先月、桂小米朝氏の、桂米團治襲名が、発表されました。実際の襲名披露は、来年のことでございますが、何はともあれ、おめでたい話でございます。天満の繁盛亭も、まだまだ、大入り満員らしく、いわゆる“落語ブーム”なんていわれております昨今でございまして、またまた、大いに話題になりますな。ちなみに、先代の、四代目というお方は、桂米朝氏の師匠でございますので、当然、亡くなられては、おりますし、私も、お話を聞いたことはございません。思い出しましたが、たしか、MBS・毎日放送の『特撰!落語全集』でも、放送されたと思いますが、この、故・米團治氏の、何回忌やったかの落語会ちゅうのが、ございましたわ。この際、“米團治師匠を語る”かなんかの、座談会で、この小米朝氏が、司会役を務めておられました。今を思うと、暗示されていたような、奇遇な話でございますな。米朝氏、故・桂米之助氏、故・桂文枝氏が出ておられましたか、その時に、米團治氏の音源を、初めて聞かせていただきました。ほとんど、残ってないんでしょうなあ。私も、詳しくは、分かりませんねやが、それが、この、『親子茶屋』の、一部分でしたわ。そこで、今月は、小米朝さんもやられますので、このネタを出してまいりました。

 船場へんの、ある商家でございます。親旦那というお方が、丁稚の定吉を呼んでなはる。「うちの、のらは?」「へぇ、大屋根で…」て、猫の、とらと違うがな。極道・作次郎・作んちょ、つまりは、若旦那。どうせ怒られよんねやろうと、呼びに行くというと、「今行く言うとけ。」と、そのまま、親旦那に言うて、これまた、定吉も怒られとおる。入ってまいりましたのは、若旦那。「おはようさん」と、これが、いかんがな。朝早うにする、あいさつやのに、もう、昼のほうが近いというような時刻。そやけど、その“早い”と意味が違う。いつもの小言は、昼御飯食べてからと、相場が決まってるさかい。どうせ、一日いっぺんやったら、早う始めて、早う終わったほうが、お互いに身のため。「そんなことを、毎日言いたいもんか、言いとないもんか?」「聞きたいもんか、聞きとないもんか?」「それを、こなたが、言わしなさる」「あんたが、おっしゃる」「こなた、という人は」「あんた、という人は」て、始めから、なぶられてまんがな。

 「詩を作るよりも、田を作れ。なにがしよりも、金貸しが良い。」というような、おとっつぁんに、田んぼの鳴子というものの説明。雀よけに作ってあるもんですが、時折りなら、効果もございますが、しょっちゅう鳴ったもんでは、雀が、音が鳴ることを疑わんようになって、意味がなくなる。それとおんなじで、親旦さんが作った財産を、若旦那という雀が、ちょいちょい摘まむ。時折りの小言は、よろしいが、そう毎日、鳴り通しでは、怖いことも何ともなくなるやて。こらまた、もっともで。そこで、今日は、一つだけ、大事なことだけを。「芸者というような女子と、たった一人の親と、どっちが大事や?」と。「そんなこと、ハカリにも天秤にも…。女子が。」やて。

 ああいう女の方でも、元は、普通の家の娘さん。この前も、『勘当されたら、どないする?』と、聞いたったと。すると、願わんことやけれども、結構やと。芸者屋に、男がいるわけには、いけしまへんさかいに、出てしもうて、蓄えかなんぞで、しばらく生活できる。それも、無くなったら無くなったで、東京へでも行て、一旗あげよやおまへんか。というて、旅費が無いがな。若旦那が置き手拭いで、女子はんが三味線一丁抱えて、街道筋を軒下で、てなもんでしたら、東京ぐらいは、行けます。行ったところで、どうしようもないがな。そこはそれ、女子はんを、一時、芳町か柳橋へでも、沈めてもらう。そのお金を元手に、若旦那が商売を始める。3年ほど経ったところで、年季が明けて、晴れて夫婦が共稼ぎ、生涯仲良う暮らすて。こらまあ、想像でっせ。想像ですけど、そないに…。

 しかし、親旦那と一緒では、そうはいかん。不意の火事、無一文で焼け出されたら、どないします?しばらくは、親戚の家に泊めてはもらえますが、長居はでけん。東京で、一旗あげよやおまへんか。といえども、旅費が無い。親旦那が三味線一丁…。て、不器用な人でっさかいに、火の番の太鼓ですら、打てへん。そんな方を因果やと思うて、背中に背負うて、『大阪から、焼け出されでございます』と、街道筋を行くと、ま、何とか、東京までは、行けますやろ。行ったところで、親旦さんを、芳町か柳橋へ…。って、そんなもん、誰が買いまんねんな。そら、女子はんのほうを取るのも、無理は…。いやいや、そんなことも、おへんねんで。

 と、もめているところへ入ってくれるのは、番頭はんの、ありがたいところで、島之内の万福寺さんで、お座が勤まるのやそうで、気晴らしにでも、お説教を聞きにあそばせと、親旦さんにすすめる。こうなったら、仏さん頼りやと、数珠を持ちまして、親旦那がお出ましになる。定吉が履きもんを揃えると、「番頭どんを見習うて、立派な商人になりますのじゃぞ。うちの極道を見習うでないぞ。」てなこと言いながら、「お早うお帰り」「はい」と、ポイと表へ出ます。しかし、ここからが、この話の、非常におもしろい所で、この部分だけを聞いておりますというと、この親旦那、非常に堅い、ご立派な人やと、お思いのほか、裏を返しますというと、実は、若旦那なんか、まだまだ、二・三枚方、役者が違います。輪を掛けました極道で。たま〜に、こういう方、今でも、いはりまんねやわ。数珠みたいなもん、丸め込んで、袂の奥へ入れてしまうかと思いますと、南へ南。万福寺さんを尻目に殺して、南へと、出てまいります。宗右衛門町を曲がりますというと、色街は、いつに変わらぬ、陽気なこと。で、下座から、『宗右衛門町ブルース』が…。聞こえへん、聞こえへん。清元、清元。『君に遭う夜は、誰白ひげの…』。

 有るか無いか分からん、極楽や地獄あてにするよりも、ここのほうが、よっぽど極楽や。若いもんが来たがんのも、無理はないが、倅が使う、わしが使うでは、うちの身代、たまったもんやない。先に死にやがったらエエのに、風邪一つ引かん極道や。たった一人の倅、見送ろうと思うたら、大抵のこっちゃないわい。て、おもろいでんなあ。ごじゃごじゃ言いながら、いつもの店へ。お茶屋はんですな。いつもの間は、使うてるので、表の間へと。表の間は、表から顔が見えるのんで、具合悪い。年寄りの隠れ遊び、空いたら、すぐに、いつもの間と、変わるということで、二階へ上がります。チビチビやっておりますところへ、いつもの、キレイどころがやって来る。見慣れん、かわいい子たちが、一人。国鶴の妹で、七つやて。「ええベベ着てるなあ」「姉ちゃんの染め直し」て、まあ、ホンマやろうけれども。「何でも、好きなもん言いや。羊羹とか、最中。何がエエ?」「ダイアモンドの指輪」て、ビックリするがな。

 三味線を持ち出しまして、そろそろ始まり。『狐つり』ですと。扇子で目隠しすると、キツネのような三角の形になりまして、これで、鬼ごっこをするわけですなあ。捕まえたら、捕まったもんに、一杯飲ますというような。私も、実際には、存じませんし、この落語で初めて知りましたんやが、やはり、古い遊びなんでしょうなあ。キレイどころのほうも、退屈と見えまして、はしご段の所まで行って、後ろから突き落としたらエエとか、落ちて目回したら、二度と来んでエエとか、いろんなこと言うておりますなあ。半開きの扇子を顔に当てまして、しごきで括って、『狐つり』の始まりでございます。下座から、陽気に、お囃子が入ります。「そっちへ行ったら、落とされる」と、階段の場所も、知ってはんねん。

 一方、若旦那のほう、あれだけ怒られたんですから、家に居てたらエエのに、番頭を振りほどきまして、出てまいりましたのが、これも宗右衛門町。表から見ますというと、親旦那と似たような歳の方でも、賑やかに『狐つり』てな、古風な遊びをしたはる。いっぺん、来たことのある、お茶屋はんを幸いにと、入ってまいります。女将さんに聞いてみますというと、二階のお客さん、どなたはんかは分からんのですけれども、船場の御大家の旦さんで、隠れ遊びやと。そやけど、一座をさしてもらおうと頼みますが、そこはそれ、内緒の遊びでっさかいに。でも、今日の勘定を、皆というたら失礼やが、半分だけ持たしてもらうと、言うたら、納得してくれはれへんかと。そういやあ、派手に遊んでは、いはりますけど、細かいところもございますので、二階のお客さんに聞いてみる。目隠しは、したままですけれども、話を聞くと、「そら、皆持ってもろても、失礼なことは無い。」と、そこは、女将のエエようにと、OKが出ますにゃな。

 ところが、ここで正面きって、ご挨拶では、おもろいこともなんともございませんので、若旦那を子狐に仕立てまして、下から二階へ上げて、さんざん、ほたえた後に、ご対面という手筈になります。もう一度、『狐つり』の囃子が出まして、若旦那が階段を上がる。段々と、お囃子の間が早くなりまして、親旦さんが咳き込んだところで、扇子を徐々に取りかける。「どこのお方かは、存じませんが、年寄りの隠れ遊びに、一座をしてやろうと、おっしゃる。これをご縁に、また…。アッ、お前、倅やないか!」「あんた、おとっつぁん!」「倅か。必ず、バクチは、ならんぞ。」と、これがサゲになりますな。昔から、よく言われる、男の三道楽、酒と女とバクチ、これのうち、今の話の中に出てまいりましたのは、酒と女。そこで、“バクチは、ならんぞ”というのが、サゲになっているのでございます。最初は、あんまり思いませんが、よくよく考えていくと、なかなか、よく出来ては、いるんですがね。パッと聞いただけでは、何のこっちゃ分からん、お方も、いはるかも分かりませんわ。

 上演時間は、二十分前後、二十五分ぐらいでしょうか。寄席でも、落語会でも、なかなか、賑やかな話で登場しますわな。そんなに、構えるほどの、大きいネタでは、ないかも分かりませんが、非常に楽しいものでございます。前半の、小言の件りと、後半の、お茶屋の件りで、随分と、雰囲気の違うものでございまして、前半に、親旦さんが、厳しく意見をすればするほど、後半がまた、おもしろく、派手になるというような印象が感じられます。前半は、いかにも、お堅い商家での、親子のやりとりといった状況。親子二人で、奥さんと申しますか、御寮さんは、どうやら、いはれへんような印象ですね。ま、いはって、登場しはれへんのか、それは、推測の域を出ませんが。若旦那が、お茶屋遊びに通い続け、それを、親旦那が意見をする。東京へ行く話の、対比も、おもろいですわなあ。はたから見てたらの話ですが。そして、ちょいちょいと出てくる丁稚の定吉も、ちょっとひねくれた感じで、笑いを添えております。実は、間に入る、番頭はんというのも、大事な役どころで、こういう所には、こういう人が、必ず、いはるもんですけどなあ。

 で、家を出まして、親旦さんが向かうのは、ずっと南の方角。若旦那よりも、輪をかけた極道というのが、これまた、非常に、おもしろいところでございます。“一人しかない倅を、先見送ろうと思うたら、大抵のこっちゃないわい。”という、あの件りの、述懐のセリフ、なかなか的を得ているようで、この話の中心といいますか、心情の奥底を覗かしてもらっているような部分でございますなあ。お茶屋へと、上がりますが、いつもの間が空いてない。仕方なく、二階の表の間へ。察するところ、そんなに大きな店とは、思われませんね。女将さんと、仲居さんが一人ぐらいのもんでしょうか。小さいまではいきませんが、棟が一つか二つぐらいか。ちなみに、今は、お年寄りの遊び場所のように思っておられる方も、多いか分かりませんけれども、元来、こういう所へは、お若い方とか、そこそこの年齢の方が多く行かれたのでありまして、階段を厭わない年齢で、座敷を二階へ作ってある所が多いのでございます。年寄り向きには、奥の離れであるとか、奥座敷の1階に、しつらえがしてございます。そして、元々は、一階部分に、プライベート空間、その家の住んでいる方のお部屋を作るんですな。ですから、これは、もう早くから、江戸時代も後半になりますというと、一階と二階が同じ高さ、つまり、二階部分が高い、お家が作られるのが、花街の特徴となておりました。商家では、むしこ窓のあるように、二階は、一階の半分ぐらいの高さで、屋根の勾配を利用して、真ん中を高く作ってあるという、部屋の造りですな。ま、たいがい、その表の二階と申しますか、屋根裏と申しますかの部屋が、奉公人の寝起きする場所となっているんでございます。それに比べますと、お茶屋の表の二階座敷というものは、これも、特別な意味がありまして、たいがい、派手に散財しはる方が、多く通されたものです。要するに、通っている人に、ひけらかす意味があったらしいですな。ですから、このクラスのお茶屋はんですと、この二階で、隣りの座敷との襖を外しまして、多人数の宴会を催されるということが、多いんですわ。もひとつ大きい所ですと、表の二階は、必ず、五十畳ぐらいの、大広間を設けるのが、一般的なんですな。ということは、たくさんの方の出入りがございますので、玄関が広いし、階段の幅が広い。お茶屋の格の目安は、階段の幅といわれるのも、分からんことではないんですな。

 ま、ちょっと、いらん説明をしてしまいましたが、国鶴の妹とかいう、かわいらしい子が、“姉ちゃんの染め直し”とか、“ダイアモンドの指輪”なんて言うところも、いかにも、色街の雰囲気を、よく現しておりますね。見かけは、派手なように見えてますが、内側では、そやないんでっせ。ここら、『三枚起請』の、かしわの炊いたんなんかと同様に、裏側がちょっと見えて、おもろいんですわ。階段で突き落とすちゅうのも。『狐つり』て、忠臣蔵・七段目の、由良之助みたいなもんですかなあ。要するに、鬼ごっこ。若旦那も、家に居ときゃぁエエのに、ここの前に、差し掛かる。この、下座から聞こえる、お囃子の緩急も、一つの聞きどころでございますな。うまいこと考えたある。会計で納得さすのも、なかなか、ありそうな話。こういう所へ、お越しになるような、いわゆる金持ちの社長さんみたいな人でも、細か〜い人、いはりまんねんわ。その会社が大きいだけに、余計に、いわれたり、しはりまんねん。若旦那を小狐に仕立てて、下から上げるという、こら、なかなか粋な話で、女将さんも、よう心得たはるわ。一度目の『狐つり』で、親旦さん、芸妓・舞妓はんが見せる仕草も、なかなかに、念の入ったものでございますが、この、二度目は、もひとつ、よう考えたある。一階と二階の差、階段を上がるところ、手を引っ張る仕草、また、親旦那と若旦那の姿勢、つまり背の高さや、格好の違い、片手の振り上げ度合い、見ものでございます。この辺は、見る点においての、醍醐味ですな。そして、“バクチ”でサゲになると。音や口で合わせるサゲでもなく、エエもんなんですけどなあ。

 全体的に、よくまとまったお話でございます。あんまり長すぎても、良くないんでしょうか。ほどほどに、適当なお時間で、楽しませていただけます。お金も払わんと、お茶屋遊びの一つも、垣間見られて。根本自体は、どこにでもありそうな、古くからありそうな、親子の話ではありますし、誰でも思いつきそうな着想なんです。しかし、そこを、どのように表現して、おもしろく、また、話として持っていくかは、考えた方の、エライところですな。先人の知恵や技が詰まって、今日の形となっているのでありましょう。私は、大好きなネタの中の一つでございます。東京でも、ごくまれに、あるみたいですが、これを、話だけで持っていくのは、少々、物足りない気がしますね。賑やかに、お囃子が入り、『狐つり』も入りでないと。やはり、上方のお茶屋遊びの雰囲気が、なかなかに、楽しいもんだと思います。

 所有音源は、米朝氏、文枝氏、桂春團治氏、桂文珍氏、小米朝改め、五代目米團治氏、桂九雀氏などのものがあります。米朝氏のものは、先述の、米團治氏からのものでしょうが、春團治氏に受け継がれている経緯もありましてか、最近は、あんまり演じられないようでございます。意外と、親旦那よりも、若旦那に、勢いがあって、おもしろい役どころで、小言の場面もあるんですが、それ以上に、全体的に、楽しい、おもしろい雰囲気が漂っておりまして、ネタのバランス以上に、笑えるものでございます。おもしろいネタになっているのでございますよ。そこが非常に、意外で、本来、こんなネタやったんかいなあとも、思われます。文枝氏のものは、やはり、親旦那の貫禄がありましたし、丁稚さんや、何といっても、お茶屋の女将さんに、それらしさがあって、色っぽかったですな。雰囲気が非常に、よく出ておりました。春團治氏は、これまた、十八番のネタでございます。こちらも、意外と、若旦那に勢いがございますねやね。そして、やはり見どころは、『狐つり』の部分ですわ。芸妓はん・舞妓はん、女将さんの、手を引っ張る姿、また、親旦那と若旦那の手の上げ下げ、なかなか、出来たもんやございませんで。色っぽいところも、多分にございまして。少し前までですと、サゲ前の、“やっつくやっつく、やっつくな”が早間になって、もつれるところも、聞きどころであったのですが、ま、ま、そこはそれなりの、何ですから…。失礼を。その時分ですと、指に嵌められておりました、指輪がキラリと光るのも、このネタの特徴で、興味を惹かれましたな。ちなみに、親旦那が、宗右衛門町ではなくて、そのまま真っ直ぐ、戎橋を渡りまして、ミナミへ行かれるのも、特徴の一つでございます。文珍氏のものは、親旦那に、重々しさがあり、こちらも、笑いの多いものでありました。米團治氏のものは、女将さんに色っぽさが残りますなあ。エエ人がいてはんのか、いてはれへんのか、知りませんけれども、一軒、店持たしてあるというような感じで。九雀氏のものは、やはり、現代感覚も、ちょっとは、入っておりまして、お年の割りに、親旦那の描き方がうまく、話としての筋道が通る、結構なものでございました。

 多少なりとも、音源が残っているということは、おそらく、先代の米團治師匠も、得意には、してはったんでしょう。久々に出てまいります、米團治というお名前に、負けないぐらいの『親子茶屋』を期待したいところです。好きなネタだけに。

<19.9.1 記>
<20.12.1 最終加筆>


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