十月の末日ですが、私、新聞に写真入りで、載りましてたんです。て、別に悪いことしたんやおへんねん。地元の京都新聞ですが、商工会議所さんの広告で、京都検定の記事でね。ま、ちょこちょこいろんなとこで、いわれましたが、今月は、それに因みまして、新聞の出てくるお話を。『代書』にしようかなあとも悩んだんですが、『阿弥陀池』を採りました。

 ある男、知り合いの家へ入ってくるという、なんともオーソドックスな落語の入りと思いきや、「こんにちは。さいなら〜。」帰りかけるのを呼び止めると、実は、新聞をガサガサと片付けたんで、なんじゃ、物を食べてんのを隠したと思うて、帰りかけたと。しかし、そんなことではない。新聞の下には、何も無い。人さんが来られて、あまりに新聞を広げて読んでるのは、みっともない、失礼に当たるので、こちらは、新聞を横へ置いたと。しかし、この人、よう新聞読んでる。聞いてみると、毎日、新聞を読むと、世間のことがよう分かるて。主人公も、新聞は読まへんけれども、世間のこと、大阪中のことなんか、何でも知ってると。「ほな、たんねるけど、この大阪に、和光寺ちゅう寺、知ってるか?」「和光寺、そら知らん」て、のっけから、アカンがな。しかし、場所自体は、よう知ってるとこ。つまりは、阿弥陀池。通称名ですな。粟おこしで有名な、あみだ池大黒さんの、阿弥陀池。「向うは、尼寺や」「甘いの?」「尼はんや」「揉み療治の?」「そら、按摩はんや。女のぼんさんのことを、尼はんというな。」「男のぼんさん、西宮。」て、また、どっからそんな考え浮かびまんねん?不思議なわ。尼崎の尼ですけれどもね。

 その和光寺に、この前、盗人が入った。これが、新聞に出たある。尼はん、本を読んでなはるというと、盗人がピストルを向けて、『金を出せ』と。尼はん、ビックリすると思いのほか、黙って、胸元を開けて、乳を出した。「盗人、喜んで、吸いに行ったか?」て、んな、アホな。そやけど、何で、そんなことしはんねやろ?『さあ、過たず、ここを撃て。私の夫、山本大尉は、過ぎし日露の戦いに、この乳の下を一発の弾丸に撃ち抜かれ、名誉の戦死を遂げられた。同じ死ぬのであれば、夫と同じところを撃たれて、死にたい。さあ、過たず、ここを撃て。』と。ああ、そういう理由でしたんか。ほんで、尼はんになって、仏に仕える身と。しかし、しかし、この盗人、ピストルを落として、三尺下がって、土下座をした。これも、分からん。言うのを聞いてみると、この盗人、先の戦争で、この方の夫、山本大尉に、一方ならん、お世話を受けた。命の恩人やと。そんな方の奥さんのところに、盗みに入るとは、何とおろかな人間であろうと、この盗人、ピストルを自分の喉元へ付けて、撃とうとするさかいに、それを尼はんが制して、『おまはんも、根っからの悪人ではなかろう。誰ぞにそそのかされて、行けいと言われたんやろ。誰が行けと言うたんや?』『へえ、阿弥陀が行けと言いました。』て、何、コレ?阿弥陀が行け?阿弥陀ヶ池?そうそう、この人の作り話ですわ。昔でいう、仁輪加(俄、にわか)ですがな。しかし、しかし、ようでけたあるわ。感心するわ。

 こんなこと言われても、フンフンと、うなづくのは、新聞を読んでないせいで、ウソやと分からんねやと。そやけど、読んでる私でも、騙されまっせ。これは、場所が広すぎた。この町内のことやったら、何でも知ってると、この男。そやけど、ゆんべ、西の辻の米屋に、盗人入ったんは?そら知らんて。こいつは、ピストルと違うて、抜き身をぶら下げて入った。おやっさんの前へ付き付けて、『金を出せ』と。しかし、米屋のおやっさん、ビックリすると思いのほか、なかなか、手が効いたある、腕に覚えがある。若い時に柔道の修行をして、柔の心得がある。これがいかんがな。生兵法は大怪我の元。盗人が切り込んでくるやつをば、ヒラッと体をかわした。トントントンと泳ぐところを、肩へ担いで、ドーンと投げ付ける。盗人が土間へ仰向けにひっくり返ったところへ、おやっさん、よつばいになって、押さえ付ける。刃物が飛んだあるさかいに、安心して、手を伸ばして、この盗人をくくる縄を探した。しかし、盗人も、なかなか抜かりが無い。かねて用意の匕首(あいくち)をば、おやっさんの心臓めがけて、プツッと。アッというたがこの世の別れ、死んでしもた。盗人も、むごたらしいもんで、このおやっさんの首をかき落として、横手にあった糠の桶に放り込んで、逃げて、いまだに捕まらんて。「お前、こんな話聞いたか?」「聞かん」「聞かんはずや、“糠に首や”。」て、どういうこと?ひょっとして…。そうでんねん、これも作り話。しかしまあ、これも、ようでけたある。

 「そやさかいに、新聞を読めと。この前、向かいの質屋に変態が…。」て、そんなこと聞いてられへん。どうせ、これも作り話やと、家を出ます。この主人公も、こんなもん、誰ぞに言いふらして、一杯食らわしてからでないと、家帰っても、寝られへん。知り合いの家へと。米屋の話を始めます。「盗人が、裸で入ったんや。抜き身いうて。」違う違う。「心覚えがある」と、違うて、腕に覚えがある。「若い時に、十三で焼き餅焼いて」て、ほんで、柔らかいん?違うがな。今でも、十三の焼き餅は、有名でやすけれども。「生びょうたんは、青びょうたんの元」て、そんなもん、聞いたことないわ。「盗人が切り込んでくるやつをば、おやっさん、西宮かわした。」て、エライ大きなもん、かわしよったんですな。ほんでまた、どないして、西宮が、来よりまんねやろねえ?違います、違います。西宮で有名なもん。ゑべっさん。ゑべっさんの持ってる魚釣り竿。その竿の先で、テグス。テグスの先が浮きで、浮きの先が針。針に付いてるもん、エサ。んな、アホな。エサに喰らいついてる魚。そう、鯛。「体をかわした」これまた、エライとこから、体にたどり着きましたな。「おやっさん、今度は、夜這いに。」四つばい、四つばい。「なかなか、ぬ。なかなか、ぬか。なかなか、ぬか。」なかなか、言えへん。「懐から、かねて用意のがま口を。」て、なんで、がま口出して、盗人に、銭やらな、あきまへんねな。鯉口でもなし、鮒口でもなし、あゆ口、そうそう、匕首、匕首。「下からおやっさんの、しんネコ。」しんトラ、しん犬。鼻の長いので、しん天狗。なんじゃ、そら?四つ足で、鼻の長い、ゾウ。しんゾウ、心臓、ああ、しんぞう。聞いてるほうが、しんどいがな。で、首を糠の桶に放り込んで逃げて、いまだに捕まらんと。「お前、こんな話聞いたか?」「ふん、今、お前に聞いた。」「聞いたらいかんがな。さいなら〜。」なんじゃこら。最後が、ウマイこといかへんかったがな。

 しかし、どうしても、このままでは、家へは帰れん。もう一軒。と、入れる家を探しながら歩いておりますが、なかなか、あらへん。やっとのことで、次の家へ。「ゆんべ、西の辻の米屋に…。」「西の辻て、米屋あれへんで。」もう、だいぶに、道をとってきてますねやがな。「この辺に、米屋ないか?」て、米屋探して歩いてんのちゃいまっせ。「それやったら、この大裏に、米政(よねまさ)いうのがあるで。」「その米政にゆんべ、盗人が入ったん知ってるか?」今回は、ウマイこといきそう。「おやっさん、盗人を肩に担いで、ドーンと。」「向うのおやっさん、三年前から、中風で寝たきりや。」そら、投げられんわ。「息子いてるやろ。その息子が。」「今年五つや。」「誰ぞ、若い衆は、いてへんのかいな?」「それやったら、田舎から出て来たとこで、よしやんちゅう、威勢のエエのがいてるがな。」と、よしやんの話となってしまいます。糠の桶に放り込んで逃げて、いまだに捕まらん。「よう知らしてくれた。何で、米屋は、うちに言うてこうへんねん。おい、お前、米屋へ行け。俺は田舎へ電報打ちに。」へぇ?おかしな具合でっせ。聞いてみると、よしやんちゅうのは、奥さんの実の弟。質屋へ奉公さすのがエエやろいうてたんを、食いはぐれが無いさかいに、米屋へと…。そんな話ちゃうねん。「ちょっと待った。ウソやねん。」「何で、そんなウソを。」「『聞かんはずや、糠に首や』言うて、笑おう思うて。」「そんなもん、笑えるかい。ははぁ、どうせこんなもん、お前一人の知恵やなかろう。誰ぞに行けと、言われたんやろ。誰が行けと言うたんや?」「それやったら、阿弥陀が行けと言いました。」と、これがサゲになっておりますね。非常に良く出来たサゲで、最初の家で、かまされた、阿弥陀池の話の落ちが、このサゲになっておりますねやね。米屋の話だけを持って回って、最後に、少し忘れかけているような、阿弥陀池に落ち着くと。ホンマ、よう考えたあるし、初めて聞くと、ビックリしますね。

 上演時間は、二十分、二十五分ぐらいは、かかると思いますよ。笑いもふんだんにありますし、寄席向きではありますね。ただ、途中で、あまり省略できませんので、時間の無いときには、ツライかも分かりませんが。前半部分は、ご隠居さんというか、知恵者というか、この方の作り話がメインでございます。阿弥陀池と、米屋の話ですな。『過ぎし日露の戦いに…』やとか、『アッと言うたがこの世の別れ…』やなんか、聞いてると、ホントに釣り込まれてしまいますよねえ。講談調といいましょうか、お話をするという場面で、語りの良さが要求されますもんな。いや、しかし、両方共に、ようでけたある。ほんで、ウソ話で、ちゃんと落ちがあると。この辺までは、フンフンと聞いておりますが、さて、後半、主人公が同じ話を言いふらすところは、爆笑に継ぐ爆笑でございますわ。特に、最初の人に言う場面。ギャグというか、シャレというか、ふんだんに入っております。まあ、しかし、ようあれだけの笑いが詰め込まれたもんで。先人達の苦労のほどが、身にしみて分かりますね。その分、おもろおまんねけれども。ここは、トントンと、調子良く進むことが大事ですね。そして、二人目の方で、大しくじり。よしやんが、嫁はんの弟やて。最後は、これも、ホントにようでけたあるサゲで。

 このお話は、ハッキリと作者が分かっておりまして、桂文屋という方だそうです。明治か大正の頃に、新作の発表会で、初演された時、最初の「阿弥陀が行けと言いました。」で、終わりだと思って、下座から、太鼓の音が入ったという逸話が、桂米朝氏の言でありました。確かに、考えてみると、そうかも分かりませんね。初めて聞いたら。演題は、当初のうち、『日露戦争新聞記事』だとか、『新聞記事』なんかでも、使われていたそうですが、『阿弥陀池』となってしまったようです。そういえば、初代桂春團治氏のレコードに、『阿弥陀ヶ池』というタイトルが載ってしまい、現在でも、『阿弥陀ヶ池』と表示される間違いが多々あるようですが、やはり、演題は、『阿弥陀池』でございます。この流れでいいますと、この春團治氏によって、このネタは、ふんだんにギャグの入る、人気のネタとなったことは事実であります。そして、二代目春團治氏も、おなじみの『春團治十三夜』の中に入っておりまして、これがまた、爆笑に継ぐ爆笑。おもろい、おもろい。というような、ものになりました。東京でも、移入されまして、結構、笑いのあるネタとして、演じられております。最近は、ちょっと少ない傾向にありますが。しかし、“阿弥陀池の和光寺”であるとか、“男のぼんさん西宮”、“十三の焼き餅”、“西宮にある有名なもん”なんかの、地名の出てくるところは、使いづらいですので、この手の笑いは、半減していることは、否めないと思います。

 所有音源は、その二代目春團治氏、米朝氏、故・露の五郎兵衛氏、桂ざこば氏、桂春之輔氏、桂南光氏、五代目桂米團治氏などのものがあります。春團治氏のものは、さいぜんも言いましたが、やはり、爆笑。おもろいですわ。これは、初代譲りなのでしょうか?とにかく、このネタに関しては、おもろすぎるぐらい、おもしろい。特に笑いどころの、主人公が、もたもたしながら、一人目の人に言いふらす場面。テンポも良くて、最高ですな。米朝氏のものも、好きなんです。おもしろいのは、おもしろいし、ウマイのですが、実は、私の好きなところは、冒頭の新聞記事のとこなんです。「堀江で火事があって、うどんが二銭で値上げ」て、便所で、壁の崩れたところに、新聞が貼ってあって、それを毎日読んでるいう場面ですわ。「毎朝読んでる」て、そらそやろ。便所行くねやさかいに。ここが、好きで好きで、たまらんのですわ。ちょっと変わってましゃろ。しかし、この部分、他の方ので、あまり聞いたことが無いんですわ。ひょっとして、米朝氏の創作なのか、もっともっと古い型なのか?私は、知りませんねやが。それと、このネタのマクラでは、ほとんどといってイイほど、「“付け焼刃は剥げやすい”てなことを申しますが…」と、おっしゃっておられて、「こんなこと、落語でしか聞かしまへんけど…」とも申されております。そういうと、そうなのでしょうか?わてら、学校のテストなんかの時に、先生から、よく言われましたがねえ。「付け焼刃の勉強で」てなこと。死語でもないんでしょうけれども。五郎兵衛氏も、爆笑の二代目春團治氏のものを受け継ぐ、おもしろいものでござりますね。主人公のアホが、全面に押し出まして。ざこば氏のものは、勢いがありますな。トントンと調子良く進むテンポが良くて、聞き心地が良く、ウケるネタでございます。春之輔氏のものは、意外と、落ち着いた語りで、じわっとしたおかしみもありますな。ごく古風な型でやられているのを聞いたのみですので、そんな印象を受けたのかも分かりません。南光氏は、これまた、ホント、得意ネタといってもイイぐらい、私は好きで、よく合ったネタだと思います。ふんだんに笑いを取っておられて、非常にリズムも良く、落語が初心者の方なんかですと、腹抱えて笑いはんの違いますやろか?ホンマ、おもろいですわ。米團治氏のものも、よくウケておりまして、笑いの多いものでございます。

 今度、新聞載るときは、殺人、いや、強盗、いやいや、何かの表彰で、お願いいたします。

<18.12.1 記>
<21.6.1 最終加筆>


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