いよいよ、おしつまりました、十二月。今年も、暮れてゆこうとするのですが、どうでございました?いつもと、あんまり変わらん生活でございましたか?今年は、亥歳でございましたので、十二干の最後という意味も兼ねまして、お寒い時期には、ちょうどピッタリの、『二番煎じ』で、お付き合い、いただきたいと思います。へぇ、何でてか?演者にもよりますけれども、猪肉の鍋を、つつき合う場面が出てまいりますのでねえ。それに、乾燥してまいりますので、火事も多い。

 場面は、とある町内の番小屋でございます。常平生(つねへいぜい)は、番人がおりまして、火の番に、町内の使いなんかをしておりますけれども、休みのない仕事でっさかいに、たまには、休みも、やらないかん。そういう時には、町内のご連中さん、皆、集まりまして、火の番をいたします。人が寄りますというと、これまた、お笑いの材料でございまして。火の用心、火の回りを注意してもらわないかんので、町内を皆で、回らないかん。これが、さっぶい、さっぶい晩ですがな。表を歩き回るて。皆さん、手に手に、音の出るもんやなんかを、所持いたしております。拍子木に鳴子やとか、金棒ね。そやけど、寒いもんでやっさかいに、皆、懐から、手出すのん嫌がって、ろくに音も出えへん。「火の用心」の言葉も、よう出せへん、わちゃわちゃ言いながら、「宗助はん」と。この町内のもん、なんじゃちゅうたら、『宗助はん』と、宗助はんを呼びなはる。箸が転んだら、『宗助はん』、犬が喧嘩してたら、『宗助はん』。何でもかんでも、『宗助はん』。この前でも、番小屋で、大きな声出したらいかんちゅうので、誰かが、女の話。話が興に乗って、盛り上がった声の出たところで、お役人の見回り。『わぁわぁ申しておったのは、誰じゃ?』言われて、『宗助はんが』て、何にもしてへんのに、んなアホな。しょうがないので、せんど謝ったが、お役人の帰り際、『プ〜っと』。おならまでが、『今のは、宗助はんで』て。

 まあ、とりあえず、宗助はんに出てもらわんならんことには、この町内も、収まりがつかんので、ひとつ、火の用心の掛け声を。「火の用心、さっしゃりましょう〜」っと、こらまた、粋な、江戸の流儀で。若い時分、江戸に、いてはったて。この大阪で、人の嫁はんと、ややこしいことになって、江戸に…。いらんことは、よろしいねん。他の方々も、なかなか、おもろいん。節回しに、金棒の音合わせたり、お経みたいな用心声やったり。とりあえず、寒いもんでやっさかいに、早いこと済ませまして、皆で番小屋へ。「宗助はん」と。囲炉裏の火が消えかかってまっさかいに、炭をどんどんと足しまして、暖を取ります。前までは、こんな時、熱燗で一杯やっても、良かったん。しかし、隣り町で、一杯飲んだあげく、ケンカ沙汰ちゅうのがあってからは、番小屋で、飲むことならんという、お役人からの、きついお達し。そらそうですわなあ、エエ大人が集まって、夜に何してるかてねえ。

 すると、「わたい、風邪引いてまっさかいに、風邪薬を。」と、徳利を持ち出す人がいる。風邪引いてる時は、熱いのん一杯飲んで寝たら、すぐに治るさかいに、酒が風邪薬の代わりやと。そんな、お役人に怒られるようなことしたら、見つかったら、エライ目に。って、こっちでも、徳利が出てくる、あっちでも、持って来てる人がいる。皆、だいたい、心得てまんねやがな。そやけど、ヒヤで飲んだんでは、この風邪薬の効能が無い。やっぱり、煎じて、燗せんと。この番小屋に、燗する道具て、湯沸かして、チロリン…。つっこみ、つっこみ。囲炉裏の中へ、酒入れて、そのまま突っ込んで、あったまったら、“パチン”とか“ピーン”とか音がするん。番人も、好きなほうでっさかいに、普段使うてるもんが、ある、ある。

 横手を見ますというと、また変わったもん、持って来てなはる人がいる。猪の身。つまり、酒の肴に、用意して来はったんですがな。さっぶい、さっぶい晩でっさかいに、猪鍋で、体の中から温もって、暖を取ろうと。一杯飲んででね。こっちでは、おあつらえで、焼豆腐に根深、ネギてなもんまでも、鍋の中に入りまして、本格的な猪鍋になってまいりました。てなことしてるうちに、“パチン”と。湯飲みに、あけ代えて、飲んでみまするというと、上燗、上燗。こら、エエ風邪薬ですがな。「やっぱり、灘か伏見か?」て、風邪薬に、産地てなもん、ありまんのかいな?寒い時には一番のご馳走で、皆が、順々に、注いで、飲んでいく。鍋のほうも、煮えてきた。そないぎょうさんもないんで、口切りで、お味見を。まずは、猪の身でも、ちっちゃそうなやつを。って、箸でつかんで、出してみると、案外、大きな身で。返されへんので、て、ウマイこと食べなはる。これがまた、味噌味で、おいしい、おいしい。酒のあてには、ピッタリですがな。それに、焼豆腐も、この猪の味がしゅんで、おいしなってます。

 さあ、こうなりますというと、始めは、静かにしておりますが、一杯機嫌で、本陽気。皆が、ワイワイ、ワイワイ。「宗助はん、芸妓呼んで来て。」て、何でも、宗助はんや。ちょ〜ど、この番小屋の前を通りかかりましたのが、拍子の悪い、お見回りのお役人で。「番小屋、番小屋。表を開けんか。こら、ばん。」「シャイ、シャイ」て、犬やおまへんがな、『バン、バン』言うたかて。お役人ですがな。こら、エライこっちゃ。すぐには、開けられへん。飲んでんのん分かったら、怒られるがな。酒の道具や、皆、隠しまして、酔うてる奴は、押入れへ。猪の鍋は、誰ぞの股ぐらへ。て、そんな無茶なことしたら、かわいそうでっせ。ふんどしが、鍋の汁吸うて、上がってきて、熱い、熱い。熱気だけでも、十分、熱いですやん。酔いも何も、吹っ飛んでしまいまして、酒の匂いささんようにしながら、代表が一人、応対につとめます。そうろと、戸を開けますわ。

 「今、表を通ると、“わっ”という声がしたが?」「あの、宗助はんが…」て、大事なとこで、出てきましたわ。宗助はんが、おもろい落とし噺をしましたのでと。しかし、徳利を提げてるもんを、目ざとく見つけたお役人が、「その徳利は?」「宗助はんが」て。風邪を引いてるので、風邪薬を徳利に入れて、持って来はったというような具合。「拙者も、風邪を引いておるので、風邪薬を一杯、所望したいが。」さあ、エライことになってしもた。ホンマに飲まはんねや。もう、隠し立てをするわけにもまいりませんので、湯飲みに注ぎまして、静々と。「ん〜、良き風邪薬じゃ。」て、この方も、イケる口でんがな。心配して、損したがな。「その、股ぐらから、鍋が覗いておるが?」「こら、宗助はんが」て、最後まで、出てくる。風邪薬は、苦いもんやさかいにと、口直しに、猪鍋を。この猪の身も、おいっそうに食べはったお役人。「この風邪薬、もう一杯。」「もう、おまへんわ。」「何?無ければ良い。拙者、一町内、回ってくるゆえ、二番煎じを出しておけ。」と、これがサゲになりますね。「二番を煎じておけ」という言葉で、サゲられる場合もあります。要するに、お酒を風邪薬と、偽っておりますので、二杯目は、その風邪薬にかけまして、二番煎じと。今でも、たまにございますけれども、昔の煎じ薬てなもん、お湯に入れまして、炊き出して、お薬にする。その後、もういっぺん、お湯を入れて、炊き出したもの、また、少し薬を足して、前のと一緒に炊き出しますのが、二番煎じ。“二番煎じ”という言葉自体でも、今でも残っておりますよね。我々の職業でも、鰹と昆布のダシ、おんなじようにして、一番ダシ、二番ダシを取りますね。現代でも、まだまだ通用するとは、思いますねやが。ただ、煎じ薬自体が、西洋の、服用の薬とは、違いますので、ひょっとしたら、こんなことですら、分からんようになるかも知れません。いや、もう、すでにてか…。

 上演時間は、二十五分ぐらいでしょうか。ワアワアいう場面を少なくすれば、時間は短縮できますし、多ければ、三十分ぐらいは、越えますか。なかなかおもしろいお話で、あんまり、お罪が無いように思えるのですが、本当は、番小屋で酒飲むちゅうのが、いかんのでしょうなあ。こらもう、お役人が出てまいりますので、はっきりと、江戸時代の設定でございましょう。ですから、ちょっとした言葉や仕草にも、髷もんの心得が要るのでござりますね。前半は、皆が寄り集まりましての、火の番をする様子。町内を歩くんですなあ。真冬の、寒っむい、寒っむい晩に。拍子木やとか、金棒やとか、音の出るもんを並べまして。そやけどね、今でも、火の用心で回ったはるとこ、住宅街やなんかでは、あるらしいですけれども、うるそうて、迷惑で、寝られへんてなこと、ないにゃろか?うちら近所て、一晩じゅう、アカアカと、灯のともってるようなとこでっさかいに、火の用心にて、回ったはりませんねけれども。どうなんでしょう?しかも、素人の、ややこしい音さしてて、余計、寝られへんこと、おへんにゃろか?ここで、何でも屋の宗助はんが登場いたします。町内には、こんな人、一人ぐらい、いはりまっしゃろ。何でも、宗助はんや。この辺の、ワアワアいう場面も、おもろいもんでんなあ。

 後半は、番小屋へ戻りましての騒動。とりあえず、寒い。しかも、酒も飲めんというてるのに、皆が、風邪薬を口実に、持ち寄ってるて。そらそうですわなあ、こうなんのが、オチや。しかも、猪の身を鍋にいたしましての、お酒のあてて。なかなか乙な、贅沢なもん。ここで猪が出てまいりますので、今年の最後と。この鍋の中を味見で、ちっちゃいのんを掴んだように見えて、実は、大っきい身やったちゅうとこ、好きでんねん。笑えまっしゃろ。一騒ぎした後で、見回りのお役人。隠した股ぐらの猪鍋から、熱気が上がってて、あそこも、何ともいえん、妙な感覚になりません?おもろいですけれども。入ってまいりましたお役人も、その場の雰囲気を見まして、そらもう、酒が回ってるぐらいのことは、分かりまんにゃろねえ。それでも、堅いことを言いながらも、やっぱり、イケるほうで。猪鍋をつつきまして、サゲになります。また、粋な文句ですな。二杯目を無理矢理に飲もうとするのではなく、あくまでも、お酒を風邪薬に見立てて、二番煎じて。毎度申します、演題に、サゲが使われておりますので、少し、分かるような気もいたしますが、そんなに気にならない程度ですね。なかなか、ようでけたサゲで。

 東京にも、同じ題、同じ物語として、残っております。多分、上方から、移されたものだと思われますがね。前半の、ワアワアと、火の番に回る場面で、いろいろと、引っ付いてる演出が、多いですか。浄瑠璃であったり、何ぞの、はやり唄で、火の用心を言ったり。上方のものは、存外、そんなに、入っていないと思います。なにせ、もっちゃりしてまんにゃわ。しかし、後半の、番小屋の場面では、極めて、お笑いが多いんですがね。

 所有音源は、故・二代目桂春團治氏、桂南光氏、桂塩鯛氏のものなどがあります。このネタに関しましては、春團治氏のおかしさは、もう、抜群でございます。初代のレコードは、部分的に聞いたことがございますけれども、これも、爆笑できる、おもしろさでした。このおかしさが、二代目にも、伝わったものか、とにかく、どこを取っても、おもしろいものでございます。前半の火の番回りも、それぞれに、おかしさがありますし、後半の、番小屋へ戻ってからの、一騒ぎ。そして、最後に、ヤマ場が、お役人の来る所。あそこのおかしさは、腹抱えて、笑えますな。南光氏のものは、ちょっとしか出てきませんけれども、意外と、お役人に、おもしろみがありまして、最後のヤマ場には、ピッタリの演出でございます。楽しんで、お酒を、やなかった、風邪薬を飲むあたりなんかねえ。塩鯛氏のものは、こらもう、皆が、思い思いに言うたり、食べたり飲んだりする、その雰囲気というものが、非常によく出ておりまして、昔の、町内の集まりの様子が、見ているように表現されておりますね。宗助はんの、慌てぶりも、おかしさの一つで。

 話の筋自体は、そう、大それたものではございませんので、名作とは、いわれないかも分かりません。しかし、いろんな人間が寄り集まります所へ、いろんな話が出てまいりますのは、昔も今も、変わりませんようで。お正月、ご家族・ご親類で寄り集まりますというと、ネタの一つも出来そうな。エエ正月迎えとくれやっしゃ。良いお年を。

<19.12.1 記>


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