今年も、暑い夏がやってくるんでしょうなあ。ちょっとでも涼しくなる意味も込めまして、今月は、『口合小町』を。小野小町の、雨乞いの話が出てまいりますのでね。ちなみに、口合(くちあい)というのは、要するに、今でいうシャレ、ダジャレみたいなもんですわ。昔の関西の言葉でございます。地口、口を合わせるで、口合と。『口合根問』ちゅう話もありますけれども。
表から入ってまいりましたのが、おなじみの甚兵衛はん。しかし、家にいたのは、佐助はんではなくて、その嫁はん。「あのうちの、きょろんけつ?スッポンポン?…」て、ムチャクチャやがな。「あんなん、亭主の下に皿つけとけ。夫の下に、ドッコイつけとけ。」手塩皿(てしょうざら)と、おっとドッコイのシャレですな。でも、こんなんも、言いとなるはず。この前、着物を着替えて出て行こうとするさかいに、行き先を聞いたら、上町の叔母貴の所へ、病気の見舞い。なんじゃかんじゃ言うて、表出よった途端に、舌出して、あかんべーとしたんが、向かいのガラス障子に写ったある。こらおかしいと、後をつけて行くと、上町のほうへ曲がらんと、南へ南。道頓堀から阪町、大梅と書いた行灯の家まで行くと、暖簾を上げて入っていく。お茶屋でございますな。それも、おやまはんのほうでございまっせ。“まあ、佐助はんだっしゃないかいな。ちょっと、あの妓呼んできて。”と、入ってくるのを見てると、白粉だらけのドスおやま。つまり、送りのおやまはん。二階へ上がろうとするさかいに、今度は、正面切って、この嫁はんが、この店へ入っていく。“今、佐助はんが来はりましたなあ”“いいえ”とかなんとか、とぼけるさかいに、階段を上がっていって、亭主の手を押さえる。“エライとこに叔母はんが出来てんなあ。キレイな叔母はんや。”と、毒づくと、“家で悋気が、したらいで、こんなとこまで。”と、手を払われた拍子に、足元がお留守で、階段から落ちて泣く。亭主は、怒るわ、おちょぼが笑うで、三人上戸が…。て、んなアホな。“今日は邪魔が入った、また出直しや。”と、亭主がトコトコ歩き出す。遅れて嫁はんがついて、家へ帰る。すると、家の閂(かんぬき)、裏の戸も閉めて、髪の毛を掴んで、嫁はんを踏む・蹴る・殴るの責め折檻。(て、『皿屋敷』や、おへんけれども。)悔しいさかいに、向う脛かぶりついたろうとしたが、よけた拍子に、ランプ蹴倒して、その辺、油だらけや。「まあちょっと、この辺へ、お座り。」て、これが、一息でしゃべる嫁はんの話。エライもんでんなあ。おもろいもんですけれども。『船弁慶』の雷のお松っつぁんとか、『蛇含草』の主人公みたいなもんで。
しかし、この話を、聞きゃ、聞いたもんが誰でも、家へ帰りとなくなる。嫁はんに圧倒されて。さすがに、甚兵衛さんも、悋気をやめなはれと。ここにこういう話がある。昔、大和の国に、在原業平(ありわらのなりひら)という方がおられた。嫁はんが井筒姫というたが、河内の国の高安(たかやす)の郡に、生駒姫という、エエ仲の女の人がでけた。毎晩、河内通いをするが、井筒姫は、何とも言わん。ある雨風の強い晩、業平が、今晩は、河内へ行かないでおこうとしていると、井筒姫が、今晩のような時こそ、行っておあげなされと、蓑笠を用意する。ひょっとすると、これは、毎晩、自分が家を空ける間に、よその男を引っ張りこんでいるのかも知れんと、外へは出たが、庭の植え込みで隠れて、家の中の様子を見ていた。すると、雨戸が一枚開いたので、さては、男が忍び込んでくるものと、待っていると、井筒姫が、夫の出て行った方角を向いて、歌を詠んだ。“風吹けば 沖津白波 竜田川 夜半にや一人 君の越ゆらん”つまり、こんな雨風の強い晩やけれども、夫は無事に、向うへ着いたかしらんという、夫の身を案じた歌やった。これ聞くなり、業平が飛び出して、隠し男を疑っていたことを詫び、河内通いは、やめると言い出す。すると、井筒姫は、そう言わずに、お行きあそばせと。いや、もうやめると、元の、仲のエエ夫婦に戻ったと。
また、こんな話もある。小野小町の物語。「ああ、心安い」て、んなアホな。京都で百日の日照りがあって、困ったあげく、神泉苑で小野小町が雨乞いをした。その時の歌が、“ことわりや 日の本なれば 照りもせめ さりとては またあめが下とは”と。日の本というぐらいで、照りつけるのも分かるが、あめが下というぐらいで、雨も、降ってもらわんと、てな意味ですな。これで、七日の間、大雨が続いたと。「どうや、歌の理は、怖いもんやろ。」「歌の理も怖いけど、質の利も、怖いで。理に二つはないという。」「味噌もクソも一緒にしたらいかん。」「色がよう似たある。」て、ムチャクチャや。「歌はどやな?」「得意だっせ。」と、また、訳の分からん、流行り歌のホコリ叩き。つまり、いろんな俗曲めいたもんが、中に折り込まれた、何ともいえん、妙な歌。その歌と違うて、和歌。「バカ?」「いや、三十一文字。」「味噌一なめ}「違うがな、俳諧。」「ああ、灰汁屋へ卸す。」て、そら、灰買いやがな。染もん屋はんの灰に、使うたりしはりまんねやがな。「違う。笠づけ。」「毎晩、寝しなに。茶漬。」なんぼ言うても、分からん。つまり、その何か得意のものがあって、それで、亭主を満足させるというようなもん。それやったら、さいぜんから申します通りの、シャレ・口合好きですがな。
ちょっとそれでは、ここでお稽古。餅屋の作兵衛はんが、しきび持って、歩いて、餅屋作兵衛しきび。紫式部と。ちょっと厳しいですな。打ち盤が置いたあるで、うちばん星さん、見〜つけた。打ち盤て、洗濯して、砧(きぬた)を打つ台ですな。走り元に、菜と蕪が置いたあるで、なかぶら雁治郎と。簾戸(すど)が立てたあるで、すどんと持ち込め糸桜。簾戸て、夏もんの建具で、葦戸とおんなじこと違いますにゃろか?“ストンと持ち込め糸桜”ちゅうのは、『浮かれの屑より』なんかにも出てきます、童謡みたいなもんです。笊(いかき)が置いたあるで、いかきの最後屁、くさい、くさいと。衝立を水か湯かで、拭いてるで、衝立拭こか水か湯か。一日二日三日四日。て、これも、かなり強引で、それがまたおもしろい。こんなけ言うてますと、もう、上等上等。小ギレイにして、酒や肴を揃えて、家でこの口合の一つでも言うてると、茶屋通いなんか、しまいにせんようになると。こんなけの知恵をつけまして、甚兵衛さんは、帰ってしまう。嫁はんのほうも、言われた通りに、用意を致しまして、亭主が帰ってくるのを待っております。
一方、亭主のほうも、亭主のほうで、あんな喧嘩の後でっさかいに、お茶屋からの帰りとなりますというと、なかなか家に帰りにくい。歩きながらの一人思案。家の戸開けるなり、“今時分まで、どこ行ってたんや!”となると、喧嘩でもせなしょうがない。土瓶かなんか掴んで、投げつけると、気持ちはエエけど、明くる日に、また医者に見せんならんは、土瓶代がかかる。損したら、どんならん。かというと、笊ぐらいでは、投げた気がせん。銅(あか)の金盥(かなだらい)やと、ガンガラガーンと、大したケガはせんし、明くる日に金槌(かなづち)で、直せるし、投げるんやたら、あれやなと。おもろい思案ですな。ここら、いかにも大阪人的な発想ですがな。夫婦喧嘩するのも、算盤勘定で、段取りしとくて。
家の戸へ手をかけますというと、案外、カラカラカラーっと、すんなりと開く。こら、計算してなかった。おまけに、「佐助はんと違いますかえ?」やて。こんなんのほうが、かえって、気色悪いんでっせ。「今戻った」「もどた今宮天下茶屋」「叔母貴のとこへな」「おばき百までわしゃ九十九まで」「相談があってな」「そだんに戯れ獅子の曲」「何じゃそら」「なんじゃの名所は阿弥陀池」「おかしなこと言うな」「いうがお棚のこなたより」「ちょっと気を静め」「しずめ百まで踊り忘れず」「乱心か」「らんしんらが回らにゃ尾が回らん」「ちょっと来とくんなはれ。隣りの、茂兵衛はんに、喜兵衛はん。」「と〜なりから茂兵衛来る、喜兵衛の音。」て、ウマイこと合わしますなあ。しかし、亭主のほうは、気違いになったんかと、慌てます。こちらのほうから、「もう、茶屋通いは、やめる。堪忍して。」と。「まあ、これよう効くわ。あんたな、どこぞで、百日の日照りがあったら、言うてえな。」「どないすんねん?」「この口合で、雨降らせてみせんねん。」と、これがサゲになりますな。つまり、さいぜん、甚兵衛さんが、小野小町という人は、歌の徳で、百日の日照りの後、大雨を降らせたので、この口合が成功したために、今度は、これで、雨をということですわ。分かりやすいもんですな。
上演時間は、二十分前後。そんなに長いものではありません。口合、シャレがメインですので、そんなに長くても、飽きるんでしょうなあ。笑いも多いですし、寄席向きでもありますし、どんな場合でも、上演しやすいものではありましょう。前半は、甚兵衛さんと、佐助はんの嫁はんとの会話。特に、冒頭の、お茶屋通いの部分の、嫁はんの一人しゃべり、おもろいやおまへんか。気が入ってるにもかかわらず、軽いしゃべりで、一気に語って、「まあ、その辺にお座りやす。」までで、甚兵衛さんはもとより、我々聞き手を、引き付けてしまうあたり。淡々としたものの中にも、話芸の真髄の一つを感じさせますね。ちなみに、ご承知でしょうが、この部分で出てまいりますお茶屋とは、送りのおやまはんのほうでございます。ですから、会話中に、二回ほど出てまいります、“ド腎張り・じんばり”という言葉、精力が強いという意味なんですがね。その後、甚兵衛さんが、二つほど、話をして聞かせる。この、甚兵衛さんが、古(いにしえ)の話を聞かせて、後に、物事の参考にさせるというのは、落語の常套手段の一つではありますが。先が、在原業平の、有名な話。これ、たしか、私、国語の教科書かなんかで、やった記憶があるんですけどな。今思うと、そんなもんを、子供のうちに勉強さして、どないせえちゅうにゃろねえ。次が、小野小町の雨乞いの話。ま、これがサゲにもなり、演題にもなっているんですがね。ところが、この嫁はん、歌いうても、訳の分からん歌しか分からん。あの、流行り歌のホコリ叩きいうやつ、まあ、いろんなもんが入ってるさかいに、ホコリ叩きなんでしょうが、どっから、あんなもん、思いつきまんねやろ?それから、口合・シャレがイケると。これも、冒頭の、最初のうちから、嫁はんの言葉の中に、少しずつ口合が入っているというのが、話のポイントなんでしょうなあ。家の中で練習をする部分、上記のものだけではなくて、その時その時の、流行のものを入れたりなんかされますよね。後半は、お茶屋帰りの佐助はんの思案から。この夫婦喧嘩の算段、いかにも大阪的で、おもろいですよねえ。損したらもったいないので、計算してるて。家へ帰ってきたところからは、嫁はんの口合尽くめ。これがまた、なかなかの息と間で、一気にサゲに結びつくと。
東京では、『洒落小町』ですね。亭主が“穴っぱいり”をするので困ると。上方に、“穴っぱいり”の言葉は、あるのでしょうか?わたしゃ、聞いたことがありませんが。最後に、嫁はんが、シャレを言い出すと、亭主が外へ出るので、『風吹けば…』と歌うところを、『恋しくば…』と、『葛の葉』の歌を歌ってしまい、亭主は、どっか行ってしまう。甚兵衛さん・隠居さんに、ダメだったと報告すると、「そりゃ、キツネの歌だ。」「道理で、穴っぱいりに。」というのが、サゲになっておりますね。内容に変わりはないんですが、あんまり、同じ話だという感じは受けません。それは、使われる口合・シャレも違うからなんでしょうねえ。しかし、東京でも、そんなに上演頻度は多くないと思いますが。
所有音源は、月亭八方氏のものがあります。しかし、ウマイですなあ。あの、最初の嫁はんの、一気に語る所。あの手のしゃべりは、なかなか出来ませんよ。『蛇含草』の冒頭部分とか。笑いも多いですし、茶屋通いの雰囲気も、十二分にありますし。たしか、師の月亭可朝氏も、やったはったと思いますねけどねえ。聞いた記憶が、あったり、なかったり…。
大爆笑は、出来ないかもしれませんし、そんなに上演される機会も少ないもんですが、これも、私の好きな話の中の一つです。
<18.7.1 記>
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