先月、友達の結婚式へ行ってまいりました。お誘いがありましても、ほっとんど、行けしまへんねけれども、珍しく、某ホテルへ。へぇ、何でかて?そら、仕事も休まんならんし、第一、祝い要りますやん。エエもん食べるわけやなし、飲むわけやなし、でっさかいに。チャペルの式で、白扇は、要らんやろうと思いながらも、やっぱり、買うて、持って行きましたわ。なかなか、盛大な披露宴でございまして、ただ、座ってるだけにして、静か〜に帰ってまいりましたけれども。そこで、今月は、婚礼の話題を探しておりましたが、結構、先に出してまんねやね。改めて見ると。残ってるもんの中では、何がエエかいな?『貝野村』いきまひょか。『海野村』の表記もございますね。ちょっと説明せないかんネタではあるんですが、後半部分が、皆様方、よくご存知の『手水廻し』。前半から通してやると、『貝野村』という演題でございます。要するに、『貝野村』の後半部分が独立して、『手水廻し』になったと、いわれております。話の内容や趣き、主人公の設定なども、前半・後半で、変わりますので、後半だけを演じたほうが、スッキリしますにゃね。ということで、今月は、その前半部分だけをお届けいたしまして、後半は、『手水廻し』といたしまして、来月に、述べさせていただきたいと存じます。
お所は、船場でございまして、奉公人が二十人からいようという、大きなお店。ところが、ご家内は、親旦那と若旦那の二人だけ。この、若旦那というのが、歳は二十二ですが、これまた立派なお方。商売にも、ご熱心。そこへさして、姿・形がよろしい。“今業平”と、もっぱらの噂。このお店へ、出入りの棟梁・甚兵衛さんのお世話で、丹波の貝野村から、おもよどんという、おなごしさんが、女中奉公にやってくる。このお方、そんな田舎から出てきたとは、思えんぐらいに、これまた、姿・形がよろしい。こちらのお歳は十八で、色は白うて、おちょぼ口、奉公人でありながら、“今小町”という評判。そうなりますというと、自然と、上の女中を勤めますし、若旦那のお世話をするようになる。付きっ切りの女中となりますな。ま、上は、男二人でっさかいにねえ。
ある日のこと、若旦那が商用で、九州へ、一ヶ月ほど、行かんならんようになった。番頭はんが一人付きまして、出て行かれる。今でいう、長期の出張てなもんですかいな。それから、ちょ〜ど、二十五日ほどいたしまして、丹波の貝野村、おもよどんのご実家から、お人がみえる。その方が言うのには、おもよどんのお母さんというのが、病気で寝込んでしもた。田舎へ帰って欲しいということ。急に暇取られるのも、つらいのではと、その方、代わりの女中さんを一緒に連れて来たて。用意のエエ方ですな。これが、名前が一緒の、おもよどん。歳も十八.しかし、どエライ人でんねん。色は真っ黒けで、今、人喰うて来たとこちぇな口の、先の、おもよどんとは、似ても似つかん女中さん。『仔猫』の、お鍋どんみたいなもんでっしゃろか?
その三日ほど後、ようやく、若旦那が九州から、お帰り。この方、お風呂が好きと見えまして、お風呂に入りまして、旅の垢を落とす。いつもなら、おもよどんが、背中を流しに入ってくるのに、どういうわけか、今日は、風呂場へも、入ってきぃひん。待ってる間に、せいだい、のぼせてしもた。風呂から上がりますというと、御膳の仕度。しかし、誰が給仕したらエエのか、女中さんの間でも、ちょっと、もめる。前のおもよどんが、やってはったんでねえ。となると、やっぱし、名前も、おんなじ、おもよどんがエエやろというので、おもよどんにさせることに。しかし、ここら女性のお方でっさかいに、始めて見る、“今業平”てな若旦那に、恥ずかしがって、お化粧せんならん。これがまた、普段せんもんでっさかいに、白やら黒やら赤やら、なんじゃ、まんだらの色。まさに、人喰いでんなあ。若旦那、「おもよは?」と、おもよどんが顔を上げますというと、ビックリ!!そらそやわ。月とスッポンでっせ。おもよどんを下がらせまして、御飯も食べんと、床を取ってもろうて、寝てしまいます。
明くる日も、朝から御飯を食べん。寝たきり。御飯が喉を通らん、お粥通らん、電車通らん…。て、んなアホな。これが数日続きまして、とうとう寝たきりの病人になってしもた。心配なんは、親旦さん。いろんな、お医者さんに来てもろうても、見立てがつかん。ところが、そのうちに、話の途中で、若旦那が、「おもよ」と口走ったのを、聞き逃さんかったお医者さん。すぐに親旦那へ報告する。つまり、恋患いちゅうやつですわ。早速に、おもよどんを世話いたしました、甚兵衛さんを呼びまして、親旦さんが、話をする。「おもよを煎じて、飲まさな、治らん。」「大きい薬土瓶が、要りまんなあ。」て、違うがな。おもよどんに会わせんことには、治らしまへんねやがな。しかも、お医者さんが言うのには、明くる日、明日の晩までぐらいでないと、危ないて。そやけど、大阪から丹波でっさかいに、相当な距離。明日の晩やて。ところが、ところが、お礼が出る。大枚の三千円。これを聞きますと、やはり人間でっさかいに、甚兵衛さんも、承知をいたしまして、行くことになる。いっぺん、家へ帰って、仕度してたんでは、間に合わん。装束は揃えてあんので、ここから出発。弁当も時間が無いので、お櫃を縄でくくって、首からぶら下げて、沢庵を長いなり。頭に、わらんじ(わらじ)付けて、こけたら、頭打たんようにて、おかしいがな。ここらまあ、『崇徳院』と一緒ですな。恋患いになりますと、『宇治の柴舟』あたりでも。
この、おもよどん、女中奉公といえども、お家は、丹波で、二・三ヶ村の庄屋をしていようというような、立派なお家の、娘さんなんですなあ。甚兵衛さんは、始終、出入りをしておりますので、その日の夕暮れ、奥の座敷、庭の前へ、直接、走り込んでしもた。息も絶え絶えでっさかいに、おかしげなと、おもよどんのお父さんが見ると、これが甚兵衛さん。なんじゃ、頭にわらんじ載せたある。事情を聞いてみると、若旦那が恋患いで、明日の晩までに、おもよどんを、大阪へ連れて行きたいて。ところが、こちらも、こちらで、おんなじようなことが、起こってたて。おもよどんが帰ってきてから、おもよどんのお母さんの病気は、すぐに治った。しかし、こんどは、おもよどんが患い付く。原因は、どうも、おんなじことであったらしい。つまり、おもよどんも、若旦那を思っての、恋患いでしたんやなあ。そこで、このお父さんも、承知の上で、どんなことになっても、大阪に行かせて、会わせてやりたいて。おもよどんも、寝たきりの病人でっさかいに、大阪までの体力が持つかどうか、分からんのでねえ。まずは、本人にと、おもよどんに事情を話すと、病気どころか、生き返った魚のよう。風呂へ入れ、髪をとき付けてというのも聞かずに、駕籠に乗る。甚兵衛さんの分と、二挺(ちょう)の駕籠を誂えまして、大勢の人足で、大阪へ。
明くる日の日暮れ前、駕籠がお店の前へ着きまして、親旦さんに、ご報告。てなことしてる時間が無い。早速に、若旦那に会わせる。と、いきたいところですが、『おもよどんが、来はりましたで。』と、大声あげると、それえを合図に、コテンといってしもたら、どんならん。病人さんでっさかいに、それぐらいのこと、あるや分かりまへん。長い長い竹の、節抜いたあるやつを、持って来まして、小さい声で、「わかだんな〜。おもよどんが、来はりましたで〜。」と声をかける。「ほんまいかいなあ」と、かすかな声と共に、顔を上げますというと、おもよどんの顔!「おもよか!」「若旦那!」「会いたかった!」“チョ〜ン”と、芝居ですと、ここで柝(き)が入りまして、幕が閉じる。話のほうは、そうは、いきまへん。こうなりますと、若旦那の病気も全快。「お腹が減った。長い間、物食べてへんさかいに、精の付くもんがエエ。うなぎ二十人前、卵五十個に、あつあつのご飯。」そないに、食べられまっかいな?と、思いきや、若旦那が、お茶碗に、ご飯を三十八杯、おもよどんが、女子の方でっさかいに、二十九杯。エライもんや。
お互いに、病気が全快いたしますと、こらもう、夫婦にせなしょうがないん。大阪から、丹波のほうに話をする。ところが、この、おもよどん、一人娘さんでっさかいに、なかなか具合が悪い。というて、若旦那を養子にも、出せん。ま、結婚することに反対ではないんですが、田舎のことで、親類が、うるさいというので、一日だけ、若旦那がおもよどんの家に、婿養子に入って、それから、正式に、おもよどんを大阪で、嫁にもらうという、手順になります。そこで、大阪から、若旦那に、おもよどん、仲人として、甚兵衛さん、それに、若いもんを付けまして、丹波の貝野村、おもよどんの、ご実家へ。親類縁者の前で、入り婿の三々九度をいたしまして、その日は、ここに、お泊りになります。
明くる朝、田舎の朝の景色なんか、見たことのない若旦那、エエ気分、清々しい気分になりまして、こんなとこで、一生、暮らしたいとも思いながら、悦に入る。我々でも、よう、旅行へ行きますと、感じるもんどすなあ。この朝の空気に触れながら、景色を見ながら、手水を使いたいと。そこで、女中さんに言いまして、「手水を回して欲しいと」と。「はい、承知いたしました。」と、返事をしますが、さて、この後は、どないなりまんねやろ?内容は、『手水廻し』なんですが、少し、趣きも違いますので、先に述べさせていただいても、イイんですが、それでは、お楽しみがなくなって、おもろない。やっぱり、来月の『手水廻し』に、させていただきまひょ。内容の説明や、所有音源の有無等も、来月のほうが、よろしやろ。あんまり、分かってしまうよりも。それでは、お楽しみに…。
<19.6.1 記>
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