南足柄の古墳
八幡神社本殿裏古墳 (南足柄市岩原)
規模 : 径35m
築造 : 6世紀前半
大雄山線岩原駅から真西へ600m歩く。社殿によって墳丘を半分削り取られ、石室の一部が露出。2000年2月の調査で周溝が確認され、径35mの円墳と判定された。黄金塚古墳群(20基ほどあったが殆ど消滅)の主墳と考えられ、これを本来は黄金塚と称したらしい。
本殿裏古墳の北西20mの位置に、14×18m、高さ3mの円墳(黄金塚古墳)があったが、道路建設で消滅し、道路脇の民家の塀のそばに記念碑が建っている。ここから、単龍環頭大刀柄頭(たんりゅうかんとうたちつかがしら)という、6世紀前半の、金銅製の立派な大刀の頭部の飾りが出土した。
大塚古墳
(南足柄市塚原)
墳形 : 円墳(南足柄市指定史跡)
規模 : 径10m、高さ2.5m
築造 : 古墳時代後期
大雄山線塚原駅から徒歩20分。富士ゼロックス塚原研修所の真裏の畑の中にある。市の指定史跡で、説明板も用意されている。
小さい古墳だが、墳頂に立つと360度の展望だ。西に箱根の明星ヶ岳、北西にぽっこりとした矢倉岳、南東に足柄平野が開けている。周囲の畑には、茶・みかん・ねぎ・大根・里芋など、さまざまな農作物。墳丘の草は刈り込まれ、芝で覆われたような感じで心地よい。
山神塚古墳 (南足柄市塚原)
墳形 : 円墳
規模 : 径5m、高さ1.5m
築造 : 古墳時代後期
富士ゼロックス塚原研修所の西側の丘陵上。研修所脇の農道を入り、敷地に沿って3分ほど歩き、最初の十字路を左折して40m。芝生の墳丘に山神を祀った小さな石の祠がある。
この山神塚古墳の北西40mのところに大塚古墳がある。
高さ1.5m、径5mほどだが、いびつに変形している。
須恵器・金銅圭頭大刀断欠・鐸(たく)・鉄鏃(てつぞく=鉄のやじり)・金銅鈴・馬具等が出土。遺物は、「丸太の森」にある南足柄市郷土資料館に展示されている。
善能古墳 (南足柄市福泉字善能)
墳形 : 円墳
規模 :
築造 : 古墳時代後期
善能古墳(ぜんのうこふん)。
大雄山駅から足柄峠・地蔵堂へ行く道路の、雨坪バス停と弘西寺バス停の中間に、福泉(ふくせん)公園という児童公園がある。その一角に、上品にチェーンで囲われ、保存されている。大石が10個ほど露出。横穴式石室を備えていたのだろう。
83年の調査では、縄文土器片が出土したが、予想された位置に周溝は確認されなかった。そのためこの古墳は、径20〜30mほどの規模を持つのではないかと考えられている
塚田古墳群 (南足柄市関本)
墳形 : 円墳(消滅)
規模 :
築造 : 6世紀後半
大雄山駅から文化会館・市役所へ登る坂道の一帯にあったが、消滅した。
故赤星直忠氏によって「本県下においてはじめての最優秀墳墓である」と評価された「塚田2号墳」は、文化会館のすぐ下、あべ薬品の駐車場のところにあった。2号墳の出土品は極めて豊富で、挂甲・馬具(鉄製輪鐙など)・須恵器・金銀装環頭大刀・金銅環などで、6世紀後半の首長墓であったと思われる。
すでに墳丘を失い、石室も破壊されていたが、石室規模は幅2m、奥行き5〜6mと推定され、壁の高さは1.2mであった。遺物はすぐ近くの長福寺に展示されており、拝観できる。
塚田古墳群から弘西寺苅畑古墳群に至る狩川の段丘上に、25、6基の古墳が確認されている。



