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育児書は奥が深い・・・。子供を産むまで読んだことがなかったけれど、人として生まれた人は皆読むべきじゃないかとさえ思います。考えてみれば育児というのは、人間の根本の部分で、奥が深いのは当然でした・・・。あたりさわりのない、こうしたほうがいい的なマニュアル本は、読まなくてもいいと思います。こんなときはどうしたら!?と、本に頼りがちになるけれど、本によって書いていることが違っていたり、なんだかちぐはぐ・・・。HOW TOものの育児書じゃなく、親としての気構え、頭をガツンとやられるような、目からうろこの新しい世界・・・自分という人間についても深く考えさせられるものがあります。
※題字をクリックするとamazon.comでの紹介に飛びます。読んでよかったものだけ集めましたが、特に衝撃的なくらいよかったものには★をつけました。

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まずは、目からうろこってことはないのだけれど、入門書的に読んでいたほうがいいかなという本

子どもへのまなざし★★・・・・これは妊娠中から読んでたほうがいいです! 私は2歳児の母になってから読みましたが、産む前から読んでいたら、随分違った育て方ができただろうと・・・。どうしても近視眼的になってしまいがちな育児の合間合間で読み返すといい本だと思います。子どもをわが子としてだけじゃなく、家族の一員、社会の一員としても見られるようにもなるし、育児を本当に楽しめるようにもなる。育児のすべての答えはこの本の中にあるんじゃないかと思えるくらいです。私も「子どもへのまなざし」が変わりました! 読まずに育てた2年間が惜しい・・・。子どもにごめんねって気分です。著者の講演会での話をまとめたものです。続もありますが、そっちはいまいちかな。
佐々木正美「かわいがり子育て」(〜3歳)「抱きしめよう、わが子の全部」「子どもの成長に飛び級はない」「過保護のススメ」他
0歳からはじまる子育てノート―エリクソンからの贈りもの ・・・上記と同じ筆者の著書です。育児書によく出てくるエリクソンについて知りたくて読んだのですが、あまり分からなかったです。でも他の意味で、これも読んで良かった本です。大きな視点からの子育ての意義や気構えが分かる本。子どもを小さい場所で飼育するんじゃなく、巣立ちの日の大空を心に抱いて、せっせと育てるということを教えてくれます。

自由を子どもに ・・・・昔の人(著者:松田道雄)です。この本は昭和40年代のもの。この人の本を色々読みましたが、この人が今の育児論の大本を作ったんじゃないかというくらい、今でもすごい本だと思います。ああすべきだとか、これはしなくてはいいとか、いろんな考え方があるけれど、一番いいのは親にとっても子にとっても一番楽な方法を選択すること、という考えの人です。中でもこれが、一番読んでよかったと思う本です。この本を読まなければ、これでいいのかと不安なまま子育てすることになっていたかも・・・。
子育てハッピーアドバイス
・・・・子育てが楽になります。こうすべきだとかああしたほうがいいとか巷では色々言われていますが、やるべきことはただひとつだと思わせてくれる。2,3と続きますが、それは虐待している人にあてたメッセージが大きな比重を占めているような・・・。虐待してなければこの第1巻だけでいいかな。
※これは、ただただ子どもを抱きしめてあげましょう、子どもの求めるままに・・・という、今の日本の「子ども中心育児」の代表本かも。この「子ども中心育児」は「スポック博士の育児書」で世界的ブームになった育て方。けれどこの育て方ではキレやすい、我慢のできない、共感能力もない子どもを量産するだけだということがだんだん分かってきて、世界的には見直されてきています。スポック博士自身、子ども中心ではダメで、社会的にしつけしなければ子どもがダメになると言うようになったらしく、日本でも、乳児からのしつけ(乳児の時は、泣いてもすぐ抱かない、授乳も求められるままにはしないという、我慢のしつけ、ある程度大きくなったら、社会的しつけ)を推奨する人たちが増えてきました。けれどまだ、世界的に立ち遅れて今でも子ども中心育児が幅を利かせていて、今もキレやすい子を量産し続けている、という現状のようです(しかも3歳までにこのしつけをしていないと、もう後戻りできないとか)。そのことも頭に入れておいたほうがいいかも(⇒くわしくは こちら 参考文献「その子育ては科学的に間違っています」他)

次は目からうろこの本たちです まずはしつけをしないでって本

お母さんはしつけをしないで ★★ ・・・しつけとは一体なんなのか!? 犬と同じようにやらなきゃならないものと思っていたのですが、目からうろこ・・・。たとえば小さいときから整頓をきちんとできる子は、褒められたいがためのただの見せかけか、本当に整頓がしたいとするなら、しつけのあまりに整頓しなきゃということが強迫観念になっているか。整頓しないと褒められない、整頓できていないと嫌、不安・・・それは、しつけの弊害じゃないかという考え方です。人とは、一番幸福なのは、どんな自分であっても、そんな自分を肯定できる、自分を好きでいられる、そんな人。なのに、整頓できていないと不安、成功している自分じゃないと不安、がんばっている自分じゃないと自己嫌悪・・・そんなふうになるのは、がんばれ、片付けろ、etc.しつけによって幸福から遠ざけられているということじゃないのか? 自分の中にある、そういう不幸の種を発見することもできます。長所だと思っていたきれい好きや向上心、そういったものにさえ疑問を投げかけられ、それを子どもや夫に求めるのはもしかして高慢じゃないかと思わされました。1歳半を過ぎ、しつけに悩む前に読んでおくべきかも。
長谷川博一「お母さん、あなたのためにと言わないで」「魔法のしつけ」「ダメな子なんていません」「しつけ」他
子どもを叱る前に読む本―やる気のある子に育てるには ・・・これもしつけをしない主義の本。それを実践してきたおじいさんで、世でしつけがどうのと言って親を苦しめているときに、既にこんな人がいたのかと・・・。なんでも子どもの目で考えたら、全てはYES。それを大人の「穢れた」(世の中に慣れた)目で見たときに、「しつけ」と称する介入が始まるのですね。
平井信義「心の基地はお母さん」「続心の基地はお母さん」「ほんの少しのやさしさを」「第一子を伸びる子どもに育てる本」他

次は感情というものについての、目から鱗の本

ちゃんと泣ける子に育てよう 親には子どもの感情を育てる義務がある  ★★ ・・・どうして子どもに泣かれると弱るのか。すぐに腹を立てたり、すねたり、意地悪をしたり・・・そういう子どものマイナス感情を、親は子どものプラス感情(嬉しい、楽しい、優しくしたい)のようには、なぜ容認できないのか。ちゃんとそれなりに成長して、大人になった気でいるから、自分の中にあるそういう矛盾にも気づかずにいました。でもこれを読んで、自分が大人になる過程でどんなに自分自身のマイナス感情も容認せずにきたか、親からも容認されなかったかに気づかされました。本当は「辛かったね」と背中をなでて欲しかったのに、親には話さず(話せず)いたことを当然のように思っていたけれど・・・。それでもちゃんと成長したつもりでいたけれど・・・。親にマイナス感情を容認されず、いつもいい子、優しい子でいること、我慢することを求められることによって、子どもにどんな弊害が現れるかが述べられています。表面化しないまま大人になってはいるけれど、親自身の中にある同じ弊害にも気づかされます。「感情を育てる義務がある」という副題がいいです。読む前と後では世界が違って見えました。

他、影響された、読んで良かった本

子どもの「泣く理由」がわかる本―泣く力・甘える力を伸ばせば、必ずしあわせに育つ
★★ ・・・子どもにとって、「泣く」ことの本当の意味は何なのか。それを知らずに、親が「早く泣き止ませたい」「泣かれるといやだ」等思って対応することで、子どもは泣き下手になってしまう・・・。私も泣かれると嫌で、泣き止まそうとばかりして、それでも泣き止まないといらだったり・・・。これを読んで、子どもの泣くときの心の動き、泣いたときこそ子どもと関わりあうチャンスだということに気づかされました。「子どもの気持ちに寄り添おう」「子どもの気持ちを受容しよう」とよく言うし、子どもが泣いているときもそう努めていたつもりだったけれど、ちょっと的外れだったということにも気が付きました。そもそも「早く泣き止ませたい」と「受容」は相容れないものでした・・・。2歳になってから読んだので、もっと早く読んでいたら、もっと子どもの「泣き」を楽しめた(?)のになあ、と惜しいことをした気持ちになりました。著者は癒しの子育てネットワーク(HPもあり)代表。他に、ダダこね育ちのすすめ などあり。
自立心を育てるしつけ ・・・「親業」で有名なゴードン博士の書。しつけのために罰はいけないけれど、褒めるのはいい・・・多くのHOW TOもの育児書に書かれてある決まり文句で、それを信じていました。けれど、しつけようとする姿勢そのものに問題があり、褒めるのであっても、それが子どもの軌道修正とか、しつけ的な意味があれば、大きな弊害がある。そのことを教えてくれる本です。読んでよかったです。(アメリカの方なので、ちょっとぴんとこない部分が多々ありますが・・・)
ソース―あなたの人生の源はワクワクすることにある。 ★★★ ・・・ソース=ワクワクの源。育児書の類ではなく、大人向けの本です。人は、財を築くことが良いこと、そのためにはやりたいことをやっているわけにはいかず、安定した職に就き、『大人』になって生きなければ・・・と思っている。『やる気』を出して『頑張って』生きなければ、と。けれど『やる気』なんてまやかしで、無理がある。わくわくすること、自分の存在意義とも言えるそのことは、やる気など起こす努力などしなくても、嬉々としてやってしまうはず。無理をして生きることはない、好きなことを好きなだけやる人生でいい。『やる気』『努力』『生活の安定』というものを当然いいことだと思っていたけれど・・・薄々本当は違うと感じていました。でも世間一般の通念通りに生きてきてしまいました。そしてそれを子供にも当然のように相続しようとしていました・・・。読んでよかったです。財を築くための安定した人生よりも、ワクワクできる人生を選択して欲しい。そう思える親になれました。宝くじなんて当たらなくても人生は変えられるんだ、と私の人生観も変えてもらえました。

子供の一生ものの体のために・・・目から鱗だった本です。

今年はどうする?インフルエンザ―疑問だらけの予防接種と特効薬・・・日本人は病院に行き過ぎ、薬に頼りすぎ!とは前から思っていて、極力薬は飲まない、病院にも行かない、安易に抗生剤を出す(風邪には抗生剤は効かず、聞くのは〇〇炎と名が付くものだけですが、〇〇炎を起こしてもないのに、予防とか称して子どもにさえ処方する病院がかなりあります)ような病院には二度と行かない、というタチだったのですが・・・冬になると普通に(?)今年はインフルエンザワクチンどうしようかな、と考えていました。そろそろ子供にも受けさせようかとか・・・。その前に立ち止まって本当によかった。インフルエンザに関してはワクチンは意味がないらしい、なのに医者などの勉強不足、あるいは利益優先のために、マスコミにもどんどん煽られて、ワクチンを打つのが常識のようになりつつあるご時勢・・・。日本人のこの悪い体質(タミフルの80%近くが日本で消費され、インフルエンザ脳症もダントツ日本が多い。インフルエンザにかかったら、病院に行かなければならないかのように思っている)を改めて思い知らされ、家族の体は自分で守らなくちゃ感がUPしました。
インフルエンザ・ワクチンは打たないで!・・・上記と同じ
一生インフルエンザにかからない体質の作り方・・・(未)


ここからは少し大きくなってきてから・・・↓

親業 ★★ ・・・上記「自立心を育てるしつけ」のゴードン博士の書です。字は小さいし、図解などもあり、とっつきにくいかと思ったら、かなり面白かったです。親、子ども、それぞれに人格があることをちゃんと認めようという内容ですが、そう言葉で聞くだけでは考えが及ばないところにまで達しています。今までイメージしていた親と子についてのイメージが一新されました。親は親という仮面の下で我慢をする必要などなく、1人の人間として、子どもに不快も示していい、親という仮面でしつけたり叱ったりする必要もない・・・。親と長く付き合っているうちに、子供は親には本当の気持ちは話さなくなります。子供というのはそういうものだ、と決め付けていました。けれどそれは、親が子供の人格、考える力をないがしろにしすぎているから・・・。たとえば自分がいやだな、と思うことをされたとき、それが友人なら、「いやだ」ということを伝えます。間違っても「やめなさい」などとは言わない。それは相手の人格を認め、自分の気持ちを伝えるだけで十分だと知っているから。なのに相手が子供だと、とても友人相手には考えもつかないような態度、言葉、叱咤、命令、罵倒・・・。親に解決したい問題があるとき、子供にあるとき、双方にあるとき、その時々、どう対処すればいいかを教えてくれます。これから先の親子関係を、この本のおかげでかなり違ったものにできそうです。
いろんな育児書を見ていると、この本の考え方を取り入れているものがとても多いです(「I(私)メッセージ」とか ※これは元々アドラー心理学の考え方らしいです)。でもいまいち伝えきれていないものが多くて、この本を読むのが一番いいと思います。
居場所のちから―生きてるだけですごいんだ ・・・上記「親業」は親の視点ですが、それを子どもの視点に立って語ってくれる本。前半は筆者の活動の紆余曲折が述べられていて読み飛ばしていいですが、後半は重大なことが多々書かれています。最近の親子、人と人の関わり方の問題点など。
世界一素敵な学校―サドベリー・バレー物語 ★★・・・学校での授業や成績に、それほど疑問を感じずに生きていました。ゆとり教育による学力低下に眉をひそめていた1人。しかしこの本を読んでガツンとやられました。何の疑問も抱いていなかった自分が恥ずかしく、恐ろしい・・・。今の学校は、産業革命の時代、大勢の人間をコントロールして機械の一部にするためにスタートしたものでしかなく、そこでは人格は全く無視され、皆が同じ量を同じ速度でこなしていくことを求められている。全くどうして皆と同じことを、遅れずに学んでいかないといけないと思い込んでいたのやら。これを読んだ以上、もう不登校も、ましてや学力低下なんてなにも怖くないぞ!と思いました。それどころか、やる気がないのに勉強するなんて時間がもったいないから他のことしたら?と言いたくなりそう。子供に勉強しなさい!と言うようになる前に読んで、本当によかった。国はこういう新しい考え方を取り入れて、ゆとり教育とかを打ち出してきたのかな。けれど親や世間の意識は古いままで、受け入れられない人(今までの私も含め)が多々。まずは旧弊な考え方を変えさせるのが先かも。
子供に何かを与える(+)のじゃなく、いかに禁止とか制限とかお説教とか誘導とか、よかれと思いがちなことを我慢して子供から手を引く(−)か、そのマイナスこそ親が学ぶべきことだとつくづく思いました。私も学生時代、勉強はあまりしなかったけれど、高校3年のある日急に無性に生物学のことを知りたい衝動に駆られ、連休の2,3日、寝る間も食べる間も惜しんでひたすら勉強したことがありました。そしたらその後、生物の実力テストではいきなり学年トップ。天才だったのかとびっくりしたのですが、そういうものなのですね。惰性で勉強をこなした年月なんて、完全に自発的などうしても知りたい衝動の3日間にもたちうちできない。学校の勉強なんてその程度のものでしかない。子供はもっと大事なことを、親が手を引いた自由な場所で学んでいくのでした。これを読んだ後で世の中を見回すと、「子供に授けてあげる」という麗句に隠された大人や企業や子供番組の、子供に対する押し付けがましい傲慢さが、いかに氾濫している(しかも極身近に!)か見えてきて、ぞっとします。し○じろうのDVDを観た時、うちには取り入れたくない作り物めいたなにか薄ら寒さを感じたのですが、その正体が分かりました。



孤独力のあるママが子どもを伸ばす ・・・個性が大事、とよく言われるし、分かっているつもりでもいたのだけれど、それがどんなに限られた中での「個性」だったか気づかされました。日本の小市民的な、周囲に気をつかいつつの「個性」。本当の意味での「個性的」であるためには、周囲の型にはまっている必要なんてないんだと思わされます。機会があれば読んでもいいかな、程度ですが。

⇒いろんな有名権威・他の考え方(エリクソン、モンテッソーリ、シュタイナー他) ⇒こちら
⇒他、しつけ関連の本 ⇒こちら

⇒いろいろ読んで、そこに書かれているのは、子どもときちんと向き合うのが大事だということです。でもその言葉の本当の意味、「子どもときちんと向き合う」ということがどういうことか、それぞれの本の中でいろいろと気づかされます。その本当の意味を自分がどれだけ知らずにいたか、自分がどんな風に生きてきたか、目から鱗的なことが多くて、我ながら吃驚してしまいました。
子どもときちんと向き合うということは、自分を知ること、自分を知った上で、子どもの心を思いやり、その子どもの心を尊重しながら、共に生きること。育児とは想像力や思いやりや謙虚さ、素直さ、強さや覚悟が必要な、けれどそれさえあればいいものなのかも・・・。いい育児書を読むと、自分の中で革命が起こって、なにも気をつけなくても、自然と優しく、強くなっていける(子供に対してだけじゃなく)みたいです。

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