さて、今月は、先月の続きでございます。『貝野村』の後半部分、独立して演じられると、これだけで『手水廻し』となりますな。『貝野村』の場合は、若旦那が入り婿の式を挙げましての翌朝、景色がエエので、庭を眺めながらという所から、話は始まります。『手水廻し』は、ある大阪の商人さん、丹波へんの宿屋に一泊いたしましての、その翌朝という設定で。

 その景色を眺めながら、庭先・縁先で、手水を使おうと。女中さんを呼びまして、「ここへ手水を廻してくれ」と。「はい。すぐに、お廻しいたしますで。」と、お清どんは答えますが、“手水”の意味が分からん。ここの家の主さんに聞きますと、「そんなもん、板場の、料理人の喜助に言うとくれ。」と。今度は、喜助どんに聞きますと、これも分からん。もう一度、喜助どんが、旦さんに聞き直しますが、旦さんも、分からん。さて、エライこっちゃ。若旦那、または、お客さんに、田舎の宿屋で、何にも分からんと思われんのも、かなんもん。どないしまひょ?

 と、思い出しましたのは、村はずれの、ずく念寺のおっさん。向うのお住持やったら、何でも、物よう知ってなさるさかいに、いっぺん、聞いてみて来ようと。喜助どんが、一っ走り、お寺のほうへ。おっさんに、早速、手水の意味を尋ねると、「“ながい”と書いて、“長”。“あたま”と書いて、“頭”。長い頭を廻せ。」と。分かるのは分かったんですが、“長い頭”て、何のこっちゃろ?不思議に思いながらも、帰ってまいりまして、旦さんに報告をする。しかし、“長い頭を廻す”て?そこで、ひらめきましたのが、喜助どん。この村に、市兵衛さんという、頭の大きい方が、住んでなはる。二尺の手拭いで、ほうかむりがでけんという、一名、“げほうの市兵衛”。げほうさん、ぎほうさんて、頭の大きい方は、今でも、よういわれます。“外法”ですわ。『げほう頭』ちゅう話も、ありますけどな。

 これまた喜助どんが、呼びに行きまして、市兵衛さんを連れて来る。ほんに、長い頭や。一方、若旦那・お客さんのほうは、『すぐに』と言うたのに、なかなか来うへんので、お待ちかね。そらそやわ、喜助どんが、走り回ってんねやさかいに。そやけど、縁側から回って来たのは、なんじゃ、見慣れんような、おじやん。このお方が、手水を廻すと。「誰でもエエさかいに、頼みます。」と、おもむろに、市兵衛さんが、頭を廻し始める。何、コレ?手水と、何の関係があんの?「早いこと廻しとくれ!」「もっと、早う、お廻しいたしますか?」と、よりいっそう、スピードをあげて、グルグルグルグル。しまいには、市兵衛さん、目回して、倒れてしもた。その“早う”と、“早う”が、違うがな。こんなとこには、いられんと、若旦那・お客さんは、すぐに大阪へ帰ってしもた。

 『貝野村』ですと、婿どんのことでっさかいに、娘に恥をかかせた、また、『手水廻し』でも、恥をかいてが、共に、また、このようなことが起こっては、一大事。というて、田舎では、聞く人も、おらん。そこで考えまして、この旦さん、大阪の宿屋で泊まりまして、そこで、『手水を廻せ』というて、どんなもんが出てくるかを、実際に体験してみようと。なかなか、エエ考えでございますな。『手水廻し』ですと、商売熱心といいますか。例の喜助どんを供に連れまして、大阪へ。道頓堀あたりの、大きい宿屋さんに一泊をいたします。明くる朝、起き出してまいりますというと、女中さんに、「手水を廻してくれ。」と。

 待っておりますというと、運ばれて来ましたのは、大きな銅(あか)の金だらいに、並々といっぱいのお湯。そして、横には、塩と歯磨き粉に、房楊枝(ふさようじ)。これが手水かということになりますが、何するもんや分からん。そやけど、考えてみると、どうも、食べるもん、飲むもんらしいと、料理人の喜助どん。そら、塩と歯磨き粉が薬味で、房楊枝が、かき回す道具やて。全部を放り込みまして、グルグル混ぜて、まずは、旦さんのほうから、お味見。ひと口飲んだが、味のほうは、皆目、分からん。そら、けったいな味でっしゃろなあ。歯磨き粉に塩が、薄〜い味で付いてまんねやさかいに。ホンマに、大阪の人が、毎朝、こんなもん、飲んでんのか知らん?と思いながらも、たらいのお湯を半分ほど飲みましたが、お腹につかえて、もう飲めん。後の残りは、喜助どんにて。喜んで、最後まで飲んでしまいましたが、こちらのほうも、お味のほうは、なんじゃ分からん。

 といううちに、「も一つ、ここへ、置かしていただきます。」と、女中さんが、二つ目を置いて行く。そらそうですわ、二人いはんねやさかいに。この後の分は、喜助どんの分。そやけど、二人共に、いっぱいのお湯を飲んだもんでやっさかいに、お腹がチャプチャプで、もう飲めん。「お女中」「何でおますいな?」「せっかくやけどなぁ、後の一人前、お昼によばれます。」と、これがサゲになりますな。つまり、一人分は、飲んでしもたんでやすけれども、もう一つは、お腹がいっぱいで飲めん。そこで、お昼にさせていただきますと。本来は、そら、飲むもんやなんかと、違いまっさかいになあ。「手水は、一杯に限る。」と、東京でいう、『酢豆腐』のサゲを使われているのも、ございます。

 上演時間は、『貝野村』からしますと、三十分は、ゆうに越えるお話で、やりようによったら、四十分・五十分という大作になりますな。『手水廻し』だけですと、十五分から、二十分ぐらいまでですか。まず、前半部分、『貝野村』からしますと、こら、なかなかロマンチックな、恋患いのお話。この部分は、説明の、地の語りの部分が、多いですな。会話だけで進んで行くのではなくて。美男美女の組み合わせではございますが、身分が、若旦那と奉公人の女中さん。といえども、心配はございません。なかなかご立派な、庄屋さんの娘さんだったんですな。暇を取って帰るのと同時に、名前も、おんなじ、おもよどんという女中さんが送り込まれるのが、なかなか、おもろいところ。若旦那が九州から帰ってきてみると、おもよどんが、エライおもよどんに…。って、人が変わってまんねんで。これを見てというのも、失礼ですが、寝付いてしまう。恋患いというのが分かりまして、棟梁の甚兵衛さんに事情を話して、丹波へ行かせます。ここらは、『崇徳院』と、趣きが、随分と似ておりますので、ギャグの重なる部分も、あるのですが、話の持っていきようで、また、感じも違ってきますがね。

 貝野村に着いてみますというと、先方でも、おんなじ病気。おもよどんが、恋患い。なんじゃ、出来てたような話ですながな。駕籠に乗りまして、再び大阪へ。若旦那と再会で、芝居なら、ホンマに、幕であるとか、回り舞台のとこでんなあ。聞いてる我々でも、“良かったなぁ”と、思うぐらいでっさかいに。そして、結婚ということになりまして、今度は、若旦那が一日だけの入り婿。ここらも、よう考えたある話です。昔の習俗ですのでね。この『貝野村』の部分、やはり、説明も多いので、おもしろみに欠けそうな気もしますが、それはそこ、演者の方の、持って行きようで、ラブロマンスでありながな、笑いが、そこここに、散りばめられておりますな。大笑いは、無いかも知れませんが、ストーリー性がありますので、そんなに退屈するものではございません。というか、飽きられないようにするのが、これまた、難しい話なんでございましょう。

 そして、後半が、『手水廻し』の部分。上方の噺家さんが演じるわけですから、上方の言葉でイイわけなんですが、それでも、丹波の在所の言葉とでは、違いがある。“手水”て、まあ、今でも、使いますわなあ。『ちょっと、お手水へ』て、トイレのことですし、神社の参拝前に、手洗うとこは、“手水”の表記がございます。最後の最後まで言いませんでしたが、ここでは、顔を洗う意味でございます。字で書いたら、少しは分かりそうなもんでやすけれども、言葉で、『ちょうず』といわれると、ちょっと分からんというところから、どエライ間違いが起こります。“手水”が“長頭”と。市兵衛さんが頭を廻すところ、おもろい爆笑の部分です。演者によって、工夫もあるものか、手で、その大きさを表現されたり、扇子で表現されたり、いろいろな型がございますね。

 しかし、若旦那・おもよどん、もしくは、お客さんに、『手水て、何です?』と、聞きゃぁ、良かったんでしょうが、それがなかなか、聞けへんもん。大人になればなるほどねえ。『転失気(てんしき)』の場合も、そうですもんな。それから、大阪へ泊まりまして、手水を飲んでしまう。あんなもん、一人一杯ずつ飲んだら、エライお腹ふくれますがな。この飲み応えも、爆笑でございます。ですから、どちらかといいますというと、後半の『手水廻し』のほうに、笑いが多い。前半と後半で、話の主人公も変わりますし、主題・本題がずれるというか、変わってまいりますので、『手水廻し』だけで演じられるほうが、多いですね。せっかくのラブストーリーが、洗面器のお湯で終わるのもねえ。ですから、前半部分に、もう少し笑いを増やされて、若旦那と、おもよどんが再会した後に、サゲがつくぐらいで、『貝野村』と題したほうが、イイのかも分かりません。『手水廻し』は、一個の独立した話としては、十分、通じますねやさかいに。

 『貝野村』で、前半から演じられる場合は、やはり、後半の『手水廻し』の部分を、少し短めにといいますか、話の中の一部という感覚で、演じられているみたいでございます。『手水廻し』一席ですと、たっぷりと、間を取りまして、笑いの多いものとされておりますね。東京でも、演じられているんでしょうか?わたしゃ、あんまり聞きませんので、詳しくは存じ上げません。しかし、まあ、出は、上方のもんでございましょう。

 所有音源は、『貝野村』で、故・三遊亭百生氏、故・六代目笑福亭松鶴氏、『手水廻し』で、同じく松鶴氏、笑福亭鶴光氏、桂文珍氏、笑福亭松喬氏、故・笑福亭松葉氏(七代目笑福亭松鶴)、桂雀々氏などのものがあります。百生氏のものは、もちろん、東京で演じられたものみたいですが、『貝野村』でありながら、それなりにコンパクトにされておりました。『一杯に限る』のサゲでした。後半もさることながら、前半の甚兵衛さんの、おかしみが、なんともいえん、おもしろみで、全編通して、飽きないようになっております。松鶴氏の『貝野村』は、ストーリーを忠実に追って行くという、細々としたところまでも、丁寧な演出で、話自体の、おもしろさが前面に出ておりました。こちらも、後半はもちろん、前半も、二人のおもよどんの違いや、甚兵衛さんの、おかしさ、ダレるところはございませなんだ。やはり、相対的に、『貝野村』という題で、長く話を続けるということは、全編のバランスを考えておられるような気も、いたしますな。特に、後半のサゲだけを、ヤマ場に持って来るだけではないということで。

 それを考え合わせますというと、『手水廻し』の松鶴氏は、十二分に、お笑い本位の、おもしろいネタになってございます。これが、ホンマに、おんなじものかいなあというぐらい、聞いてるほうには、違いがございますな。割り方、得意ネタにも、してはりましたしね。鶴光氏のものは、お時間のせいか、短いものだけですが、なかなかに要を得た、楽しいものでございました。短時間で、ワッと笑わせるというような。文珍氏のものは、丹波の宿屋さんの方々が、ホンマの田舎言葉という演出でございました。ご自身が、丹波篠山の出でしたな。こらまた、ちょっと雰囲気の違った『手水廻し』で、言葉の違い一つとっても、ネタが変わるものだなあと思いました。爆笑を取っておられましたが。松喬氏のものは、ゆっくりと間を取っておられて、これまた、笑いの多いもんでございます。宿屋の旦さんの、真面目でありながら、おかしみのある部分が、ウマイこと表現されておりました。松葉氏のものも、おもしろかった。よくウケておりましたな。本当に、最後にヤマ場を合わせるというような、なかなか凝ったものでございました。雀々氏のものは、これまた、爆笑編で、おもろい。十八番ネタといっても、エエと思いますよ。市兵衛さんが頭を廻すところや、最後のお湯を飲むあたりなんか、大爆笑で。仁に合ったネタなんでございましょう。

 そやけど、朝早うから、長い長い頭廻されたら、何のこっちゃ、さっぱり分からんでしょうなあ。テレビやラジオの発達で、こんなことは、もう無くなってしまいましたが、言葉というものは、大事にせなあきまへんわ。

<19.7.1 記>


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