今年も、暑い夏がやってきます。やはり、暑い夏には、背筋が凍る、かどうか分かりませんが、幽霊の出てくる皿屋敷をお届けしたいと思います。本当に怖いという、江戸落語の怪談噺ではありませんが、いかにも上方らしいお話であります。
内容は、有名なお菊さんを扱った、播州・姫路の話であります。伊勢詣りから帰ってきた松っつぁん、仕事が一段落というので、友達が集まっているところへ偶然にも寄りかかります。松っつぁんの話によると、京都からの帰り道、伏見から三十石の船に乗っていると、船の中での話し合いといえば、出身地の言い合い。そこで、“播州は姫路でおます。”というと、乗り合いの中の一人が、“それでは、あの皿屋敷のあるところでんな。”と言われたが、“そんなところは知りませんな。”と言うと、“姫路の皿屋敷というと、なかなか有名なもん。ははあ、あんた、姫路でも城下のお方やおまへんな。どこぞ在方(ざいかた)のお方でっしゃろ。今年の米の出来は、どんなもんで。”と言われ、恥をかいて戻ってきたということ。在方・在所、田舎とか村方とかいう意味ですが、こんな言い方、最近はあんまり使いまへんな。しかし、姫路で生まれ育った人間ばかりの友達も、みんな知らないというので、裏のおやっさん・六兵衛さんのところへ、みんなで聞きに行きます。元来は、この導入部があって、六兵衛さんのところに行くのですが、ここの部分を全く省いて、おやっさんと取り巻きが、いきなり皿屋敷のことを話し出すという型もありますね。
おやっさんの話によると、皿屋敷とは、この土地でいう車屋敷のこと。昔、青山鉄山(てっさん)という侍が、女中のお菊に恋をしたが、お菊には三平という夫がいるので、なかなか良い返事が返ってこない。将軍家より拝領した家宝の十枚一組の葵の皿を、このお菊に預けておき、お菊のいない間に自分が一枚抜き取り、急に用事が出来たので、この皿を出せと言うと、一枚足らない。そこで鉄山がお菊を拷問にかけたが、もちろん知らないことで、白状しない。遂にお菊を殺して、その死骸を井戸の中へ。最近、はやりのストーカーですな。この話、本当かどうか分かりませんが、江戸時代には既にストーカーがいたとは…。 それから、鉄山はお菊の幽霊に取りつかれ、半狂乱になって狂い死にします。この辺の話、なかなか聞かせ所で、ついつい引き込まれてしまいますな。
話は昔のことですが、幽霊は今でも、毎晩、時刻違わず、車屋敷の井戸から出て、皿の数を数えると聞き、みんなで行こうとします。しかし、相撲取りの緋縅(ひおどし)というのが、お菊を見に行って、九枚という声を聞き、ガタガタ震え出して死んでしまったという話。それやったら、七枚ぐらいで帰ってきたら大丈夫やろと、人数の半分ほどだけが見に行くことになります。この七枚ぐらいでというところが、いかにも落語らしい考え方ですな。
夕方から酒を飲んで、夜が更けてから五・六人が出発します。田舎道をトボトボ、で下座から凄味(すごみ)の合方が入り、いかにも不気味な感じが出てきます。車屋敷で井戸を囲み、今か今かと待っていると、お菊さんが出てまいります。このお菊さんの描き方も、なかなか色っぽさを出さなければいけませんね。そのうちに皿の数を読みだし、七枚で逃げて帰ってくると、何ともない。もとより鉄山に惚れられるというお菊さんだけあって、なかなかの色女、べっぴんさん。この噂が広まって、近郷近在、また、遠方からも見物に見えます。
ある日のこと、今日も大勢の見物人が詰めかけて、今か今かと待っていると、お菊さん、ズッと出てまいります。ちょっと声が悪いと思うと、風邪をひいているということ。さて、皿の数を数え始めますが、七枚・九枚を超えて、とうとう十八枚まで読んでしまいます。見物の一人が文句を言うと、“二日分読んどいて、明日の晩、休みまんねん。”という、これがサゲになります。いかにも粋なサゲですな。
上演時間は、大体三十分前後、短くても二十五分ぐらいはかかりますね。なかなかの技量のいる話ではないでしょうか。一番の聞かせ所は、六兵衛さんの語るお菊と鉄山の話の場面でしょう。ここを本当らしく、ググッと引き込ませなければ、なかなか笑いが生きてこないと思いますね。この六兵衛さんの家での会話の中に、ちょこちょこと入る笑い、車屋敷へ向かう途中での、仲間の会話のところで入る笑い、なかなか間がズレるとおもしろくなくなりますね。また、一回目のお菊さんの出の色っぽさもなかなか出せませんね。それに比べて二回目のお菊さんの、ガラッと変わる登場場面、なかなかおもしろいですね。いかにしても、難しい場面が多いわけですが、サゲが分かりやすいので、滅びることはないネタだと私は思います。
ちなみに、桂米朝氏によると、姫路には、お菊さんの伝説がたくさん伝わっていて、今の姫路城にあるお菊井戸や、お菊神社、またその神社に残っていた一枚の皿などですが、この話自体が全くの事実とも言い切れないので、そこはあまり信用できないものだとのことです。しかし、六兵衛さんの話の中に出てくるお菊虫は本当だそうで、髪の毛が前でパラッとなって、手が後ろへくくられ、お菊さんが縛られているように見えますが、これはみの虫か何か昆虫の抜け殻みたいのものだそうで、昔はお城の売店などでよく売られていたそうです。さすがに、姫路の出身ですな。
所有音源としては、桂米朝氏、故・桂小南氏、桂春團治氏、桂南光氏、五代目桂米團治氏、桂小春團治氏などのものがあります。桂米朝氏のものは、まさに姫路出身だけあって、米朝氏にピッタリとハマッた、十八番のネタのように思えます。小南氏のものは、ちょいちょいと本筋を省いてあるものが多く、ニ十分ぐらいの高座が多かったようで、これも東京の寄席でのことなので、しょうがなかったことと思います。春團治氏のものは、米朝氏から伝わったものだそうで、これも十八番のオハコネタで、最近は、春團治氏のものの方が有名でありますな。南光氏のものは、幽霊の怪談噺が前面に出ているのではなくて、どちらかというと、お笑い本位の型で、三十石で恥をかく話が省かれておりましたが、爆笑のできる、おもしろいものでありました。お菊が殺される場面の語り、よ〜うネタが繰れたはりましたなあ〜。米團治氏のものも、動きが大変に多くて、がんばったはりました。高校生の時やったと思いますが、文化祭かなんかで、このネタやりはって、桂吉朝氏に太鼓叩いてもろたちゅう話、どっかで聞いたことおまんねけども。小春團治氏のものは、春團治氏から伝わったものらしく、この方も、三十石で恥をかく話が省かれている型ですが、それでも上演時間は三十分ぐらいかかるという、なかなか力の入ったものですね。このネタ、春團治氏のものも大好きなのではありますが、姫路ということもあり、やはり米朝氏の十八番のネタのような感じがするのであります。しかし、米朝氏は最近、このネタをあまり上演されていないようで、残念ですね。
<12.7.1 記>
<20.12.1 最終加筆>
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