暑中お見舞い申し上げます。今年も、暑い夏でございます。どっちかいうたら、冬のほうが、エエ人間ですので、耐えられへんわけでございますが、暑うなりますというと、海に山、行かれる方も、多うございます。そこで、今月は、山のお話で、しかも、幽霊ではございませんが、なんじゃ、背筋の寒〜うなるようなものを。『深山がくれ』で、お楽しみいただきたい。なんじゃ、けったいな、不思議〜な話ですので、よう分からんてな部分も、あるかも分かりませんが、そこはそれ、現物を聞いていただいて、ご納得のほどを。言うたかって、あんまり、お耳には、入りにくいお話ですが。

 お所は、肥後の天草、主人公は、梶田源吾という、旅の武芸者。ある村へ差し掛かりますというと、道で見かけるのんは、女の人ばっかり。働いてんのも、女の人。そこで、聞いてみまするというと、この村には、男手が、お庄屋さん一人。というのも、男の人が寄って、街まで買い物に行ったが、帰って来うへん。不思議なものと、また、他の男達が探しに行ったが、これも行方知れず。だんだん、だんだん、男の人が、すけのうなって、お庄屋さん一人になってしもた。どうやら、噂では、この向うの山の中に、山賊が住んでいて、これが悪さをしているという話。武芸者という手前、放っておくわけには、いかん。早速に賊退治へと、山を登ってまいります。てなとこが、発端部分ではございますが、ここは、少し、演者の方々によって、違いがございまして、村の男達が、狙われるので、賊退治に行く。これも、帰って来うへんので、お庄屋さん、はたまた、息子さんも、退治に行くが、ダメ。そこで、息子さんの弟さんが行くということになることも、ありますね。また、お名前が、桃田源吾であったり、また、まだ違う名前であったり。ま、とにかく、主人公という人が、山賊退治に、山に踏み入るという、話の始まりでございます。

 山道に差し掛かりまして、日も、とっぷりと暮れ、先を見まするというと、一人の女子。被ぎ(かつぎ)を引き被りまして、泣いているような様子。尋ねてみると、道に行き暮れたとか、しゃくが起こったとかいうので、一緒に、家まで、ついて行くことにします。歩き出しますというと、なんじゃ、おかしな具合。そうでんねん、この娘さん、高足駄を履いてなはる。塗り下駄という描写もありますが。こんな山道で、下駄履いて歩くなんて、しかも、女子で考えられへん。こら、タダもんではございませんわ。そのうちに、谷を隔てまして、丸木橋が架かってございます。これをば、その下駄で、カランコロンと。娘をば先に渡らせまして、自分は、二・三間ほど手前から、はずみをつけまして、橋を飛び越すというと、先に渡った娘が振り返ったところをば、ズバーッと。一刀の元に切り伏せます。また、この源吾が渡る瞬間に、橋が谷へ落ちまして、飛び上がって、切り付けるという離れ業も、ございますねやが。

 とりあえず、危ないところであった。と、見ますると、先には、チラチラと、明かりがある。鉄のような扉からは、明かりが漏れている。中の様子を、ジーッ。山賊が輪になって、しゃべっている。二十人ほどですか、猪肉かなんぞで、どぶろくでも飲んでるてなもん。妹御前が、カモを探しに行ってるて。あと一人で、千人の生き血が揃って、大願成就とかなんとか。要するに、さいぜんの女子は、盗賊の首領の妹か、なんぞ。ここにいるのは、その手下。千人の男の生き血を集めていたんですな。見破りました源吾、先ほど、娘が履いていました下駄の音を、カランコロンとさせますというと、この手下どもが、「妹御前がお帰りになったに違いない。皆で、お出迎えしようやないか。」両側にズラッと並びまして、「妹御前、お帰りあそばせ〜」と、頭を下げた。そこは、源吾、両刀を引き抜きまして、両手で、「ヤーッ」。見てるうちに、二十ほどの首が、ゴロゴロ、ゴロゴロ。うまいこと、皆、撫で斬りにしてしもた。

 尚も、奥へ進みまして、「頼もう、頼もう〜」「ど〜れ」って、神田川料理道場や、おまへんで。返事の声と共に出てまいりましたのは、なかなかの美しい女子。道に迷ったので、一宿頼みたいと言いますと、その女子は、「いずれの道より?若い女子に、出会いませなんだか?」と。「出会うたが、怪しいので、胴体と首を別々にした。」「若い者が、二十人ほどは?」「おったが、これも、別々に。」事情が呑み込めたとみえますが、とりあえず、この女子は、奥の間へと案内をする。

 お茶や酒、ご飯に、甘い物と、勧められますが、そんなもん、食べられまっかいな。怪しいもんのボスと思しき人が、持って来ようとするもんを。「おかわいそうに」と、唐紙を、ガラガラピシャッと。けったいな言い分であるのと、唐紙にしては、けったいな音。開けようとしますが、唐紙は、開かん。小柄でえぐってみますが、こら、唐紙の下は、樫の一枚板。今の、戸襖みたいなもん。開けへん。閉じ込められましたんやな。天井と鴨居の間にも、隙がございまして、どうやら、吊り天井。逃げ道が無い。ヒョイと見ますると、床の間に掛かっております、お軸が、天照皇大神。日頃、念ずる伊勢大神宮、我を助け給えと、祈りますというと、風も無いのに、その掛軸が、フワッと。出入口が、おまんねやね。覗いてみますというと、抜け穴ですが、下は、幾何丈とも知れんような、谷底。やっぱり、アカン。

 しかし、明かりが見えますというと、なんじゃ、話し声が聞こえる。あと一人で、大願成就とやらで、今晩、寝込みを襲うた奴には、先駆けの功名で、十両の下しおかれがあるとやら。それでは、俺が一番と、ハシゴかなんかで、続々と、賊の手下が登ってくる。座敷牢の中の、寝ている武芸者を殺してしまおうという算段。そんなことされては、たまらんと、こちらも、掛軸の抜け穴の出口で、刀を取りまして、待ち構えております。一人が、ヒョイっと首を出しましたところを、ズバっと。首は座敷に転がりまして、胴体は、ハシゴの下へ。次に登ってくる奴の頭の上へ、お尻が、ドンと。こら、おかしい。そやけど、どうも失敗した様子なので、それでは、今度は、俺が一番と、次が、首をヒョイっと出すと、ズバっと。ヒョイ・ズバ、ヒョイ・ズバ…。次から次へと退治をいたしまして、座敷じゅう、首だらけ。とうとう、夜が明けてしもた。

 昨晩の唐紙が開きまして、また、女子が現われて、ビックリ。この武芸者、まだ、生きてたんですなあ。それに、手下が殺されて、首だらけ。慌てて、取って返しますというと、今度現われた時には、タスキがけで、槍を持っております。いざ、勝負ということですなあ。侍のほうも、刀を抜き合わせまして、チャンチャンバラバラと、大立ち回り。勝負は互角と見えましたが、女子のほうは、石灯籠の上に飛んだ。裾が乱れておりますところへ、侍のほうが、下から覗き込んだもんでっさかいに、ど〜しても、裾を直さないかん。そこはそれ、女子の方でっさかいに…。ここに、一瞬の隙が出来まして、侍が、エイっと。勝負がつきます。

 こんで、終わりやろうと思っておりますが、これだけの数の男を殺したんですから、持っていたもんを剥ぎ取って、おそらく、金銀財宝を溜め込んでいるに違いない。それなと持って帰って、村の女連中に分けてやらなければ、浮かばれん。遺族補償にてなもん。探し歩いておりますというと、朱塗りの回廊に、階(きざはし)。御簾が掛かっておりまして、奥まった一間から、声が掛かる。まだ、怪しいもんが、いてんねん。「侍、待っちゃ〜。」「待てと止めるは、どこの、どいちゃ〜。」たむけんや、ないですよ。

 御簾が上がりますというと、出てまいりましたのは、もう百歳になってるかというような、白髪の老婆。これも鉢巻きをいたしまして、槍をかいこんでおります。おばばの名乗り。この人、先年、天草で滅んだ、森宗意軒(もりそういけん)の妻なんですと。千人の男の生き血を神に捧げて、謀反の大願成就を祈るやて。また、大それた。あと一人やったのにねえ。弁慶みたいなもんですか。これが、ホンマの首領やったわけですな。しかし、楽の音と共に、名乗りといえども、うまいことしゃべれへん。そら、そうですわ。百歳かなんぞの、お婆さん、歯も抜けて、“侍”が、“ちゃむらい”ですもん。

 バカにしながらも、ピタッと槍をつけてまいりますのは、そこはそれ、森宗意軒の妻。ところが、力が違います。太刀を受けようとした槍が、真ん中から、切られまして、これを杖にと、逃げて行く。「待て〜」と、追いかけますというと、そら、足が違います。目の前が川で、すぐに、追い付く。殺すのは簡単ですが、その前に、財宝のありかを、聞き出さないかん。襟髪を掴みまして、川の中へ、おばんの顔を、ザブザブ、ザブザブっと。エライ拷問。「なんで、この婆を、こんな目に遭わすのじゃ?」「昔から、いうやろ。婆は、川で洗濯じゃ。」と、これがサゲになりますな。昔話の、『昔々、おじいさんと、おばあさんがおりました。おじいさんは、山に柴刈りに、おばあさんは、川に洗濯に…』というフレーズが、サゲになってございます。現代でも十分、通用はするんですが、話の壮大さに比べますというと、ちょっと頼りないサゲかも分かりませんね。

 上演時間は、きっちりと、細かくやっていきますというと、やはり、三十分ぐらいは、かかると思います。短く、やれないこともございませんが、なかなか難しいですな。というのも、ご承知の通り、笑いが乏しい。賑やかに下座からお囃子が入りまして、大立ち回りが何回かある割りには、その効果が薄いように感じますな。とりあえず、難しい話です。の割りに、ウケない。大笑いする所は、ございません。ストーリー重視ですので、筋について行っておくれやっしゃ。天草のほとりに、山賊が出るというので、賊退治に行くというのが、話の始まり。これ、一応、“はなしか山”てな名前が付いておりますが、“天草”ちゅうのが、意外と、ポイントなんですなあ。この『深山がくれ』という話、噺家が御難(ごなん)、つまり、旅先かなんぞで、往生する話になっているそうですが、本題自体に、噺家さんが出てくる気配は、ございません。これは、どういうことなんでしょうか?私も、勉強不足で、全く、分かりません。とりあえず、謎が深いネタなんですわ。話の内容の割りに、『深山がくれ』て、なんじゃ、百人一首に出てきそうなぐらいの、和歌の題名みたいなもんが、引っ付いてますし。

 日も暮れた山道で、行き会うのは、小娘。これが下駄履きなんで、ちょっと、怪しい。ゲゲゲの鬼太郎も、下駄履いてまんな。これを丸木橋で、しとめまして、洞窟の洞穴みたいなとこへ。車座になっております山賊で、この辺で、退治して終わりかいなあと思うと、まっだまだ、そやないん。下駄の音をさせまして、妹御前と見せかけて、首をはねる。なかなか、スーっとしますな。両刀で、撫で斬りて。ウマイこといったもんで。そして、さいぜんの姉と思しきもんが登場。これがドンと思いきや、これも、そやないん。座敷牢みたいなとこへ入れられんのも、なかなかスリルがありますな。昔の時代劇みたいなんには、ようありました。吊り天井に、水責めとか、落とし穴とか。掛軸の抜け穴から、首を出したところを、刀で切っていくちゅうのも、なかなか、おもろいでんなあ。しかし、不思議やわ。明くる朝になりまして、女子との対決。これが、手強い。やっぱり、女の人だけに、薙刀(なぎなた)かいなあと思いきや、槍なんですな。そして、チラッと見えたところから、隙が出来て、これも退治。

 またまた、これで終わりであろうと思いますが、そやないん。財宝を探しているうちに、御簾の内から、声が掛かる。これが正体を現しました、ドンのお婆。森宗意軒の妻とのことですが、この武将は、実在の人物だそうです。本当に、天草の、島原の乱で、死にはったんやね。千人の男の生き血を供えたら、謀反の成功て、昔、映画やとか、特撮のテレビなんかで、ようありましたな。あんなん、昔々から、あったんですなあ。細かいこと言うようですが、島原の乱から、百年近い後でっさかいに、江戸時代の1700年代という設定なんでしょう。しかし、これが、物も言えんような、エライ婆でありながら、これまた、槍を付けてくる。ま、力の差で、逃げるところを引っ捕まえて、川の水で拷問、サゲと。しかし、さいぜんも申しましたとおり、不思議な話です。ストーリー自体は、おもしろいんですが、なかなか笑いが無い。お客さんが、この話の中に、入って行きにくいのかも、分かりませんね。ちょっと、話という媒体では、表現が難しいのでしょうか?テレビとか、映画とか、紙芝居とか、絵本とか、もっと、リアルなもんのほうが、エエんでしょうかなあ。誰が考えたんやろ?でも、上方落語です。東京では、ほとんど聞きませんな。

 所有音源は、故・桂小南氏、故・露ノ五郎兵衛氏のものしか、ございません。ですから、参考資料が少なくて、すみません。小南氏のものは、しかも、これ、スタジオ録音かなんかの、十五分位の短いものしか、聞いたことがございません。ですから、間をあけずに、淡々としゃべっておられます。よ〜う、ネタが繰れてまんにゃわ。録音のために、稽古してはったんやろねえ。それでも、ちょっと繕いがあるくらいでっさかいに、そんなに、始終やってはったネタでは、ないと思いますわ。とりあえず、コンパクトにまとめておられますので、小気味良い感じがいたします。侍の若さといいますか、爽やかさが、うまく表現されておりましたな。五郎氏のものは、克明に、一つ一つ丁寧な描写をまじえながらの、きっちりしたもので、これはこれで、また、違った印象を受けますね。さすがに、芝居噺なんかも、よくやられるだけあって、立ち回りの部分なんか、うまいことやってはった。ちなみに、上記の解説は、主に、五郎氏のものを参照させていただいておりますので、ご理解のほどを。他に、当代の桂文我氏なんかも、やったはるらしいですが、残念ながら、まだ聞いたことがございませんねやわ。

 とりあえず、下座から、賑やかにお囃子がたくさん入るんですが、内容は、ちょっと暗いようなイメージも、受けますねんね。いや、しかし、ホンマ、不思議な話ですわ。謎が多い。将来、残って行くんでしょうか?

<19.8.1 記>
<21.6.1 最終加筆>


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