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2009年3歳になって思ったこと・・・お勉強について
3歳1ヶ月以降思ったこと⇒こちら
「幼児教育」の影が忍び寄る3歳・・・。「5,6歳まではなるべく勉強から遠ざけさせたほうがいい」という説を信じつつも、少しだけ揺れていました。そんな時・・・子供が3歳になる頃読んだのが、「世界一素敵な学校」(⇒育児書)。子どもを持ってから育児、教育関連の本をいろいろ読むようになったのですが、積年の世の中への認識が大きく変えられることが多いです。これもその一冊。
それまでは「おっぱいは本人がもういらないと卒乳するまで飲ませてあげるのがいい」という説と、「1歳過ぎたらなかなかやめられないから、1歳になる頃には断乳するといい」という説を聞けば、どっちなんだ?と揺れたほう。世の中にはだいたい正反対の説があるものなのですね・・・。いろんな情報が氾濫していていて揺れてしまっていました。
「そろそろ〇〇する頃だ」とか書いてあるハンドブックを信じ、子供は皆同じように段階段階を経て成長していくものだと思い込み、教育ママになるつもりは皆目ないけれど、成績が下がったり、悪かったりすると平気ではいられないだろうなぁと予想できていました。「小学校までは極力勉強から遠ざける」(そのほうがいいとシュタイナー教育では言います)といっても、あまりに周りと差ができたら平気でいられるかな?とか思っていました。
そんな時、「世界一素敵な学校―サドベリー・バレー物語」を読んで、世の中どんなにマニュアルに踊らされているかにやっと気づかされたのでした。子供さえマニュアルで育てようとしていました。「この頃になったら自分でやりたい意欲が芽生えてくるので、その意欲を伸ばしてあげましょう」とか「自分でできる自信をつけてあげましょう」とか、ああいうのは、不安な気持ちの母親達を「これで大丈夫!」と銘打って購買意欲をそそる為のただのうたい文句。けれど世の中にはそういうものが氾濫していて、それが正しいこと、一般的なことと勘違いしてしまう・・・。
生命保険などを売るときの基本を聞いたことがあります。マイナス思考っぽい人には「入らないと、・・・」と不安感を与え、プラス思考っぽい人には「入ったら、・・・」とプラス面をうたって勧誘する。いろんな育児雑誌、子供用の教材の類も同じだと思います。手にとる人がマイナス思考かプラス思考かは分からないけれど、どちらでもいいようにうまく不安をついて、購買するとうまくいくように思わせる。それで、かつては放っておいてもすくすく育っていた子供達なのに、なにかマニュアルでもないと育てられないような、人と同じようにステップアップしていかなければ落ちこぼれてしまうかのような、そんな錯覚を起こさせている。
子供が0歳や1歳の頃、私もそんな、〇〇歳になったらこんな刺激を与えて「あげて」、〇〇できるようにさせて「あげましょう」みたいな本を6歳編くらいまでも読み、フムフム、子には刺激を与えて「あげる」ことが大事なんだな、と思っていました。人が子に与えている教材(しま○ろう)がちょっと気になり、うちも始めたほうがいいのかな?と思ったり・・・。
でも子と暮らしているうちにだんだん分かってきて、『世界一素敵な学校』でお墨付きをもらったような気がしたのが、子供は親の意図なんて関係なく、ちゃんと自分の中に「ちゃんとできるようになりたい」「大人と同等になりたい」みたいな意欲を育てていて(赤ちゃんのままいたいという気持ちもあるみたいだけれど、放っておけば、結局は成長したいという意欲が勝ちます)、ちゃんと自分で自分のペースで育っていくということ。親の変な介入がないほうが、多分、すくすくときれいな節目で育っていくのだということ。親が介入していると、変に背伸びさせてしまったりも多々あるだろうけれど、子に任せておけば、子が自分で納得した上できちんきちんと育っていってくれるのです。
簡単に言うと、「世界一素敵な学校」で述べられているのは、実在する、教師スタッフと生徒が全く対等な、自由な学校についてです。カリキュラムなどなにもなく、子供が自分のやりたいことをやりに学校にやってきます。何年もただ一日中釣りをしている子とかもいます。学校を子供たちだけで抜け出すことも自由。その自由の中で子供たちは今学びたいことを自分達で探し出し、「知りたい欲」に突き動かされていろんなことを吸収していきます。自分の「好きなこと」を見つけ出し、それを足がかりに誰にも負けない知識を得、自分についても深く知り、自分について語ることもできます。他の普通の学校に通う生徒達と遜色なく、それどころかとてもいきいきとしているのです。大人が「教えてあげなければ」「〇〇してあげよう」とかいう介入なしに、子供たちはいきいきと学んでいくのでした。
高校生の時、母が毎月届く教材を注文してしまいました。少しやってすぐに分かってしまったのですが、絵とかを多用してとっつきやすいような顔をしているだけで、中身は教科書と一緒。それ以上でも以下でもありませんでした。問題に解答したものを郵送すると先生が直して返してくれて、マンツーマンのようですよ、というのも売りだったけれど、教材と同じようなことが手書きで書かれているだけで、少しも「自分に合った」ではなかったし(その「先生」のバイトも後にやりましたが、この子はここが分かってないからこの部分を重点的に、とか考えて、本当にマンツーマン的にやっているとはかどらず、やり高制なので、時給100円くらい。何も考えず、ただマニュアルを上手に、ごまかしつつ転写するとそれでOK!な感じで、少しもマンツーマンじゃないと高校生の私に見抜かれるのも納得だ、と思ったものでした)。
勉強する気になれば教科書で十分だし、教材が少しとっつきやすいからといって勉強する気が起こるわけでもなく、母に「全く意味ないからもういらない」と何度も言いました。けれど母は「塾にも行かせてないから、これくらいやらせておかないと」の一点張り。本当に全く意味ないし、すぐに手もつけなくなったのに教材は送られ続け、変なストレスがたまりました。しかも教材費が小遣い代わりだと称して、小遣い0円だったし! いらないものにお金をかけるなら、自由にできるお金を回してもらったほうがどれだけ有意義だったかと思います。
今の教育って、そんな感じじゃないかと思います。幼児教育もしかり。まったく意味なくはないのかもしれないけれど、ただの親の自己満足。学生になって勉強についていけるようにと親が苦心するように、入園前くらいから既に他の子についていけるようにと、親がほぼ自己満足であれこれやっているように思います。
「他の子についていけるように」、それは例えば「挨拶できること」「譲れること」「自分から皆の輪に入っていけること」・・・では、皆が皆、元気に挨拶ができて順番を守れておもちゃも譲れて知らない人の輪にも自分から入っていけなくてはならないのか!? そういうのを目指さないといけないのか!? 学校教育と同じように、それができる子とできない子で優劣をつける気なのか!? 2009年考えたこと(2歳)の中で言ったように、人がだんだん画一的になって、自分の考える「普通」の範疇に自分や周りの人を置きたがる根っこはこんなところにあるのかもと思います。
もう迷わなくなりました。それに、親は正反対の説の間で揺れている暇があれば、自分にとっての本当がどっちか見極める義務があると思うようにもなりました。揺れているだけでは子どもにいい迷惑。情報の発信源や言い分をそれぞれちゃんと知れば、自分がどの説をとるか(あるいは折衷案にしておくか)分かるものでした。
高校時代の教材の件はその後、「全然やってないじゃない」「だからいらないってずっと言っているじゃない。学校&教科書と同じなのに、余分に時間を取られるだけ」と繰り返した末、高校3年にもなってやっと母も不要だったかも、と気づいたらしく解約に至りました。受験する大学の科目に小論文があったのだけれど、高校ではそんな授業はなかったから、受験前にちょっとだけ「小論文」の教材だけ母に言ってとり、それは私もちゃんとやりました。
そんなふうに、自分に何が必要かは子供が一番知っているし、自分に必要だと思ったことは多分、子供はちゃんとやる。親が変に口出し、手出しするから、やらなくなったり、自分に何が必要か分からなくなったりしてしまうのじゃないかな? 自信を持って幼児教育的なものには関わらないようになれました。
3歳について
他にも色んな育児書関係の本(⇒育児書)を読んで、4歳からは一人前として付き合おうという気構えができました。大人と同じように意見を聞き、考えを尊重し、でも代わりに失敗から学ぶことや家族の一員としてのルールを覚えてもらう。自分でできることは基本自分で何でもやる。1,2歳と違って物事がだいぶ分かるようになった3歳の時期を、その準備期として捉えるようになりました。
無理強いとかしなくても、自分から色んなことをやりたがる3歳(1,2歳の時に何でもダメダメ言っていると、あまり自分からやりたがらなくなっているかも・・・?)。やりたくないときは放っておいて、やりたがるときには飽きるまでやらせます。そうするとノウハウが分かって、4歳になって、家事やらもしてもらうとき楽そう。
洗濯物を干したがった時は、カーテンタッセルとかに物干しを吊るしておいて干させ、洗濯物をたたみたがったら、下手でもたたませて、しまってもらう。糸と針も使いたいときに使わせて、針は絶対放置しないことも覚えこませる。包丁も使いたがったら使わせる。大根おろしも。ドライヤーも自分でやりたがるので、自分でやらせる(コンセントの正しい差し込み方も教えて、面白がってドライヤー自体をひっぱってコンセントを外したらその度注意する)。
危ないからといってやめさせないたちです。そのほうが、母親が止めてくれない分、自分で気をつけたり、自分には無理そうなことには手を出さないようになる気がします。うちはかなりそう!
3歳児は不器用なので、簡単なことでもすごい手間ひまがかかったりもします。でも私は見ないようにしています。見ているとつい口出ししたくなったりするので・・・。3歳児には手間ひまがかかるのは当たり前のことらしく、やり遂げるまでかなり集中してやっています。時には何度も何度も失敗してかんしゃくを起こしたり泣いたりしているけれど・・・。
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