木の葉の色づく季節となりましたが、この前、新聞を見ておりますというと、ネットカフェで強盗いう記事がおました。女性客を後ろから脅して、金を奪い取ろうとしたというような。まあ、ようありそうで、無いような、現代的なお話で。飲みもん取りに行ってる間とか、車でも、鍵閉めんと、ちょっと出た隙にてな、そんな泥棒さんも、多いようで。別に大意はございませんねやが、今月は、なんとなく、『書割盗人』を出そうかと。
主人公の男、ある知恵者の家へ上がり込んでくるというような、これまたオーソドックスな話の始まりで。宿替えをして、近所に居るのは、居るんですけれども、なんじゃ落ち着かん。というのも、越して来た家は、当然の如く、裏長屋ですけれども、壁やとか柱が汚いさかいに、白紙を買うて来て貼ったんですて。しかし、これも程度の問題で、全面貼りすぎたもんでやっさかいに、夜中に目覚ましたら、なんじゃ、病院に入院してるみたいで、気持ち悪い。って、道具がおまへんねやわ。所帯道具が。何にも無いん。そこで、思い出したんが、このお方。つまり、割り合い、うまいこと絵を描かはる人でっさかいに、芝居の背景・書割みたいに、その白紙の上に、所帯道具一式なと描いてもらうと、どうやら生活しているようで、落ち着くんやないかと。ここらが、おもろいとこでんなあ。そんなもん、描いたところで、ホンマもん違うんやさかいに、使うこと一つでけん。そこは、ある態で。つまり、あるつもりで、生活するて。不思議な男や。
けったいなことを頼まれましたけれども、まあ、ヒマつぶしもありまっさかいに、興味本位で、主人公の家へ。鍵も掛けてない。って、そら、何にもおへんねやさかいに、盗人も入れへん。薄〜い、せんべい布団一枚。見事に周囲は、白い紙。まずは、左の奥の壁から。三間の床の間。って、奥行き二間の家に、どないして、三間の床の間、描きまんねん?半間にしとこかて。花台やとか、掛軸にまで凝りまして、なかなかウマイこと描けたある。茶棚に羊羹が入ってるて。横手には火鉢があって、鉄瓶から湯気が出ているところ。て、細かいなあ。猫の寝ているところも描きまして、ほうきにちりとり。そやけど、ホンマに何にも無い家ですなあ。掃除もでけん。台所、勝手回りも、道具とてございません。へっついさんに、ご飯のお釜さん。水屋に鯛が出てるて。エライ贅沢な。三宝さんにお稲荷さんに仏壇にマリアさん、って、そらないで。玄関いうても、玄関らしきもんでも、おまへんけれども、下駄箱に下駄。右手には、衣桁(いこう)があって、へこ帯に細帯に手拭い。仙台平の袴がグチャグチャ。芸が細かいなあ。柱時計にタンスやて。そやけど、時間止まったままでっせ。動きまへんで。長押(なげし)には、槍が一筋。って、なんぼなんでも、そら、やり過ぎでっせ。元はお侍の出のつもりやて。隅には金庫があって、札束が覗いてる。エエ生活やね。
これだけ描いたらエエやろうと思いますけれども、奥の壁が、白で残ってる。ここへ、庭描きまひょて。障子が、はまってて、奥に、松の木やとか池があって、灯籠に蔵。って、蔵付きの長屋て。そこへ、ウグイスがやってきて、ほ〜ほけきょ。って、描けるかい!まあ、これだけ描けりゃ十分。主人公は、礼を言いまして、風呂屋へ。ついでに、どこぞで、ご飯食べて来ようという算段。と、そこへやってまいりましたのは、こそ泥というやつで、泥棒さん。へぇ、何でてか?そら、表の戸が開いてるさかいにですわ。その戸の隙間から、家の中を見まするというと、猫が寝ている他は、誰も、い〜ひん様子。しかし、長屋にしては、エエ家ですがな。奥に、庭や蔵まであると。金庫に…、っと、誰か人が通りかかりましたので、ここはひとまず、逃げてしまいます。
夜になりまして、再びやってまいりましたのが、ここの家。中の人間は、布団かぶって寝ている様子。相変わらず、鍵が掛けてございませんので、泥棒さんが入りますというと、へっついさんに、火が赤々と。こんなもん、火の用心が悪いですがな。気色悪っ。猫が昼間とおんなじ形で寝てる。ブツブツ、ブツブツ、泥棒さんが独り言を言うのを、耳にしてしまったのは、主人公の男。何にも無い、絵で描いた家から、何盗もうとしよんねやろ、とりあえず、知らん顔して、寝たふりしといたろと。泥棒さん、まずは、箪笥に手をかけますが、開けへんがな。って、当たり前や。着物みたいなもん、かさばるばっかりでて、落ちてる札束を。これも取れん。なんじゃこりゃ?何、これ?ここの家、皆、絵で描いたあんのや!っと、闇に慣れました目を凝らしますというと、誠にその通りでございます。ここの家の主、絵に書いたあるもん、何でも、あるつもり、ある態で生活しとんねやと。そうなったら、この泥棒も、素手で帰るわけには、いけしまへん。そっちがそのつもりなら、こっちも、物があるつもりで、盗んで帰らなしょうがない。なかなかおもろい盗人はんでんな。まずは、絵に描いたある唐草の風呂敷を、広げたつもり。箪笥から、着物あらいざらいを出して、その上へ広げ、へこ帯で胴ぐくりをかけて、荷物をこしらえたつもり。これが重うとうて、なかなか持てんつもり。
てなことを、ブツブツ、ブツブツ言いながら、泥棒さんが、あるつもりで、盗みに掛かってる。こんなん、見過ごすわけにもいかん、主人公。これも、そっちがその手ならと、絵に描いてある袴を付けたつもりと。袴の股立ちを取ったつもり。細帯で、たすきを掛けたつもりに、手拭いで鉢巻きをしたつもり。長押の槍を掴んで、隆々と、しごいたつもり、盗人の脇腹めがけて、ブツ〜っと突いたつもり。「ん〜と、突かれたつもり。」「グリグリっと、えぐったつもり。」「ん〜」「どないしたんや?」「死んだ態でおます。」と、これがサゲになりますな。「血がダクダクっと出たつもり。」と、東京風にサゲられてもおります。つまり、丸っきり、ウソといいますか、芝居といいますか、つもりで、槍で突かれたということで、“死んだ”とか、“血が出た”という、つもりで、サゲになっております。お遊びですので、想像の世界ですので、マジには、取らんといてくださいよ。
上演時間は、十分から十五分程度、マクラを長くすると、二十分ぐらいですか、小ばなしの、ちょっと姉さんみたいな感じですな。昔の寄席では、よく出ていたんでしょう。というのも、それもこれも、このネタ自体、演じられることが少ないですので、まあ、上方では、珍品のうちに入っても、仕方がないと思います。冒頭は、おなじみの、名前は特定しませんでしたけれども、喜六と甚兵衛さんというような会話。引っ越しをしてきたが、やもめのことで、家財道具も何にもな無い。壁も汚いので、白紙だけは貼ったが、かえって、寂しいというか、気持ち悪い。そこで、絵を描いてもらう。この無理の無い設定と申しますか、妙に理屈っぽく、理由付けがしてあって、話の筋が通るというのも、上方ならではですね。なかなか贅沢なもんばっかり描いてもらうんですが、この辺のやりとりは、おもろいもんでんなあ。そして、昼間に、いっぺん、家の中を覗いておく泥棒も、よくした設定で、夜に初めて入るんでしたら、様子が分からんですもんな。晩になりまして、泥棒がやってまいりましてからの動きが、これまたおもろい。なんぼ箪笥開けよう思うても、開かんはずや。皆、絵ですがな。しかし、そこは、無駄に帰ると、仲間に対して、面目ないてなもん。あるつもりで、盗んで帰ると。盗んだつもりで。こんなシャレた泥棒、なかなか、いてまへんで。それを見ておりました主人公が、槍を取って、これを突いたつもりで、サゲになるて。皆様方、付いて来ておられますか?頭の体操みたいなもんでっせ。
東京では、『だくだく』の名で、通っております。これはもう、寄席で、前座さんなんかが、よくやっておられます。というよりも、上方にも、この『だくだく』があったのかと、思われておられる方のほうが、多いのん違いますか?それほどまでに、東京ではポピュラーなものでございます。理屈っぽい、筋の通った、最初の説明は、ちょっと、うやむやになってる感は、しますがな。題名からして、軽々しい感じがいたしますけれども、それが上方にまいりますというと、これまた、いかにも堅苦しいお名前で、『書割盗人』て。もっちゃりしてまっしゃろ。しかも、演じ手も少ない。理由は簡単、お客さんに、頭の中に想像していただくというような、空想の世界でありながら、あんまり大爆笑が期待できないと。知らんかったら、おもろないで、済まされてしまいますもんな。なんじゃこの落語、けったいな話やてなもんで。そこをウマイこと持って行くのが、演者の腕の見せどころということで。
所有音源は、故・二代目桂歌之助氏、他に、笑福亭銀瓶氏のものなどを聞いたことががあります。お古い方の中では、このネタ、桂米治郎氏が、持っておられたはずですが、その後は、この歌之助氏なんかが、ちょこちょこやったはりました。古風な中にも、分かりやすいものでありまして、そんなに古さは感じませんでしたね。ただ、最後の、槍の部分だけは、胴に入ったもので、うまさを感じましたな。絵を描く、筆の運びなんかにも、それらしい雰囲気がありまして、結構、笑いも取っておられました。銀瓶氏のものは、これまた、現代でも、十分に通用するお話として、笑いを取ってはりました。上すべりするようなことなんか、決してございませんで、立派な一席物として、まとめておられました。
内容自体は、そう大層なもんではございませんので、ちょっと残しておいていただきたいネタですな。しょう〜むない、いわれたら、しょ〜むないで、終わってしまいますのでね。
<19.11.1 記>
<20.3.6 最終加筆>
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