磁力応用工具の設計を始められる方へ 筆者 福島 貫 1. はじめに 2. 設計に必要な法則、方程式 3. 磁気回路について 4. 電磁石の概略計算 5. おもしろい磁石 7. まとめ 磁気の応用範囲は非常に広く、モーターや各種の磁気記憶装置、医療器械、等おもちゃから先端産業にいたるまで我々の周りは磁気だらけと言っても過言ではありません。 磁力応用工具は、磁気の応用の内、最も古くから知られている磁気による吸引力を利用しようとするもので、最も初歩的な誰でも知っている応用分野です。 非常に多くの分野に用いられているモーター等も吸引力を利用するものですが磁束が変化するため、いろいろな要素が加わり、かなり複雑になります。 この点、磁力チャックやマグネットベース、マグネットホルダーなどの磁力応用工具は静止器であり、最も基礎的で初歩的な応用分野といえるでしょう。 このため、設計については一見何の問題もなく、くそ面白くもないもののように思われます。 ところが実際にはこの分野では「磁気回路は計算できない」として磁気回路の計算をする技術者が殆どいない状況があます。 「実験が必要」として実験を行うのは良いのですが、同じ実験を何十年も繰り返しているのではと思われることが多く、何十年も同じような製品が巾を利かせて居り、新しい製品がなかなか出てこないのが実情で、「磁気回路の計算が行われていない」ということ大きな原因のようにおもわれます。 私の経験では、条件さえ吟味すれば実測値に近い計算が十分に可能です。 実は私もつい最近まで「磁気回路は計算できないのでは?」と考えていた一人ですが、「計算できる」と考え、たとき、いろいろのことが分かってきたような気がしています。 磁力応用工具の計算は、モーター等他の磁力応用製品の設計の基礎部分となるものと思われますので、ぜひ挑戦してみてください。 (永電磁製品については国内では開発段階で磁路計算が行われており、計算値と実測値にあまり差のないことが確認されています。) 磁力チャックをはじめとする磁力応用工具には イ)電磁式 ロ)永磁式 ハ)永電磁式 があり、それぞれに設計方法が異なります。 詳細はそれぞれの項目を参照してください。 ここでは、これらの設計に用いる法則、方程式について少し変わった記述をしてみました。 おおまかにいって磁力応用工具の磁路の設計に必要な法則、方程式は有限要素法を除けば、 1.オームの法則 2.抵抗の計算式 3.温度に関する計算 4.キルヒホフの法則 5.吸引力の計算式 だけでも十分の様です。 この内、温度に関する計算は、電磁式、永電磁式等コイル設計に必要なもので、磁路計算には他の四つのもので足りるようです。 2-1 オームの法則 この法則は次の簡単な電気回路の方程式で表されます。 但し、V : 抵抗両端の電位差 [V] I : 抵抗に流れる電流 [A] R
: 抵抗値 [Ω] この法則は電流に限らず、水、油、熱等、流体一般に成立する法則で、磁気回路では電位差Vを起磁力Vm、電流Iを磁束Φ、抵抗Rを磁気抵抗Rm(パーミアンスの逆数1/P)に置き換えて(2)式となります。 但し、Vm :
起磁力 [A] Φ : 磁束 [T] Rm : 磁気抵抗 2-2 抵抗値の計算 電気回路では導体(コイル)の抵抗値を計算するのに(3)式を用います。 ---------------------------------(3) 但し、R: 抵抗 [Ω] ρ : 導体の固有抵抗 [Ωm] Lc : 導体の長さ[m] Sc : 導体断面積[m2] この方程式は 1. 抵抗は導体の長さに比例する 2. 抵抗は導体の断面積に反比例する。 3. 物質固有の固有抵抗がある。(理科年表参照) ということを意味しており、この式もまた流体一般に成立する方程式ですが、流体の固有抵抗は、流量や、温度の関数である場合が多いため、これらを考慮した計算が必要になります。 磁気回路の場合には、一般に固有抵抗の変わりに透磁率(固有磁気抵抗の逆数)と同じように(4)式で計算できます。 -------------------------------(4) 但し、Rm: 磁気抵抗 μ : 透磁率 Lm : 磁路長[m] Sm : 磁路断面積[m2] 真空中の透磁率は式(5)です。
2-3 キルヒホフの法則 別名エネルギー保存の法則とも呼ばれ、第一法則と第二法則から成ります。 第一法則 回路網中の任意の一点に流入または流出する電流の総和はゼロである。 第二法則 任意の閉回路の電圧の総和はゼロである。 2-4 吸引力の方程式 電磁石の吸引力の式は式(6)です。 F:吸引力[N]又は[kg] Bg:吸引面の磁束密度 [T] μ0:真空の透磁率 Sg:吸引面積
上記の(5)式で吸引力を計算するには吸引面の磁束密度を計算する必要があります。 この磁束密度のおおよその値を求める方程式として式(7)が用いられます。 但し、 Hg:吸引面の空隙部の磁界の強さ [A/m]
Vmg:(吸引面部分の)起磁力
[A] G:吸引面の空隙長さ [m] 磁力応用工具の設計では、吸引力の計算が必要です。 この吸引力の計算は、式(7)及び式(6)であためできますが、吸引面の磁束密度をより正確に知るには、磁路計算が必要になります。 磁気回路は電気回路と同じように考えることでき、基本的には直流回路の基礎的な知識があれば十分ですが、誤差の少ない計算を行おうとすると少し複雑な計算を必要とします。 この理由は 1)
軟鉄の磁化曲線が飽和曲線になる。(磁束密度の大きさで磁気抵抗が変わる) 2)
継鉄に使用する軟鉄の透磁率が非磁性体の透磁率の103倍程度と小さい。 という2つのことにあります。 (じつは。この強磁性体の磁化曲線が飽和曲線になることと、強磁性体透磁率と透磁率の比が103程度と小さいことが、磁化曲線や漏洩磁束を考慮しないで計算を行った場合に大きな誤差を生じ、「磁気回路は計算できない」ということになるのです。) 3-1 強磁性体の磁気抵抗
グラフ1、は一般的な強磁性体の磁化曲線ですが、この磁性体にH1の磁界の強さを与えたときの磁束密度はB1、磁界の強さH2時の磁束密度はB2ということを表しています。 磁性体の磁路断面積をSm、磁路長をLm、とすれば動作点P1での磁気抵抗R1は 動作点P2での磁気抵抗R2は となり、磁性体を通る磁束の密度で磁気抵抗が変わることになり、交番磁界をかけたときの磁化曲線はヒステレシス曲線となり、数式で表すことは困難です。 軟鉄など継鉄に用いる強磁性体はヒステレシスが小さく、磁気抵抗の計算では磁束密度がゼロの状態から磁界の強さを増加させた時の磁化曲線を用いるのが一般的です。 3-2 継鉄に使用する軟鉄の透磁率が非磁性体の透磁率の103倍程度と小さい 軟鉄は強磁性体の中でも透磁率が大きく、安価で入手が容易なため電気回路における銅線のように磁気回路の継鉄として使用されます。 この軟鉄でさえ真空中の103倍程度の透磁率しかありませんので、磁束は空間を通ると考える必要があります。 この空間の磁気抵抗を計算するために近年では、強磁性体の磁化曲線が飽和曲線になることを含めて「有限要素法」が用いられているようですが、コンピュータを使用しても非常に長い時間を必要とするという問題があります。 筆者もこの解決法のひとつとして計算精度は劣りますが、「簡易計算法」なるものを検討してみました。 また、空間の磁気抵抗(あるいはパーミアンス)の計算方法として古くは仮定磁路法が用いられてきました。 3-3 仮定磁路法 仮定磁路法は、「空間の磁路をなるべく実際の磁路に近く且つ計算しやすい形」に仮定して計算を行うもので、その1例を下記に記します。 以後の記述では、磁気抵抗はパーミアンスの逆数と読み替えてください。 計算式の元になるのは次の方程式です。 この方法では空間磁路のパーミアンスを5つの形に分けて計算します。 図2 d t t P2 P1 P3 図2は図1を横から見た時の断面図です。 N S 図1 d
仮定磁路法では計算を容易にするため、空間を通る磁束の道(磁路)を5つの形になると仮定して計算します。 図1を横から見ると図2のようにN極とS極が間隔dで向かい合っています。 1)この時図2のP1の部分にはN極からS極にまっすぐに向かう磁束が発生していると考えます。この磁路は図3に示すように長方形になります。この部分のパーミアンスをp1とします。(図3) 2)P2部分に磁極の辺からの半円形のかまぼこ形磁路を考えこの部分のパーミアンスをp2とします。 (図4) (実際の磁路では強磁性体の点や線の部分から磁束が出て広がることはありませんが、仮定磁路法では計算を楽にするためこのような磁路を仮定します) 3)その外側のP3の部分に中空かまぼこ形磁路があると考え、この部分のパーミアンスをp3とします。(図5) 4)極の高さの辺と奥行きの辺のかまぼこ形磁路の角部には、球を1/4にした形の磁路があると考えこの部分のパーミアンスをp4とします。(図6) 5)中空かまぼこ形磁路P3の角部には中空の球を1/4にした形の磁路があると考え、この部分のパーミアンスをp5とします。(図7) この5つの磁路の形状は図1の場合のもので、磁極の形状が異なる場合には、この5つの形状の磁路を基本に空間磁路を考えます。 簡単な磁路計算の例として図1の円形平板型電磁石の場合を取り上げます。 永久磁石については「永久磁石を使用した磁力応用工具の設計」を参照してください。
図8は磁石で直径がDで高さがHの磁石でワークを吸引している状態を説明するためのもので、左側は磁石の吸引面を、右側は横から見た時の断面を表しています。 この磁石は主極、側板、底板、と呼ばれる継鉄部とコイルで構成されており、吸引面とワークの間には長さGのギャップがあるとします。 この状態でコイルに電流を流すと矢印の方向に磁束が発生します。 磁束の通る道を磁路といいます。 磁気回路では継鉄部と空気の透磁率にあまり差がないため磁束の主な通路(主磁路)を通る磁束以外の磁束の流れを考える必要があり、この磁束を漏洩磁束と呼びます。 磁路を磁束の流れに直角な面で切った時の断面を磁路断面、磁路断面の面積を磁路断面積といいます。 4-1 吸引面の面積 この場合、最も簡単な概略計算では、先ず主極の吸引面の面積と側板の吸飲面積を等しいと仮定し、式(6)より主極の吸引面積を求めます。 このSgは、主極部の面積と側板部の面積を合わせたものになります。 主極の吸引面の面積と側板の吸飲面積が等しい場合、主極部の吸引面の面積は式(13)で求めた値の1/2になります。
主極部の面積と側板部の面積が異なる場合は、先ず主極部について主極部の磁束密度と吸引面積を式(2)に代入して主極部の吸引力F1を求め、次に側板部の磁束密度と吸引面積を式(2)に代入して側板部の吸引力F2を求めたとき、磁石の吸引力Fは、F=F1+F2 となります。 漏洩磁束がないと仮定すると、 主極部の磁束密度×主極部の磁束密度=側板部の磁束密度×側板部の磁束密度 となります。 (実際の漏洩磁束は、側板の部分のほうが大きくなります。) 4-2 必要な起磁力 磁束密度と磁界の強さの間には方程式(17)が成立します。 Bg:磁束密度[T] μ:透磁率 H:磁界の強さ[A/m] 必要な起磁力Vmは、空気中の透磁率がμ0なので 設計時の起磁力は継鉄部分の磁気抵抗を考慮して、この値に1.2程度の値を乗じた値とします。 4-3 コイルとコイルスペース コイル設計の詳細については、電磁石の設計を参照してください。 コイルの設計は、温度上昇を考慮して、「電線の電流密度を暫定的に定め、コイルの総断面積、コイルスペースを暫定的に決め、製作した品物で温度上昇を確認する。」という方法を用います。 メーカーでは、多くの品物についてのデータがあるのでそれらのデータを基に設計が行われます。 リフマグの場合は、コイルに使用する線によって最大コイル温度が決められています。 コイルの温度上昇は放熱と消費電力で決まりますが、放熱は電磁石の形状や大きさで異なります。 これについては経験によるところが大きいというのが現状です。 AIV線を使用する場合の概略計算では、暫定的に電流密度を2 [A/mm2]程度として起磁力Vmからコイルの総断面積Sacを求めます。 この値を基準に製作し、実測結果で補正すると方法も用いられています。 コイルスペースとは、図1でコイルの入っている部分の断面をいいますが、この部分の断面積をSpとし としてコイルスペースを求めます。 この時、kの値はコイルの固定方法や、製作技術によりますが、通常0.5〜0.6程度の値となります。
予断ですがおもしろい動きをする磁石を紹介します。 と言っても、特別に変わった磁石ではなく、図9に示すように馬蹄形の磁石をほんの少し変形した単純な磁石(図9参照)です。
この磁石は表面が凸凹した熱間圧延鋼材(図9のワーク)の凸部の先端を吸引して運んだり、側面を吸引してコイルの電流をコントロールしながらホイストを操作してワークを反転させるために製作されたものです。 この磁石のおもしろさは、磁石を鎖などで吊って自由に動けるようにしておき、磁石をワークの凸部に近づけ、コイルに電流を流すと、吸引力がその付近で最大となるような位置に磁石が勝手に移動するような力が働くことです。 この理由は「エネルギー最小原理」によるものです。 磁力応用工具には、吸引力を利用するものと、「フローター」のように反発力を利用するものがあります。 「エネルギー最小原理」によれば力が吸引になるか反発になるかという問題は、、ものが動くことによって、エネルギーが減少するのか、増大するのかということになります。 この磁石では、磁石の吸引面とワークの接触面積が小さくなりますが、磁束は空間を通るので起磁力を大きくすることで実質上の吸引面積を大きくでき、比較的大きな吸引力を得ることもできます。 注意点は、磁石の継鉄部はもちろんですが、ワークもまた磁路の一部になりますにで、ワークにできる磁路の磁束密度があまり大きくならないよう(磁気飽和しないよう)にする必要があります。 脱磁器は、交番磁界発生器ですのでインダクタンスの計算が必要です。 電磁石もまた、大きなインダクタンスですので、サージエネルギーや、電流の立ち上がり時定数を考える場合には、インダクタンスの計算が必要になります。 L:インダクタンス P:パーミアンス N:コイルの巻数 インダクタンスは、磁路のパーミアンスにコイルの巻数の2乗を乗じたもの{式(21)}となります。 パーミアンスは、仮定磁路法や有限要素法で求められます。 磁気回路の計算に必要な方程式は、数も少なく空気や油や熱といった流体の計算に用いられる方程式や力学の初歩的で基礎的なものと共通のように思われます。 もっとも自然の現象なのですから当たり前なのかもしれません。 私は、愚かにもこのことに気づきませんでした。 とはいっても最近やっとそのように考えるようになったばかりで、本当のところはまだ分かりません。 方程式を何回も眺めていると、方程式の意味について新しい発見があることもあります。 これは、私が鈍い所為かも知れませんが--------------- 磁力応用工具の計算は、一見つまらないもののように見えますが、他のものと共通する事柄や基礎となる事柄も多いと思われますので、ぜひ挑戦してみてください。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||