ご承知のことかと存じますが、先月、桂米朝氏が骨折されまして、入院されたり、療養されたりと、様々に新聞沙汰になっておりましたね。スポーツ紙の芸能版だけではなくって、一般紙にも、載っておりました。ま、そこで、陣中見舞いも兼ねまして、今月は、骨に因みましての、『骨つり』で、お楽しみのほどを。
ある商家の若旦那、今日は一つ、船遊びでもしましょうかと、いつもの座敷ではございませんで、船に乗りましてのお楽しみ。芸妓・舞妓、お茶屋の女将さんから太鼓持ちまで、皆乗せまして、木津川をどんどんどんどん南へ南。船遊びだけなら、ちょっとおかしい。というのも、もうそろそろ、海に近い所ですがな。太鼓持ちの繁八っつぁんが、若旦那に聞くと、今日は魚釣りをしに来たて。しかし、贅沢な魚釣り。芸妓や舞妓まで乗せて、船借り切って、魚釣りやなんて。船が止まりましても、ぼやくばっかりの繁八っつぁん。エサで、手は臭いし、魚は、ヌルヌルしてるし、生きた魚は殺生やし。せんど、魚釣りが嫌いやと言うてますが、しかし、今日は、趣向がある。皆が釣り上げた中で、一番大きい魚を釣った者には、その魚の寸法だけ、一寸につき、一円の祝儀。と聞くと、こら、黙ってられへんのが、繁八っつぁん。目の色変えて、聞き直しますわな。一尺で十円、目の下三尺てな鯛やったら、目の上かて、一尺ぐらい、尾が五寸で…。て、エライ風向きが変わってきた。繁八っつぁん、魚釣り、やりますと。殺生は嫌いですけど、金儲けは好きやと。周りを見てみると、女子連中は、竿に慣れてないので、皆、手で糸釣り。舞妓なんかは、確かにそうですけど、芸妓やなんか、竿に慣れて…。て、また、お色気なお話で。
繁八っつぁん、いよいよ竿を持ちまして、振り回しております。て、屋形船でっせ。しかし、こうなると、長細い魚を釣ったほうが得で、ヒラメみたいな横に長いのは、損。ハモやとか、ウナギやとかね。ありゃ。エライこっちゃ。針が、繁八っつぁんの鼻の中へ。背が五尺三寸でっさかいに、五十三円。て、まあ、誰でも考えそうなことやけどね。「左手離してみい。ほら、落ちた。ホンマに、釣れたんやったら、グッーと…。」て、釣り針て、割り方、痛ぅおまっせ。んな、アホなこと言うてんと、放り込むと、すぐに掛かる。しかも、重たい。こら大物。手だま(たも)を借りまして、上げてみると、これが、なんと、骸骨。髑髏。しゃれこうべ。て、おんなじもんでやすけれども。「これ、何寸ある?」て、魚と違いまんがな。しかし、エライもんが、かかったこと。このまま放っとくわけにもいかんので、若旦那が、繁八に、回向してやれと。何かの縁があって、その針に掛かったもんですから。「回向料…」と、ここらが太鼓持ちの、いやらしいとこでもありますが、若旦那も、いくばくかを包んで渡します。こういうものが上がった後というものは、妙にしんみりとするもので、繁八っつぁんも、帰ると言い出し、若旦那も、皆で御飯でも食べてと、これで、魚釣りは終了となります。
家へ帰りました繁八っつぁん、さすがに、髑髏と一緒に寝るわけにもいかず、近所のお寺へ行きまして、何がしかの回向をしてもらう。寝酒の一杯も引っ掛けまして、ゴロッと寝てしまいます、真夜中。「ちょっとここ、お開け。」と、女のお方の声。起こされた繁八っつぁん、誰かと聞いてみると、昼間のお礼で、木津川の…。て、骨ですがな、幽霊。そんなもん、気持ち悪うて、開けられますかいな。「開けてくださらねば、戸の隙間より。」と、障子に陰火がともりますというと、それへさして、ズッーと。下座で、ドロドロと入りまして、繁八っつぁんが、訳を聞く。すると、この女の人も、『証入り』に合わせましての、述懐のセリフ。元は島之内の袋物問屋の娘さんで、“ひな”というお名前。流行り病で、両親共に死に別れ、親類が家屋敷を売ってしまうわ、気に添わぬ縁談を押し付けられるわで、あまりの情けなさに、木津川に身を投げたところが、今日まで、ムクロを晒していたということ。せめてものお礼に参上し、お寝間のお伽なと、させていただきますと。しかし、わからんもんでんな。あの気持ち悪い骨が、こんなキレイな娘さんやったとは。皮一枚の仕業というが、ホンマのことで。「お近づきの印に、一杯どうです?」「おいただき」「おかしな手つきしなはんな。」と、幽霊でっさかいに、手のひらが、上に向きませんのやな。ちぇなこと言いながら、一緒に寝てしまいます。ま、この辺からは、『天神山』と同じ趣向なのですが。
明くる朝、この長屋の隣りに住んでおりますのが、これまた、やもめの男、これが、繁八っつぁんの家へ、掛け合いに来る。夜通しイチャイチャされたら、寝てられへん。しかし、壁くり抜いて見たけど、あら、ただ者やないやろと。別嬪さんやったんでね。「出てるのはどこや?北か南か、新町か。」「たいがい、柳の下に。」て、話通じてへんがな。つまりは、幽霊やと。昨日あったことを、この男に話しますと、妙に納得をする。「あの荒物屋の親父、三日にあげず、釣りに行ってるがな。釣りて、そんなエエことあんのかいな。ほな、わいも、大川にでも行て、拾てこよ。」と、これまた、気楽な男があったもんで、これから、船を一艘仕立てまして、釣りの用意も万端に、大川へとやってまいります。と、また、こんな時に限って、魚は釣れるが、こんなもんいらんと、また川へ投げてしまう。船頭はんも、不思議に思うておりますうちに、ちょっと、しんどなってきた。いっぺん、中州へ船を着けてもらいまして、小便に。難波の葦という、葦を掻き分けまして、またぐらを開けて、いざっと見ると、骸骨が、半分だけ、地面から顔を出しております。「こんなとこに、おったんかいな。よう小便かけなんだこっちゃ。」と、大事に拾い上げまして、骨を持って帰り、同じように、近所のお寺で回向をしてもらいます。
さあ、夜になりますというと、表開けて、アカアカとさしまして、一杯飲んで、骨を待ってる。「繁やん、まだ来えへんで。」て、知らんがな。「わいは、寝てたんや。」「そや、暗うして、布団敷いとこ。ひょっと、間違うて、そっち行ったら、こっち回してや。」て、不思議なこと言いながら、骨が来たら、どないしょうか知らんという算段。いわゆる、ノロケ。昨日、隣りへ来たんは、若うて、上品すぎる。うちとこへは、もうちょっと、ガラの悪いほうがエエな。三十止まりのエエ年増。下駄かなんかで、カラコロカラコロ、カラコロカラコロ。『こんばんわ。あて、骨やし。あんた、ホンマに一人もんか?あっちやこっちに、エエのがいてんねやろ?今までは、かめへんの。これからは、あてというもんがいてんねやさかいに、浮気したら、承知せえへんで。浮気したら、これやし。』『痛い、痛い。』
「開門、開門。ご在宅か?」て、また、けったいな声でっせ。「骨でっか?骨でしたら、どうぞこっち。」「しからばそれへ、通るでござ〜る。」と、下座から『大阪のセリ』ちゅうやつが流れまして、入って来た人を見まするというと、尋常やないん。大百、大百日鬘てな頭で、分厚い着物に金襴の縫い取り、横綱の締めるような帯を締めまして、のっしのっしと、入ってくる。こんなん、おかしいですやん。「思い起こせば、おおそれよ。」と、また『一丁入り』が入りまして、こちらも述懐というか、名乗りのセリフ。三条の河原で処刑され、流れ流れて大川に、醜いムクロを晒す。「せめてお礼に参上なし、閨中(けいちゅう)のお伽なと、仕らん。」「いやや、いやや。男同士で、何をするちゅうねん。あんた、一体、どなただんねん?」「石川五右衛門じゃ。」「あ、それで、釜割りに来たんか。」と、これが、さげになりますな。石川五右衛門が、釜茹での刑にされたのと、男同士の、男色の、釜がかけてあるわけですな。ちょっと言いにくい説明で、すんませんが。分かっていただければ、幸いです。「ああ、それで、釜に縁があんのかいな。」という言葉で、サゲにされることも、多いですね。ちょっと婉曲表現で。昔には、これも言いにくい場合、石川五右衛門ではなくて、豪傑の朝比奈三郎が出てきて、「ひなは、ひなでも、朝比奈じゃ。」というのも、あったそうです。先に出てくる娘さんのお名前が、ひなさんなので。
上演時間は、やはり、三十分前後は、かかりますな。筋のあるお話ですので、あんまり、縮めては、やりにくいものでありましょう。落語会向きでもありますし、サゲがね。やはり、話としては、前半と後半に大きく分けられます。前半は、魚釣りと、ひなさんの登場。冒頭部分、木津川を下る場面で、元来は、下座からお囃子が入ったそうです。「その道中の陽気なこと」ちゅうやつですわ。これはまた、にぎやかで、いかにも上方的な感じがして、良いものでありますがね。今でもそうですが、ちょっとしたところに、お金の執念があります、色街の太鼓持ちというのが、エエ意味で、おもろいですな。ようしゃべって、場の雰囲気を盛り上げるというのも、難しいところで。竿の件りは、サゲを、ちょっと意識させてあるのでしょうか?わたしゃ、そこまでは、分からないのですが。骨を釣り上げてから、妙に神妙になり、ちゃんと回向をして、寝てしまう。これも、意外とそうですが、色街の方て、妙に、信心深いのですよ。回向料で、一杯飲んで、髑髏をゴミ箱に捨ててしまうなんてことは、まあ、絶対に、しはれへんやろね。そして、幽霊が出てきて、一緒に寝てしまう。
明くる朝に、隣りの男が、この訳を聞いたりしますが、この辺なんかでも、太鼓持ちという職業柄が、冒頭に出ているのに比べると、近所の普通の兄ちゃんという感じが、おんなじ人間の中でも、出ているのが、おもろいもんですよねえ。わたいらでも、仕事離れると、そうなんでしょうけど。そして、この男が大川に釣りに行く。釣りちゅうのが、そんなエエことにつながるという、発想自体が、これまた、おもろいやおまへんか。そして、大川に行くのも、この、京都の鴨川からの関連で、ちゃんと辻褄が合うという。それから、笑いとしては、ヤマ場となる、ノロケがあって、五右衛門の出。全体的に、笑いもありますし、何よりも、ストーリーの大事なお話ですな。
この記述の冒頭にも出ましたが、このネタは、米朝氏の、復活ネタであります。断片的に残っていたものをつなぎ合わされて、一応の、こういう立派な形を作られたという。ですから、意図的に、話の始めに、お囃子を入れられなかったり、最後の五右衛門の名乗りを、あんまり、大仰にされたりしなくされているみたいですな。素人考えですと、この、最後のヤマ場に、五右衛門の長々しいセリフがあっても、聞き所として、よろしいかとも思うんですがな。『こぶ弁慶』とか、『景清』とかのように。しかし、話の筋からいうと、邪魔にもなるんでしょうなあ。東京では、人気演目であります、『野ざらし』ですね。名前が、シュッとしてよろしいわ。話の始まりは、隣りの男が、昨日の夜の女の話を聞くところから始まります。つまり、明くる朝の場面から始まるわけですな。そして、釣りに行って、その釣りの場面で、ノロケになるという。で、はまったとか、はまらんとかいうようなところで、切られる場合が多いですわ。サゲまで演じられる場合は、この様子を屋形船で聞いていた太鼓持ちが、夜に、この回向をしてやった男の家に来て、「新朝という太鼓です。」「新町の太鼓。昼間のは、馬の骨だった。」というのがサゲになりますね。太鼓の皮が、馬の皮であったためで、太鼓と太鼓持ちのサゲみたいですわ。しかし、上方の『骨つり』に、前日の話があるように、東京でも、前日の話が、元来は、くっついていたのではないかと思われます。あくまで推測ですが。ですから、上方版は、少し古い型が残っているとでもいったところでしょうか。復活してる割に。話の風合い、雰囲気としては、全く別のネタとしてもイイほど、私は、趣を異にしていると思います。ま、最近は、この東京式の『野ざらし』も、上方で、『野ざらし』として、演じられているのを、ちょこちょこ見かけますがな。
所有音源は、その米朝氏に、桂南光氏、故・桂喜丸氏のものなどがあります。米朝氏は、やはり、ご本人が復活というものだけあってか、わたしゃ、十八番に入れてもイイぐらい、好きなネタではありますね。登場人物も多く、場面転換も多いのですが、それぞれに、描き方があって、好きですな。特に、前半と後半で、主人公が変わっても、それを全く感じさせない、ストーリーのあるものでございました。私が聞いたものでは、全てが、元来の“釜割り”のサゲを使っておられましたね。南光氏のものは、少し砕けた感じで、サゲの前、ノロケの部分なんか、おもろいもんですなあ。あの、五右衛門の、のっしのっしと歩く姿なんか、目に焼きつきますわ。こちらは、“釜に縁がある”みたいでしたが。喜丸氏は、冒頭の船遊びで、お囃子が入るという、元来の趣を残しておられる時もありましたし、なかなかに上品な、結構なものでございましたよ。
個人的には、この、上方式の『骨つり』は、大好きなネタの中の一つではありますが、この、秋風吹く、虫の音の一つも聞こえる夜中、骨が来はったら、どないしょう?
<18.9.1 記>
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