平塚(根坂間・万田・高根・真土)の古墳と横穴墓
根坂間横穴墓群 (平塚市根坂間)
墳形 : 横穴墓群
規模 :
築造 : 6世紀後半〜8世紀前半
28基。
全体で数基が見られる。
日向岡トンネルの坂間側入口のすぐ上の斜面。
六鈴釧(ろくれいくしろ、6個の鈴がついた腕輪)・直刀など出土。
第1地点(写真)=宝珠院のお堂のすぐ上の道路際。
第2地点=清水学園付属幼稚園へ下りる階段脇の塀の向こう側。
第3地点=墓地造成のため消滅。復元高80pの大甕が前庭部(横穴入口前)から出土し、墓前祭祀が行われたことがわかる。長台形で奥行11mの大きな横穴もあった。
万田八重窪横穴墓群 (平塚市万田)
規模 :
築造 : 7世紀前葉〜中葉
56基。2つの群に分かれ、進和学園の方のは7世紀前葉から、貯水池の方のは7世紀中葉からの築造。進和学園の門の外の駐車場の際に3基。その奥の市教委の説明板の裏に2基。
崖面には多くの横穴があるようだが、埋没が進み見るのは難しい。
進和学園職業補導室裏の竹林・椎茸栽培場のところに8基。進和学園にことわれば見学可能。アーチ形で前壁のあるものと、前壁がなく高棺座を備えたものがある。中に入れる。
小向バス停から徒歩10分。バス停のすぐ北のガードレールのある道路を入り、栗原機工を左折、湘南平への道標に従って坂を登る。
高根横穴墓群 (平塚市高根)
墳形 : 横穴墓
規模 :
築造 : 7世紀中葉〜8世紀初頭
26基。金銅製馬具(杏葉<ぎょうよう>・雲珠<うず>・鞍金具など)・金環・切子玉・勾玉など出土。
「下山下公民館入口」交差点の真ん前の個人宅の裏山(私有地)にある。草の状態によるが、7〜11基確認可能。墓地の上の段に集中している。
登り道を上がった一番手前(写真)のはアーチ形天井で、奥壁部分に130pほどの高棺座がある。掘りが芸術的に綺麗だ。
この個人宅は応答がないことが多く、見せていただくことが難しい場合がある。
真土大塚山古墳 (平塚市真土)
墳形 : 前方後方墳(推定)(消滅)
規模 : 約43m、高さ6m(推定)
築造 : 古墳時代前期(4世紀中頃〜末)
三角縁神獣鏡を出土したことで有名。
南関東最古の古墳の一つだが、工場の敷地となり消滅した。
真土小学校の南側、古墳のあった場所のすぐ北側に、墳丘をイメージした「真土大塚山公園」(写真)がある。
墳形不明。前方後円墳とされていたが、近年、前方後方墳(推定全長約43m、高さ6m)と考えられている。
木棺直葬と粘土槨の二つの埋葬施設があったと推定される。古墳時代前期(4世紀中頃〜末)の築造。
三角縁神獣鏡(22p)・変形四獣鏡・巴形銅器・銅鏃・水晶製勾玉など豊富な遺物が出土。
真土大塚山古墳出土の三角縁四神二獣鏡
(写真は『相武国の古墳』平塚市博物館2001刊より)
神奈川県からは三角縁(さんかくぶち)神獣鏡が2面出土している。
川崎市の白山古墳(消滅)と真土大塚山古墳からである。
三角縁神獣鏡とは、外縁の断面が三角形であることから名付けられたもの。卑弥呼が魏から賜った鏡がこれではないかとされるが、中国では出土していないので、渡来人が製作したとも考えられている。
真土大塚山古墳から出土した三角縁四神二獣鏡と同笵(同じ鋳型から作られた)のものが、京都府椿井(つばい)大塚山古墳・岡山県備前車塚古墳・兵庫県権現山51号墳から出土している。真土大塚山の首長がヤマト王権から鏡を賜ったのではないか、と考えられる。
※国道129号線の東側の大神地区にも小さな古墳がある→『神奈川の古墳散歩』(彩流社刊)



