
随分と、暖かくなってまいりまして、エエ時候でございます。もっとも、今年は、“超”の付くぐらいの暖冬で、我が家の横手の梅も、一月の末頃から花をつけまして、なかなかの評判でございます。あったかくなってくるといいますと、どうしても、何ともいえん手の人が出てくるようでございまして、この前、うちの焼き鳥屋さんのほうで、メニュー見ながら、無いもんばっかり注文しはる人が、いはりましてん。からかわれてんのちゃうかいなあと思いながらも、今月は、それで、『無いもん買い』を選びました。ひょっとして、この落語を聞いて来はったとこやったんやろか?
「何してんねん?」「立って立ってんねん。」という、おなじみの、入り。しかし、今日は、おもろいことしようと。無いもん買いを、しようと。つまり、ある店に入って、その店に無いもんばっかり言うて、店屋を困らしてやろうと。これやったら、銭いらんしね。まず、入ってきた店で、「わしゃ、毎朝、ナスビの漬けもんか、キュウリの漬けもんで、茶漬ガサガサッと、食べんねやが、ナスビか、キュウリの漬けもん、あるか?」「大将、表の看板見て、入って来てくれはったやろか?」「見たがな。“なものるいくき”と。」「違いまんがな。暖簾で、“か”が隠れてまんねん。」つまり、ここは、金もん屋はん。昔の字は、濁りが打ってないので、“かなものるいくき”。つまり、“金物類釘”の意味。“菜物類茎”と違いまんがな。始めから、おちょくってなはる。いっぺん入った店、朝商いで、物買わんと出るのも、ゲンが悪いと。「火十能あるか?」十能て、つまり、炭やら、ま、からけしなんかでも、火おこして、運ぶ道具ですな。最近は、あんまり見ませんが、お茶の、茶道なんかでは、よう使うたはりますわ。これの、「鞘付き無いか?」て。そんなもん、おますかいな。鞘付きの火十能やて。でも、聞いてみると、一理もある。鞘が付いてたら、すぐに火が消せると。ほんに。「誂えまひょか?」て、誂えんならんほどでもないん。「金だらい見せてもらおか?そこのアカは、なかなかエエもんやけれども、蓋が無いな。」て、これも聞いたことが無い。蓋付きの金だらい。寒い朝、湯を使うて、蓋しといたら、長持ちするて。なるほど。しかしまだ、足らん。「引き出しが無いな。」て。引き出し付いた金だらいて、見たことおまっか?そこへ、歯ブラシなんかを入れとくて。「誂えまひょか?」て、どないして、作りまんねん。「何にも無い店やなあ。ほんなら、また来るわ。」て、ホンマ、無いもんだらけ。意外と、おもろいもんで。
次は古手屋。つまり、今でいう、古着屋さん。『古手買い』ちぇな、珍しいお話も、おますけれども。「古手の引き取りもしてくれるか?」「どんな手でも、引き取らせていただきます。」「うちのおやっさんの、中風の手、引き取ってくれるか?」て、んな、アホな。その手と手が違いまんがな。「座布団見せてもらおかなあ?そやけど、この座布団は、皆、四角いなあ。三角の座布団あるか?」あぐらかくのに、ちょうどエエて。そやけど、これは、現代やったら、あるか分かりまへんな。「パッチ見せて。これは、無地やなあ。」て、柄付きのパッチて、ありますか?裾模様で。これも、現代なら、あるか…。無い、無い。「ほな、蚊帳見せて。しかし、この蚊帳は、具合悪いなあ。裏付きの蚊帳無いか?」て、ありますかいな。蚊帳てなもん、夏に吊んのに、なるたけ薄いもんが、値打ちもんですがな。裏付きの蚊帳て。「お前とこ、何にも無いなあ。」て、段々、おもろなってきた。付いて来てくださいよ。
また、饅頭屋はんへ。いろいろと、饅頭が並んでる。一つ五厘。「そこを、五円の、ぼた餅作ってくれるか?」「五円!」と、職人さん皆で一生懸命、デッカイ、デッカイ、五円の、ぼた餅を作り上げる。「これ、竹の皮に包んで。」て、無茶やがな。そんな竹の皮、あれへん。「上から、貼らしてもらいます。」「わいは、竹の皮に包んで欲しいねん。貼っていらんねん。」「そんなん、包まれしまへんがな。」「ほな、いらんわ。」て、出て来てしもた。おもろいもんでんなあ。五円の、ぼた餅、一つ損や。
そうこうしておりますというと、相棒の男も、やってみたいもん。味噌屋へと、入ってまいります。しかし、知恵が無いので、も一人の男に教えてもらいますわ。「お前とこ、どんな味噌でもあるか?泣き味噌あるか?」と。こら、おもろい、やってみたろと。「おっさんとこ、泣き味噌あるか?」「おます」やて。味噌屋はんも、エライもん。「子供。店の前は、掃除しときなはれと、言いましたやろ。今日は、懲らしめのためや。」と、一つ、どついてみせると、丁稚さん、エ〜ンと泣き出します。「エエ泣き味噌でっしゃろ。持って帰っとくなはれ。」と、こら、向うのほうが、一枚上手。「こないぎょうさん、いらんねん。」「うちは卸でっしゃろ。小売は、せえしまへん。」と、反対にやり込められる。
なかなか、おもしろかったですけれども、これでは、腹の虫が収まらん。次は、魚屋へ。「マグロあるか?ハマチあるか?タイあるか?」「無いもん、無いか?」て、それでは、どうにもならんがな。「タイあるか?」「おまっせ。一円で。」「そこを五銭に、負からんか?」て、一円から五銭引くのん違いまんねん。一円を五銭にやて。魚屋のおっさんも、魂胆があるとみえて、「負けまひょ」と。そのタイの口のそばへ、自分の耳を持って行って、なんじゃら聞いてる様子。「タイの言うのには、“タイてなもん、魚の王様といわれてる。そこを、五銭に負けられたら、他の魚に対して、顔向けがでけん。”と。つまり、本人が不承知や。そんなもんを、やるわけには、いかん。なぶりに来やがったら、承知せんぞ。早いこと往ね!」と、エライ剣幕で怒られる。そらそやわ。そこで、相棒の知恵者を呼ぶ。少し謝ったところで、問題のタイを、一円で買うと。「三枚にしてくれるか?それを、縦に三つにしてくれるか?包丁の背で、叩いてくれるか?」「そんなことしたら、わやくちゃになってしまいまっせ。」「心配すな、俺が買うねやがな。それを舟へ入れて、そこの水溜りに放って、お前の長靴で、グチャグチャッと。」「何しなはんねん?」「まじないや。なんぼ?一円?一円やな。」と、懐から、一円を取り出だす。今度は、その一円に耳を持って行って、聞いてる。「そのタイ、いらんわ。一円が言うのには、“札仲間でも、兄さんとかなんとか、いわれてる。いっぺん、五銭に負けたもんを、一円で買い直すてなことされたら、他に顔向けがでけん。”と。本人が不承知や。ざまぁ見さらせ。」と、帰って行きます。それを見ていたのは、魚屋の女将さん。「あんたは、アホや。タイわやくちゃにされて。あんたという人は、ホンマに、タイの無い人やなあ。」「いや、タイがあったさかいに、こんな目に会うたんや。」と、これがサゲになりますな。“タイが無い”、つまり、“意気地が無い・芯が無い”というような意味の“タイ”と、魚の“タイ”がかけてあるのですね。“タイが無い”という言葉、そんなに死語とは思えませんが、関西でも、使わはる人は、少けのうなってます。ですから、他にも、犬が物言うて、「ブスッと来よったら、どないすんねん?」「心配すな。その時は、わいが、骨拾うたる。」というものもあります。先に、“骨拾うたる”という言葉を出しておくわけですね。また、竹の皮の所で、「包めへんかったら、いらんわ。」などで、サゲられる方もありますね。
上演時間は、十五分から、二十分前後、そんなに長くやるものではありません。意地汚くなるのでねえ。寄席向きでしょうなあ。全編通して、笑いは多いのですが、このネタというか、話の主旨自体を、お分かりいただけない方は、最後まで、意味が分からないままに、終わるはずです。“無いもん注文して、どこがおもしろいねん?”といわれると、そのままですし。ですから、あくまでも、話の内容に、付いて行って下さいね。金もん屋はんに、古手屋はん。おもろいですなあ。蓋付きで、引き出しの付いた、金だらい。ありまっかいな。合わせとか、綿入れ、裏付きの蚊帳に、三角の座布団て。ここら、考える自体、発送が不思議でんなあ。おもろいもんですけれども。つまりは、こういう風なもんが、無いもん買い。しかし、次からが、かわいそう。饅頭屋はんの、ぼた餅。せっかく作ったもんが、売れへん。しかし、これも、我々観客に、かわいそうなんて、思わせる以前に、それ以上に、笑わせないかん。味噌屋はんで、しくじっての、最後の魚屋。こらもう、最初の応対から、威勢がエエ。商売によっても違うところが、これまた、聞きどころで。魚屋のおやっさんが、タイに物を言わせたんですから、こちらも、お金に物を言わせると。そして、女将さんが出てきて、サゲになる。ホンマは、こんなこと、したらいかんのでしょうけど、おもろいですなあ。おかしいというか。ただ、この、なぶりに行くお店というのは、いろいろと他にもありまして、順序が違っていたり、また、新しく作られるものも、たくさんありますね。上の挙げたのは、ほんの一部ですので。あんころ餅を二つ重ねるちゅうのも、ありますわ。そこらも、楽しみの一つで。
東京でも、あるんでしょうか?どう考えたって、上方ネタです。こんなアホらしいもん。考えること自体、関西チックですもんな。移されてもいるんでしょうが、イヤミに、聞こえませんかねえ?饅頭屋さんとか、魚屋さんの件りなんか。不快感が残ってはいけませんので。それ以上の笑いでカバーするというような。所有音源は、二代目森乃福郎氏、桂坊枝氏、他に、笑福亭仁鶴氏のものなどを聞いたことがあります。福郎氏のものは、十分に間を取られていて、分かりやすくって、初心者でも、非常に、大笑いできます。どっちかというと、取っ付きにくい、頭の体操のような、想像の世界の話ですが、それを解きほぐすかのような演出ですね。福郎氏いわく、先代譲りのものだそうですが、あの先代の福郎氏のものは、聞いたことがございません。坊枝氏のものも、これまた、おもろいですわ。無理難題を畳み掛けるとこなんか、普段の生活でも、してはるんちゃうと、疑ってしまうほど、よく出来ておりますねえ。仁鶴氏、十八番でございます。お若い頃は、よくやってはったそうです。それもそのはず、おもろい、おもろい。こちらは、反対に、テンポがあって。前半も、もちろん、おもろいですが、アホなほうの男が、しどろもどろで、魚屋をからかう所なんか、目に見えそうですなあ。大爆笑でした。
しかし、私も、客商売といえば、客商売をさせていただいている以上、こんなお客、たまりまへんで〜。
<19.3.1 記>
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