十一月となりますというと、我々の住んでおります京都、紅葉狩りというので、たくさんのお方が来られますが、反対にまた、我々も、紅葉見物というので、なるべくなら、人の少ない所へでも、選んで行くということが、よくあるものでございまして。昨年、十何年かぶりに、飛騨の高山へ行ってまいりました。東海北陸道というような、高速道路も出来ておりまして、車で行くには、以前に比べますというと、なかなか早く行けるもので、今年も、実は、この時期に合わせまして、実は、行ってみようかと思っております。このまた、郡上八幡を越えたあたりからの、トンネルが続く中、山また山が、全山オレンジに色づく様は、絶景でございまして、なかなか、運転しがいのある場所でありますな。というようなことを思いながら、飛騨高山の左甚五郎、今月は、『竹の水仙』でご機嫌を伺います。

 東海道は大津の宿。といいましても、三条大橋から次ですので、中山道でもあるんですが、ここにございました宿屋さんが、お話の舞台でございます。朝から、ちょっとした夫婦喧嘩でございます。というのも、二階の客。何日か逗留してるが、どう考えても、おかしい。みすぼらしいなりやし、一日中ゴロゴロしてるし、酒だけは、よう飲む。一文無しとちゃうかと。しかし、泊まりの節に、“お勘定は、出立の際に”と言うたあるし、なかなか催促がでけん。そんなこともいうてられへんので、いっぺん、掛け合いにと、亭主がこのお客の前へとやってまいります。と、堂々としたもんなんでございますが、やっぱりこれが、一文無し。あっさり言うけど、重大な問題。ま、この辺までは、『抜け雀』なんかとも、重複するところですが。すると、このお客、不思議なことに、「この辺りに、竹薮ないか?」と。そして、ご亭主に、ノコギリを持って、付いて来るようにと。へぇ、こら、エライこっちゃ。人気の無い竹薮で、ノコギリで、バラバラ死体…。宿賃払えんばっかりに。て、それやったら、話終わりまんがな。

 この宿屋さんの裏側が、ちょうど竹薮になってございまして、そこへ入りますというと、ああでもない、こうでもない。手頃な物が見つかったとみえまして、孟宗竹を適当な大きさに切って、戻ってくる。すると、今度は、部屋へ入ったなり、お客は、出てけえへん。その日の夜中。「ご亭主」と呼ぶ声。二階のお客さん、なんじゃら、こしらえたらしい。ご亭主が行ってみまするというと、宿賃の段取りがでけたと。見ると、竹で出来た小さな水仙のつぼみ。これを、水をはった桶に入れて、表の間へ、店の、表から見えるところへ出して、売りもんの札を出しておけと。つまり、これに買い手がついたら、その代金で、宿賃を払おうと。うさんくさい話でんがな。ちっさな竹の水仙のつぼみ、おもちゃにしても、誰が買うのんかいなあ。

 ちょっとの足しでも、かまへんのでと、言われるままに、竹の水仙を出しておきます。すると、明け方、街道筋へ差し掛かりましたのは、肥後熊本・五十五万五千石、細川越中守様のお行列。大名行列ですな。ま、この大名行列というものには、先触れてな、お方がございまして、“今から、お行列が通りまっせ”てなもんですなあ。この、先触れが、大槻玄蕃というお侍。この方、顔中ヒゲだらけで、どっからヒゲで、どっから顔かが、分からんてなもん。近眼の慌てもんときておりますから、なおいっそう、たちが悪い。“下にぃ〜下にぃ〜”と、お行列がやってまいります。お殿様のお駕籠が、この宿屋さんの前を通りかかりました時に、頃しも、日の出、朝日が差し込みまして、さいぜんの竹の水仙のつぼみが、“パチッ”と音を立てて、花を開ける。辺り一面は、なんともいえん、エエ香りが漂います。「駕籠を止め〜ぃ」と、お殿様、この水仙の花を買ってくるように、大槻玄蕃に言いつけます。お行列を乱すわけにいかんので、お殿様は、本陣宿で待っているのでと。

 さて、こんなおもちゃみたいな、しょうむないもんをと思いながらも、命令でございますので、大槻玄蕃、この宿屋さんへ入りまして、亭主に、竹の水仙を売って欲しいと。しかし、このご亭主も、ナンボで売ったらエエか分からんので、二階のお客へと相談にやってまいります。すると、「越中か?」て、なんじゃ、ふんどしみたいな扱い。「他の大名なら、もうちょうっと欲しいところやが、相手が越中やさかいに、二百両に負けとこか。」て、怒られるで。ほんでまた、二百両て。法外な値段やおまへんか。と、ご亭主、これを聞いて降りてまいりますが、さっきの怖そうなお侍に、そんなことがよう言えん。そやけど、言わんと、宿賃払うてもらわれへんし、ども仕方が無い。思い切って、おんなじような言い草で、二百両と言いますと、さすがに、この大槻玄蕃も怒りまして、二つ三つ、ボンボーンと。そうでっしゃろ、そやさかいに、いわんこっちゃない。宿賃もらえんわ、ケガするわて…。

 一方、大槻玄蕃のほうも、おちょくられてんのちゃうかいなあと思いながら、本陣宿へ。お殿様に報告しようとしますが、これもこれで、なかなか言いにくい。特に、“相手が、越中なら”なんて、なかなか言われへん。そやけど、そのままに、お殿様に伝えまして、値段も二百両と。「何?二百両で、買わずに戻って参ったとか。千両・万両積んでも、気が向かねば作ってくれぬ名人の品、もう一度戻って買い求めてまいれ。もしも買わずに帰ったときは、切腹…。」て、こちらもこちらで、エライことになってきた。早速に、宿屋さんへ戻ってまいりまして、どうしても売って欲しいと。しかし、さいぜん、どつかれてまっさかに、宿屋の亭主も、二百両ですんなりと、売ることはでけません。ここら、商売人ですな。膏薬代も入れまして、三百両でと、話が決まります。そらそうですわな。こっちは、命が掛かってまっさかいに。

 三百両という大金を持ちまして、二階の客のところへ。お金を差し出しますが、二百両は、代金として受け取っておいて、後の百両を、自分で稼いだものと、宿屋の亭主に渡します。しかし、しかし、エライことがあるもんでんなあ。一文無しの作った竹の水仙のつぼみが、朝日で花を咲かせて、それが三百両で売れるて。そこで、亭主がお客の名前を聞きますというと、これは、冒頭に私が言ってしまいました、飛騨高山の左甚五郎。へぇ〜、あの有名な甚五郎先生でしたんかと、この辺で、サゲになるというか、終わりになりますね。正式に、これがサゲだというものは、ないようなので、演者の方々、皆様が工夫をされて、サゲをつけておられます。よく飲まれるので、「のみ口が、しっかりいたしております。」と、酒飲みと、大工さんのノミをかけたサゲ。大槻玄蕃が、本陣宿へ行ってる途中で、願人坊主が来て、追い払ったことがあったので、「このお方が、甚五郎先生!それやったら、さいぜんのぼんさん、弘法大師かも分からん。」とか。

 上演時間は、二十五分前後ですかねえ。もっと、短くしようと思えば、出来るはずでもあります。読んでもらって、ご承知の通り、ストーリー重視の展開でございますので、大笑いする所は、あんまりありませんが、ちょこちょこ笑いが散りばめられておりますね。こうして、自分で書いてみると、これだけで、読み物だけで、十分に楽しめるネタでもございますな。左甚五郎さんの出てくるお話からしまして、やはり、落語が主題ではなくて、浪曲・講談の類から移入されてきたものなのでありましょうねえ。浪曲には、左甚五郎の出てくるものが、結構ありますが、落語では、やはり、上方より、東京のほうが、多いように思えます。『三井の大黒』とか『ねずみ』とか。このネタも、元来は、東京ネタだったようにも思えますし。どうなのでしょう?

 現代のことですから、そうなるであろうと、分かっておりましても、やはり、なかなかおもしろい筋運びで、さいぜんも申しました、上方では、『抜け雀』も同類ですな。笑いは、宿屋の亭主と、大槻玄蕃が主で、よく出てくるのでありますが、主人公の甚五郎先生、なかなか肝の太い描き方をせねばなりませんね。それに、細川侯も。なにか、お大名と、大工さんが、対等に思えるようになるのも、聞き応えでございます。そういやあ、細川元首相、陶芸やったはんにゃね。政治家引退して。うちの近所で、たまに個展したはりまして、車降りてきはるとこ、偶然に見かけてしもたこと、あるんですけど。そんなん、どうでもエエ話てか?

 所有音源は、笑福亭鶴光氏、桂梅團治氏のものがあります。鶴光氏のものは、やはり地の、ト書き、説明の部分に、おもしろさが出ておりますね。ストーリー運びが、もたもたしているようでいて、実は、分かりやすいというもので、短くやられているものも聞いたことがございます。全体的にまとまった、筋が中心のもので、やはり、東京の影響があるのやらどうやら?反対にこれまた、梅團治氏のものは、上方的なもっちゃりした感じがございまして、大槻玄蕃がつっころばし役的に、おもしろさを演出しております。全体にも、会話で進行していくという、いかにも上方らしい演出で、大名行列の所では、下座から『大拍子』が入っているものもありました。

 十一月は、忙しい日が多いんですが、ホンマに、高山行けんにゃろか?なかなか思い出のある地で、昔は、赤かぶらの買い付けに、よう行ってたんですがねえ。家持って帰ってきて、いくつもの桶に漬けまして。そういやあ、うちのお父さん、フランキー堺の『赤かぶ検事奮戦記』、よう見たはったわ…。

<18.11.1 記>


トップページ