
随分と、秋らしくなりました。8月でしたか、NHKの教育テレビ、芸術劇場の番組やったと思いますが、久々に、忠臣蔵の三段目と四段目が放送されておりました。多分、今年に、東京の歌舞伎座で公演されたものやったと思いますが、最近は、あんまり、見ませんので、かえって、新鮮にも思えましたね。出演は、ほとんどが東京の方ばかりですので、やはり、演出も東京風で、サラリとした感じもあり、引っ付けてある場面構成も、東京式でしたね。型は、キレイであったと。ま、その巧拙のほどは、皆様方それぞれのご判断といたしまして、年末までには、まだちょっと早いですけれども、今月は、その四段目にちなみましての、『蔵丁稚』をお届けしたいと思います。
お所は、船場の商家でございます。旦那さんが、丁稚の定吉が帰ったのを見越して、呼んでなはる。というのも、島之内へ用事を言い渡したのに、朝に出て行って、帰って来たんは、もう夕方。返事を待ってて、遅うなったといえども、“ただいま、お留守で”て。そんなん、おかしいですやん。船場から島之内、返事が留守で、何で、一日かかりまんねん?というのも、向かいの佐助はんが、さいぜん、戎橋の上で、定吉っとんを見かけましたと、言うてたて。こらいかん、隠せへん。船場から島之内やのに、そのまだ南の、戎橋に何で居ててんと。実は、心斎橋筋を歩いてたら、偶然にも、お母はんに会いましたと。聞いてみると、千日前のお不動さんに、お百度を踏みに行く。去年の暮れから、お父っつぁんが、腰の抜けたような病気で、外へも出られへん。車引きが商売でっさかいに、外の車が回らなんだら、内の車も回らへん、その代わり、火の車回ってるて。早いこと、立てるようにならんかと、お百度を踏みに行くというので、定吉も一緒に行くと。しかし、奉公している身でっさかいに、勝手なことは、でけん。それでも、親孝行の徳に免じて、旦さんには、堪忍してもらいますと、一緒に行ってたて。去年の暮れから、病気で…。「それやったら、たんねるが、今年の正月、“どうぞ本年も、よろしゅう”と、御挨拶に見えたんは、あら、誰やったいな?」「どなたでっしゃろ?わたいの生まれる前から家に居てる、あの人は、お母はんの連れ合い。」って、それが、お父っつぁんでんがな。しかも、「正月は紋日やさかいに、病気も、お休み。」て、んな、アホな。うちのおじいさんも、言うてはったわ。『正月は紋日やさかいに』て、お医者はんからの薬、飲みはれへんねん…。
どう考えても、また芝居を見ていたに違いない。この定吉っとん、芝居好きと見えますな。しかし、そんなこと言われへん。「わたい、芝居嫌いでんねん。道頓堀歩いてても、芝居の看板見んのもイヤです。」て。そらちょうど幸い。実は、佐助はんが来て、あんまりおもしろそうに、芝居の話をするさかい、明日、店一統で、芝居行きをしようかと、してたとこ。席の手配を頼んだとこやけれども、肝心の、留守番が、いやへん。そんなに芝居が嫌いなら、留守番を、この定吉にて。そら、具合悪い。お店の中でも、一番の芝居好きに、決まってまんがな、この定吉っとん。しかし、“嫌い”と言うた手前、いまさら…。「お弁当持って…、ボンのおもり…、履きもんの番…」って、そんなん、必要ないがな。今度の、中の芝居は、評判がエエと聞く。中でも、五段目の猪が好評。前足を中村雁治郎、後ろ足を片岡仁左衛門がやってるて。これを聞いて、定吉っとんが笑い出すのは、そら、もちろんのこと。猪てなもん、大部屋の役者はんが、しかも、一人でやるもんと、相場は決まったある。それを、成駒屋に松嶋屋が、やるやなんて。「わしゃ、今、佐助はんに聞いたんじゃ。」「旦さんら、佐助はんに聞いたんだっしゃろ。わたいら、現に、今見てきた…。」と、さて、ここで、ようやく、ボロが出ましたなあ。かわいらしいですけれども、ウソばっかりで。また、旦さんのほうでも、そんな猪ぐらいのこと、よう知ってなはる。これを言わせたいがために、計略にかけたということですわなあ。
今日こそは、お仕置きをと、三番蔵へ入れようとしますが、定吉っとん、朝御飯食べてから、後、何も食べてへん。お腹がすいてるん。御飯だけ食べさしてもろうて、それから、蔵へ…。て、風呂やおまへんで。嫌がる丁稚さんを引きずりまして、三番蔵へ。中へ入れますというと、ガラガラ、ピシーンっと。閉じ込められてしもた。夕暮れてな時間もありますけれども、蔵の中でっさかいに、暗〜いもん。豆狸(まめだ)が出てきて、相撲取ろうという噂のあるようなところでっさかいに、やっぱり、子供ごころに怖い。わたいらでも、よう、庭の掃除道具入れてるような小屋へ、入れられて、怒られましたわ。押入れでも、空気薄いし、怖いのにねえ。こうなったんも、元はといえば、隣りに座ってた、おっさんが、悪いん。『あんた、なかなか芝居が好きやねえ。次の五段目が評判の幕や。これ見て行きなはれ。』て、勘平の腹切りまでも、見てしもた。しかし、何というても、四段目が良かったなあと。そら、やっぱり、芝居の格が違いますもんな。塩谷判官(えんやはんがん)館の場で、判官さんが切腹しはる。あの長い長い幕を、チョボの、床の浄瑠璃の太三味線だけで保たす。また、お客の出入りを止めるという、俗にいう、“通さん場”というやつ。花道からの上使・石堂と薬師寺が二人、上手へ座って、判官さんの出。判官さんが、しきりに、お酒を勧めなはる。これは、国許からの、大星の到着を待っているための、時間稼ぎ。憎たらしい薬師寺の言葉に次いで、上意の言い渡し。要するに、お上からのお達しで、お家お取り潰しの上、判官さんの切腹が申し渡される。しかし、まだ、お酒をと。薬師寺が、また文句を言うと、判官さん、切腹の用意は出来ていると、支度に掛かる。
裸足の諸士が、二枚の畳を裏返して、白い布を敷く。四隅に樒(しきみ)を立てて、判官さんが、切腹の場へ。力弥が、三方に載せた九寸五分を、前へと差し出し、目顔の合図。いよいよ、切腹の仕度に取り掛かる。床の三味線が、雨だれ、空二というやつで、デーン・デーンと。肩衣(かたぎぬ)を外して、十文字にし、前を広げてゆく。『力弥、力弥、由良之助は』『いまだ参上、仕りませぬ』『今生で対面せで、残念なと伝えよ』刀を右手へ持ち替えて、左の脇腹へ突き立てるのがきっかけで、花道から登場するのが、大星由良之助。これまあ、間に合わんというタイミングで出てくるわけでございますが、花道の七三で平伏をいたしまして、『苦しゅうない。近う、近う』と言われて、腹帯を締め直すのがきっかけ。床の三味線が、ツーン。ツッ、ツッ、ツッツッツッツッツ、『御前〜』『由良之助か〜』『ははあ〜』『待ち〜かね〜た』っと、エエとこやけど、だんだん、お腹が減ってきた。定吉っとんが、蔵の中で、芝居を思い出し始めたん。しかし、お腹がすいてる。お清どんに言い掛けますが、聞こえるわけもない。こうなったら、反対に、意地でも、御飯食べたれへん。飢え死にするて。新聞にも載る。“横暴なる雇い主、使用人をして餓死せしめる”って、新聞記者ちゅうのは、ウマイこと書きよる。そないなってから、『定吉っとん、御飯食べとくなはれ』言われても、食べたれへんねやさかいに。今のうちや。御飯食べさして。て、ホンマに、お腹すいてきた。しかし、今のように、芝居の真似事なとしてたら、夢中になって、お腹すいてんのん、忘れる。と、今度は、ホンマもんみたいに、真似を始める。幸いにも、蔵の中でっさかいに、葬礼差しがある、三方がある、肩衣がある。葬礼差しを持ちまして、『ご両所、お見届けくだされ』と、始めたん。
さて、お清どん、物干しへ上がったついでに、定吉っとん、どないしてんのかいなあと、ふっと、蔵の中を覗きますというと、ピカピカ光るもんを振り回して、お腹へ。こら、エライこっちゃ。「まあ、旦さん、落ち着きなはれ。蔵吉っとんが、定の中で。」て、慌ててまんねやがな。「お腹切ったはります。」「何?番頭どん、ああいう時は、お前さんが、『まあ、まあ、まあ』と、中へ入ってくれな、いかんがな。命まで奉公には、取ってない。さぞかし、お腹が減ってるに違いなかろう。早う、御飯持って行ってやれ。お膳てなもん、間に合わん。お櫃こっち、貸しなはれ。」「旦さん、それ、おまるですけど。」「ややこしとこへ、ややこしもんを。」てな、緊迫しながらも、おもろいところで。旦さん、お櫃を小脇へかい込むなり、バタバタ、バタバタっと、三番蔵の戸前へ。お櫃を向うへ突き出して、「御膳〜」「蔵の内でか〜」「ははあ〜」「待ちかねた」と、これがサゲになりますな。要するに、さいぜんの芝居の中のセリフをもじって、サゲにしてございます。“御前”と“御膳”ですわな。それに、“由良之助”は芝居の中の名前ですが、本名は、ご存知の大石内蔵助でっさかいに、“蔵の内でか”ちゅうのも、よう考えたある。まあ、サゲが先に考えてあったんでしょうけれども、よくできた、分かりやすいものでございましょう。
上演時間は、二十分から二十五分位ですか。マクラなど入れながら、ゆっくりやりますと、三十分という。落語会では、よく聞きますけれども、昔の寄席でしたら、ちょうど良いぐらいの時間で、楽しめたものと思います。冒頭は、旦さんと、定吉っとんとの、芝居へ行き着くまでのやりとり。なかなか、おもしろうございます。子供でありながら、ちょっと、ひねくれたというような。お父っつぁんが、正月に挨拶に見えたところなんか、よく笑えますな。そして、大の芝居好きが分かっていながら、留守番にさすて。それから、猪の計略。そら、それぐらいのこと、誰でも知ってますわなあ。ここでとうとう、バレてしまいますねやが、よう考えたある計略ですな。「現に、今、見て来た」て。
懲らしめのために、三番蔵へ入れられてからは、定吉っとんの、芝居の回想。これがまた、こと細かく、雰囲気が出ておりますな。この部分は、きっちりとやらなければ、後でおもしろさが出てまいりませんわ。実際に、芝居を見ているように、我々、お客さんが、中へ入り込んでしまいますというと、成功でございます。しっかりと、やればやるほど、「エエとこやけど、だんだん、お腹すいてきた。」という、現実に戻る所で、楽しさが出てきますね。それから、今度は、道具仕立てで、芝居の続き。これを見つけました、お清どんが、旦さんに御注進。この、あっちゃこっちゃやとか、おまるとお櫃の間違いなんかは、よく、落語に出てくる手法でございます。それほど、慌ててるということ。『七段目』で、水を飲んでしまったり、『植木屋娘』で、羽織とお腰を間違えたりと。そして、いかにも、仰々しく、廊下を花道に見立てまして、旦さんが、お櫃を差し出して、サゲになる。この部分、「御膳〜」で、一呼吸空きますので、この言葉で、サゲやと思われるお客さんが多く、拍手されることが、度々ございます。しかし、勘違いしないでください。もうちょっと、先がございます。といって、ここで、間を取らなければ、味気ない芝居になってしまいますので、演者の方にとっては、悩まれるのではないでしょうか?なかなか難しい問題でございます。「御膳〜」では、サゲられませんしね。もうひとつ、分かりやすいように、「まま、待ちかねた」とされている方もございます。御飯の“まま”ですわな。
前後に、おもしろおかしく、お話がくっ付いては、おりますけれども、やはり、この話は、四段目のパロディーと申しますか、芝居噺でございますね。忠臣蔵なんか、一般常識であった、昔ですと、よくウケたものでござりましょう。本当の役者さんの物まね、つまり、声色を入れたりすると、もっとウケていたんでしょうなあ。ちなみに、話の中に出てまいりますセリフなんかは、一字一句、そのままではございませんが、現在でも、芝居と、ほぼ同じようなものでございますね。これも、江戸と上方、違いもございますねやけれども。東京では、『四段目』という、そのものズバリの名前が付いておりますが、やられております。ちょっと違いもありますが、内容は、ほぼ同じといいますか。しかし、どちらかといいますと、『淀五郎』のほうが、多いのん、違いますか?芝居は同じ、四段目で、サゲも、「待ちかねた」ですけれども、趣向は全然違いまして、役者はんの話。お笑いは、そんなにございませんので、話としての楽しさが受け入れられるのでしょうか?桂雀三郎氏なんか、上方でも、やっておられますねえ。新作で、小佐田定雄作の『狐芝居』という話の中にも、この四段目が出てまいります。これは、笑いもありますが、やはり、役者はんのほうの話で。故・桂吉朝氏が、時折、やってはりましたなあ。
所有音源は、故・六代目笑福亭松鶴氏、桂米朝氏、故・桂枝雀氏、桂文珍氏などのものがあります。松鶴氏のものは、おもしろいのは当然ですが、丁稚さんが、かわいらしいですわな。芝居の真似をする所でも、かわいらしさがございまして、これと、旦さんとのやりとりが、またおもしろい。全体として、非常に良く出来た、おもしろみもあるものでございました。特に、最後の、旦さんが慌てる場面や、お櫃を突き出すなんて、今にも目に見えるようでしたな。米朝氏のものは、こらもう、芝居の部分が、本物のようで、よりリアルに、力の入るものでございました。こちらは、真似事でありながら、一幕見ているような感じで、これだけでお金払うても、エエぐらいで。枝雀氏のものも、丁稚さんが、かわいらしかった。芝居の部分はもちろんですが、やはり、全体の話としてのおもしろさもあり、笑えましたね。最初の猪でも、爆笑がありまして。文珍氏も、全体としての、話のおもしろさがございました。
最近は、あんまり出ないような気もいたしますが、たまには、聞かせていただきたいですねえ。床の三味線だけですので、基本的には、上方特有の、鳴り物の入る芝居噺ではございませんが、話としても、おもしろさは、ございますのでね。ま、元の芝居、四段目自体が、常識でなくなると、半減するんでしょうか?常識とはいえ、ここの旦さんも、お櫃を普通に差し出さんところを見まするというと、結構な芝居好きでんねんで〜。
<19.10.1 記>
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