
暑中お見舞い申し上げます。今年も、例によりまして、暑い夏がやってまいりました。というところで、ベタな話ではございますが、今月は、『夏の医者』を一席、お届けいたしたいと考える次第であります。
暑い暑い日盛り、野良へ出まして、仕事をしておりますお百姓、親子と見えまして、少し、言葉を交わしながらも、仕事を進めてまいります。と、ドタッと、倒れましたのは、お父っつぁんのほう。暑い夏の炎天下でございますもんなあ。早速、家へ連れて帰りましたが、おそらくは、原因が食中りではなかろうかと。前の日の晩のおかずに、昼に残った、ちしゃ・ちしゃ菜、日本レタスともいわれますが、あれをたくさん食べた。夏のちしゃは、足が早いので、お腹に障ると、再三意見したが、ぎょうさん食べてしもた。これが、いかんかったんですな。早速に、お医者の先生を呼びに行く。と、ここも農村のことでございますから、先生、畑仕事の途中。事情を説明しますというと、来てくれることになった。「塩尻村じゃな。」「いや、下の村で。」って、山越しの三里半あるがな。この炎天下、しかも、下男が留守中で、薬籠を持って、お供をするもんもいないので、一人で担いで、山越え道を。しかし、薬箱は、この、呼びに来た、息子のほうが、持つし、エエ。でも、山越しで、エライ道歩いた後で、病人が治ったらエエけど、死んでしもたら、さんざんに文句言われたあげく、一人でまた、この重い薬箱を持って、帰ってこんならん。そら、理屈やわ。それでも、この方、帰りがけも、薬箱を持って、送り届けてくれるのを約束いたしまして、お見舞いへ。でも、仕事途中なので、ちょっとこの畝(うね)だけ片付けて。て、病人でっせ。それに、茶漬の一膳もかっこみまして、悠々としたもんで、薬箱を持ってもらいながら、出発。
ようようやってまいりましたのが、山道で。前に、なんじゃ、大きいもんが道をふさいでいる。さっき、お医者さんを呼びに来た時は、おんなじ道でも、こんなもんなかったのにと、不思議に思いながらも、木でも倒れたんじゃろと、何気なしに渡って、通ってしまう。と、これが、松の木でも何でもございません、大っきな、大っきなヘビ、つまり、うわばみというやつ。大蛇ですわ。暑いもんでっさかいに、道へ出てきては、昼寝をしてたん。そこを踏んで、二人が通ったもんでっさかいに、さすがに目覚ましまして、鎌首というやつを持ち上げますというと、ガバッと。好物の人間二人、丸呑みにしてしもた。「いっぺんに日が暮れた。」て、んなアホな。違いまんがな。うわばみに食べられたんですがな。で、ここは、胃袋の中。こうなると、溶かされてしまう。ここで慌てては、いかん。お医者の先生、一服付けての、思案たばこ。て、これまた悠長な。そやけど、昔の映画とか、ドラマとかて、何かちゅうたら、タバコ吸うて、時間待ち、ちゅう場面、ようありましたわな。
と、エライもんで、エエこと思い浮かんだ。下剤を盛ってみようかと。つまり、このまま、丸のまま、下から出してもらうという算段。ま、それぐらいしか、おまへんわなあ。煮出したり、煎じることは、でけんので、粉薬を撒こうと。しかし、このお百姓のほう、長年、百姓しとって、いろんな種蒔いたが、うわばみの腹の中で、薬て…。この辺の発想は、『地獄八景亡者戯』の人呑鬼の件りと、考えが似てますな。ここら、やっぱり、落語的な発想で。一方、うわばみでございますが、薬てなもん、今まで飲んだことないん。それを、いっぺに、ぎょうさんの下剤を撒かれたもんですから、効くの効かんの。しばらくいたしますというと、胃の中の二人、地震かと思えるぐらいに、足元がぐらついてまいりまして、お尻のほうへ。明かりがチラチラ見えております肛門から、ズボーッと。良かったですなあ。無事に出られましたがな。万歳、万歳。しかし、ここにエライ失態がでけてしもた。お百姓のほうが、薬箱を、忘れてきてしもた。うわばみの胃の中に。薬籠なかったら、親父どんを助けることがでけん。仕方がないので、もう一回、呑んでもろうて、薬箱持って、また、下剤で出してもらおうと。お百姓は、どれが下剤かなんか分からんので、お医者さん一人を呑んでもらおうと、前へ回ります。うわばみも、この炎天下、初めての下剤で、ゲソーッとして、目も落ち込んで、肩で息して。て、どこが肩や、よう分かりまへんが。「もういっぺん、わしを呑んでもらいたい。」「もうアカン」「今度は一人じゃで。」「アカン。夏の医者は、腹に障る。」と、これがサゲになっておりますな。先に出ております、“夏のちしゃは腹に障る”の、“ちしゃ”と、“医者”がかかっておりますね。『ちしゃ医者』という話の中にも、この間違いは、出てはくるんですがね。
上演時間は、二十分前後ですかね。そんなに長いものではございません。コンパクトに笑いもありますし、昔の寄席なんかですと、夏には、必ず一つ出るといった類だったのではないでしょうか。全編通して、大阪弁でも、ちょっと在所の、田舎言葉でのやりとりでございますね。前半部分は、お百姓が倒れた時の様子と、お医者さんを呼びに行く場面。実は、急病人ではあるんですが、なんとなく、おっとりしているというか、そう急場を感じないというか、そのギャップがまた、よ〜く考えてみると、おもろいもんやないですか。しかも、夏の暑っつい暑っつい時期に。しかし、このちしゃ、ホンマに、当たりやすいものなのでしょうか?ま、夏ですし、青物全般にいえるんですかねえ?肉とか魚ならまだしも、野菜ですし。その辺が、私には、今もって、勉強不足なとこではあるんですが、最近は、焼肉屋さんで、よく出回るようになってきました、お肉包んで食べたはる、あれ、また、種類違うにゃろか?後半、山道へさしかかりましたところで、うわばみの登場。この辺は、ホンマ、暑さを感じますよねえ。前半がまだ、午前中といたしましても、このあたりが一番の日盛りのようで。この、うわばみが、人間を呑むという設定、『んな、アホな』と、何年か前まで、思ってはいたんですが、実際、世界には、なきにしもあらず、ではないでしょうか。というのも、どっかのテレビ番組で、アナコンダかなんかいうて、捕まえに行くのがあったんですわ。どこぞのジャングルかなんかに。その中では、大きいもんやったら、子供ぐらい丸呑みにするという話出てましたし。また、映像で写ってたんでも、気持ち悪いぐらいの大きいヘビでしたわ。そやさかいに、ここまではいかんとしても、人間一人丸呑みにするようなヘビが、いまだに、いてまんねんで。それを思うと、怖いもんで。ま、うわばみに呑まれてからも、のんびりしたもんで、タバコ吸うてから、考え決めるて。で、下剤で助かって、薬箱の件があるので、もう一回呑んでくれと。それでサゲになるというのも、よく考えてある話ではありますな。
東京でも、同じ題・同じ演出で演じられますが、そんなに上演頻度は高いと思いませんが。所有音源は、桂米朝氏、故・桂枝雀氏のものがあります。米朝氏のものは、のんびりした中に、ちょっと粋なもんもありまして、手際よくまとまっておりましたな。いかにも夏の一席といった感じで、暑さの中にも、あっさりした味わいでございます。ちなみに、米朝氏には、珍しく、最初のお百姓が倒れる部分はありませず、お医者さんの出から、話が始まります。枝雀氏のものは、やはり、笑いが多かったですな。これ、たしか、マクラも入れて、三十五分ぐらいやってはった時もあったと思いますが。「おひ〜ぃさんが、カーッ。」という、いかにも暑い場面が想像できまして。また、「ようようまってまいりました、や〜まみちで。」て、あの一言も、印象的ですな。それに、下剤を飲んだ後の、うわばみの、あの顔。目がうつろになって、寄っておりましたなあ。
ま、個人的には、むちゃくちゃ好きなネタでもないんですが、やはり、ひと夏に一回は、聞いておかなければ、今年も越せんようで。
<18.8.1 記>
![]() |
![]() |
![]() |