隠居しようということ。しかし、その養子のあては?つまり、これが伝吉っつぁん。お光が嫌がろうが、何しようが、女房と伝吉っつぁんを一緒にして、養うてもろても何でも、エエさかいに、決めたて。んな、アホな。しかし、一応、本人の気持ちを聞いてみな分からん。お光っちゃんを呼び出しまして、おとっつぁんが、叱る。て、まだ何も、事情を話してへんがな。ホンマ、きょとの慌てもん。伝吉っつぁんの話をしますというと、照れるばかり。つまり、エエ返事でございますわ。早速に、お寺へとやってまいりまして、「貰いまひょ」て、何のこっちゃ、分からん。伝吉っつぁんを、養子に貰いまひょて。商売を譲って、楽隠居はよろしいけども、伝吉っつぁんは、いかん。さいぜんも言いましたとおり、五百石の跡目を継がんならん。

 泣く泣く帰ってまいりました幸右衛門、なかなか諦めることがでけん。そこで、つつもたせ的な、考えで、一計を案じます。美人局ですな。伝吉っつぁんと、お光を、二人きりにしようという算段。伝吉っつぁんを、ここの家へ呼んで、女将さんは、風呂へ行く。幸右衛門と、一杯飲みかけたところで、得意先へと、植木を持って出る。家の中には、伝吉っつぁんと、お光の二人だけ。酒肴が用意されてるところで、酒の酔いが手伝うて、伝吉っつぁんが、お光の手を握る。そこへ、親父が飛び込んできて、“うちの娘をキズもんにしたな。この始末は、どないしてくれんねん!”で、養子に来てもらうと。そんな、ウマイこといきますやろか?第一、そんなことになっても、伝吉っつぁんて、手握るようなこと、しはれへんのと違う?

 てな企みがありまして、呼ばれてやってまいります、伝吉っつぁんこそ、災難で。女将さんを風呂へやろうとしますが、「さいぜん、行ってきたとこ。」「もういっぺん、行って来い。」て、体、ふやけまっせ。それに、日に二へんも、三べんも、風呂屋へ行ったら、風呂屋のほうで怪しまれまっせ。ほな、遠い風呂屋へ行けて。それでもしょうがないので、女将さんも、風呂桶抱えて、家を出てゆく。一杯飲もうということになり、幸右衛門と、伝吉っつぁんが差し向かい。お光を呼んで、給仕をさせる。つまり、お酌を。と、ここで、突然、思い出したかのように幸右衛門、得意先に、植木の鉢を届けるのを忘れていたと。「じきに帰ってくるけど、じきというても、そう、じきには、帰ってきいひん。伝吉っつぁんやさかいに、お光を置いたままで、家を出て行くのやで。」とか何とか、訳のわからんことを言いながら、家を出る。しかし、これだけでは、中の様子が分からん。くるりっと、裏へ回りますと、焼き板塀に、節穴があいたある。大工に怒ったとこやけど、埋めとかんで、良かったこっちゃと、その節穴から、中の様子を覗き見する。伝吉っつぁんも、エエ男、お光っちゃんも、別嬪さんでっさかいに、二人並んでみると、まるでお雛さんのよう。「伝吉っつぁん、お一つ。」と、お酒を注ぎまして、お光っちゃんのほうは、「不調法で」て、よう飲まんのですがな。これは、大失態。こちらのほうが、よう飲まんかったんですな。そうこうしているうちに、おとっつぁんの帰りが遅いので、伝吉っつぁんも、手持ち無沙汰で、帰ると言い出す。お光っちゃんも、送り出す。

 焼き板塀に、顔こすりつけて、見てたもんでっさかいに、真っ黒けの顔して、慌てて帰ってきた幸右衛門、お光っちゃんを叱り出します。ところへ、お母さんも、帰ってくる。「どこ、行ってけつかってん。」「風呂へ」「所帯人が、日に何べん、風呂へ行くねん!」て、“行け”言いなはったんは、おとっつぁんのほうですがな。叱られてるのを見た女将さん、お光っちゃんに、「どんな行儀の悪いことをしたんや?」と。違いまんねん、行儀が良すぎますねん。「ちょっとは、お前の尻くせの悪いとこを…」て、また、エライこと言い出さはった。

 その後は、お光っちゃんにも、いくつか縁談がありましたが、そのままになっておりまして、植木屋の娘は、男嫌いやと、噂が立つような、立たんようになりました、これも、ある日のこと。女将さんが慌てて、幸右衛門に相談。向かいのおばちゃんに聞いたところによると、お光のお腹が大きいのと違うかとのこと。「そやさかいに、一人で飯食わすのは、いかん。」て、別に、食べ過ぎと違いまんがな。酸っぱいもんが食べたいというて、梅干しとかみかん食べさすもんでもないん。「妊娠やがな」「鰊(にしん)か?」「懐胎や」「何が?」て、全然分かってない。「お腹に子が出来た。」「そら、めでたい。」て、他人事みたいやがな。誰の子や分からんさかいに、エライこと。しかし、こら、本人さんに聞いてみな、分からんこと。幸右衛門が、お光っちゃんに、じかに聞こうとしますが、そら、やぱり、いかん。女親でないと。ということで、階段の下で、母親がお光っちゃんに聞き、父親は、階段上がったとこで、分からんように聞いているというのが、一番良かろうとなります。「うちのお光は、ポテレンじゃい。」て、親父、踊りながら階段上がって、二階へ。母親は、階段の下にお光を呼び出す。お腹の大きい話をして、して、相手は?言いにくいのは、よう分かりますが、小声で聞くと、これがまた、お寺の伝吉っつぁん。こら、誰もがビックリ!しかし、これを二階へ、一時も早う、知らせてやらないかん。母親は、声張り上げて、「ほたら、あの、お寺の伝吉っつぁん。」これ聞くなり、親父もビックリして、二階からころこんで落ちてきて、「よう取った。よう取った。あの取りにくい伝吉っつぁん、よう取った。」て、ネコがネズミ取ったみたいに。しかし、あれほど、結婚相手にさそう、さそうと思っていた、伝吉っつぁんでっさかいに、そら、父親も喜ぶのん、無理は、おまへんわ。早速に、お寺に掛け合いに。しかし、縁起もんで、羽織の一枚でも、ひっかけて…。て、そら、女将さんのお腰。うれしさで目も、見えてない。

 おっさんに合うなり、「伝吉っつぁん、養子にもらいまひょ。え〜、もらいまひょ。」て、厄払いやがな。『厄払い』にも出てきますが、“やっくはらいまひょ”の建て前と、かけてあるんですな。詳しく事情を話しますと、つまりは、お光っちゃんを妊娠くさせたんは、伝吉っつぁん。ニシンが数の子が、棒ダラでも、て、乾物屋やないにゃし。そやけど、お寺のほうでも、五百石の跡目でっさかいに、やるわけにはいかん。おっさんが、意地を張るので、「本堂に風間見て、火つける。」と言い残しまして、幸右衛門は、家へと帰ります。その後で、おっさんが伝吉っつぁんを呼びまして、事情を聞くと、いっぺんだけ。て、それがいかんがな。五百石の跡目もあるので、行くわけには、いかん。でも、本堂に火つけられたら、困る。どうしても、養子に行ってもらわなかなん。しかし、なぜに、こんな真面目な伝吉っつぁんが?「相手が植木屋だけに、根がこしらえ物かと、存じました。」と、これがサゲになりますね。昔、夜店の植木屋なんか、木は、エエもんでも、根がついてないような、こしらえ物を売って、だましてたてなことが、往々にしてあったそうで、それをふまえた、サゲになっておりますね。しかし、話の筋からいうと、どうしても、これが納得いかん。というのも、我々みたいな、エエ加減な人間なら、いざ知らず、この話の中に出てくる伝吉っつぁんの性格上、こんなことは、考えられないからなんですな。もっと、好人物のまま、終わらせたほうが、聞くほうにとって、嫌味がないのでね。そこで、サゲをつけずに、“一対の夫婦が出来ます”としたり、「勝手に、跡目を取ったり、継いだりしたり、できるかいな?」「心配しなはんな。接ぎ木(つぎき)も、根分けも、うちの秘伝でございます。」と、幸右衛門のセリフで、サゲにされていたりしますね。ま、話の筋からいうと、私も、元来のサゲには、ちょっと、思うところがありますがね…。

 上演時間は、二十分ちょっとぐらいですかな。そんなに長いものでもございません。昔は、寄席なんかで、ちょこちょこ出てたもんらしいですが。笑いも、多いですし。というのも、やはり、笑いの部分は、幸右衛門の描き方、きょとの慌てもんを表現する仕方なのでありましょう。始まりは、どうしても、地の、説明部分から言い出さなくては、ならんものみたいです。幸右衛門の立場関係をね。特に、お寺との。そして、小姓の伝吉っつぁんが出てくる、女将さん、お光っちゃんが出てくる。さいぜんも言いました、小姓の吉三が、色男として、有名になり過ぎたせいもあり、寺小姓が、すなわち色男であるというのが、通り相場になって、この話の設定にもなったのでありましょう。違いますにゃろか?しかし、色恋に障害は、つきもので、歴々の跡目。お家を相続せんならん、お武家さん。これを聞くと、ますますもって、養子にさせようと、一策をひねり出す。ここがまた、おもろいところで。女将さんを風呂へやったり、自分は、塀の節穴覗いたり。笑いの多いとこですわ。そして、あろうことか、お光っちゃんのお腹が大きなって、相手を聞く。ここの部分も、おもしろい。本当は、普通のご家庭なら、深刻な場面なんでしょうけど、幸右衛門の性格上、こうも違ってくるものかと。そして、お寺に掛け合いに行って、サゲになると。しかし、この話、先の部分はとにかく、後の、お腹が大きくなってしまうなんてとこ、現代にも、ようあるお話で。できちゃった婚いうんですかね。昔から、事情は、あんまり変わってないようですな。ただ、話全体といたしまして、幸右衛門は、もちろんなのですが、他に出てくる人物にも、それぞれの描き方があって、実に、人間の心理としては、難しい面もありますね。例えば、お光っちゃんや、伝吉っつぁんにしても、引っ込み思案で、エエとこの子であるが、間違いがあって、子供が出来るとか、女将さんが、実は、一番の、しっかり者であったりと。なかなかに、人物描写に骨が要ります。

 東京にも、あるようですが、あんまり聞きませんし、やはり、元来から、上方ネタなのでありましょう。所有音源は、故・六代目笑福亭松鶴氏、故・桂文枝氏、故・桂枝雀氏、桂千朝氏のものがあります。故・五代目笑福亭松鶴氏が、得意でやったはったらしいですので、六代目も、やったはりましたな。意外と、お光っちゃんが、かわいらしく描かれておりまして、そして、比較対照の意味でも、幸右衛門の慌てぶりが、おもしろかった。「うちのお光は、ポテレンじゃい。」と、声張り上げてるとこなんか、想像しただけでも、笑えまんがな。文枝氏も、お若い頃、そして、晩年に、ちょこちょこやったはったらしく、おもろかったですな。おっさんの、重厚な感じが、何ともいえん、この話に品が出ておりまして。女将さんも、しっかりしていながら、ちょとおもろいという。おニ方は、元来のサゲでした。枝雀氏のものは、やはり、大爆笑ですな。冒頭の節季の書き出し部分は、省かれておりまして、その代わりに、おやっさんが、節穴を覗いているところで、近所の人に合うとか、そして、妊娠の相手を、大声張り上げて、横向いて叫ぶとか。とにかく、おもしろかった。こんなネタやったかいなと、思うぐらいにね。ゆうに三十分も越えまして、私の大好きなものの一つでもありましたが。サゲは、接ぎ木のものや、後年は、つけておられなかったようです。千朝氏は、桂米朝氏ゆずりのものか、慌てるおやっさんの中にも、落ち着きがあって、筋の運び重視でしたな。サゲは、これも、師匠ゆずりで、接ぎ木のサゲでありました。

 私も、ネタ自体は、そんなに好きではなかったのですが、しかし、しかし、枝雀氏のものを聞いて、一変してしまった感がありますね。内容は、古くて新しい話題なのですが。

<18.4.1 記>
<18.5.1 最終加筆>


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