大磯(城山公園方面)の横穴墓
城山横穴墓群 (大磯町西小磯[県立城山公園内])
墳形 : 横穴墓群
規模 : 20基
築造 : 古墳時代後期
城山(じょうやま)横穴墓群。
大磯駅から二宮方面行きバスで「城山(じょうやま)公園」下車、または徒歩30分。
郷土資料館から登ると、柵囲いされて10基ほど保存されている横穴を見学できる。中には入れないが奥まで見えるものも数基あるので、懐中電灯を持参するとよい。
「横穴古墳群」の標柱のある囲いの中に、右から1号墓〜3号墓。その近くに4号墓があるらしいが埋没。
階段から左手、つまり南側に進むと「城山荘温古之碑」の前に右から5〜7号墓の3基。さらに進むと階段上がり口の角に8〜10号墓の3基。
【1号墓】
羨道と玄室の区別のない末期のタイプ。
奥行き約5m、幅は開口部で2.2m、奥壁で3.6m。奥に行くに従って幅と高さが大きくなり、平明形態は逆台形だ。開口部から焼く2.4mの位置に高さ10pの低棺座がある。
右半分はもとの持ち主の三井家によって改造されており、奥壁もドア状に大きく口を開け、右手斜面まで貫通している。
庄ヶ久保横穴墓群 (大磯町国府本郷)
規模 : 9基
築造 : 古墳時代後期
庄ヶ久保(しょうがくぼ)横穴墓群。中に入れる。線刻画があることで有名。県指定史跡だが、表示はない。
城山公園から1.1q。畑の奥に8基が一列に並び、左から番号がつけられている。2号墓が埋没。
城山公園の駐車場の前の広い道路を北へ行き、信号機のある交差点をそのまま直進する。最初の分かれ道を過ぎて少し行った、左手の畑の奥。農道から30mほどの所。季節によっては作物で見えないので注意。
【1号墓】(右下写真)
天井はアーチ形だが幾分ドーム状。平面形は入口から奥に向かって広がる逆台形。
奥壁の向こうに小さな棺室(奥行き92p、横幅1.5m)があるのでぜひ覗いてみてほしい。
棺室と玄室の間には幅10センチpの溝が切ってあり、棺室を閉じる蓋をはめこんだと推定されている。
【8号墓】(左下写真)
天井はアーチ形、平面形は逆台形。線刻画があり、奥壁には人の顔5つ、左壁にも3つの顔が描かれている。
左壁の中央の人物は冠状のものをかぶり、手足を持つ。これを相摸国分寺か小田原の千代廃寺で見た三尊像を写したものとする解釈があるが、断定できない。
堂後下横穴墓群 (大磯町国府本郷)
墳形 : 横穴墓群
規模 : 17基(消滅)
築造 : 古墳時代後期
堂後下(どうごした)横穴墓群。
城山公園の駐車場から北へ行ったところの交差点(直進すると庄ヶ久保横穴)を右折してすぐの、運動公園の駐車場の所にあった。残念なことに、駐車場建設に際して消滅。
右の写真(2001年9月撮影)のようにりっぱな横穴であったが、まるまる削平されて駐車場となってしまった(下写真=2002年1月2日、箱根駅伝の日撮影)。
もともと13基あり、1999年11月運動公園建設に際して新たに4基発見。
4基のうち3基が横長(奥行き3mに対し、幅3.5m)の玄室という、ちょっと珍しいものだった。しかも同じ寸法で掘られているのは、専門集団が一定のマニュアルに従って作業したからと考えられる。

たれこ谷戸西横穴墓群 (大磯町虫窪)
墳形 : 横穴墓群
規模 : 28基
築造 : 古墳時代後期
28基。県指定史跡。下段の7基と、足場は悪いがその上の段の3基は確認できる。
虫窪方面行きバスで「下田」下車、農家の方へ行く。「環境美化センター」の敷地内に入り、一番奥のプレハブ倉庫の際から上がってすぐ。虫のいない冬訪れることをお勧めする。
一番手前の14号墓は「穴寺」と呼ばれ、江戸時代は参詣人で賑わったと伝える。今でも中に入ることができる。奥壁に掘りくぼめた龕(がん)があり、如来像が彫られている(江戸時代のものだろう)。
もう一つの見ものは、天井にある20本ほどの肋骨状の隆線で、恐竜の骨を思わせる。天井はアーチ形、平面形は逆台形で、玄室と羨道の区別はない。



