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二宮・中井の横穴墓

古屋敷横穴墓群  (二宮町川勾)

墳形 : 横穴墓群
規模 : 46基
築造 : 古墳時代後期

天井形態はアーチ形(蒲鉾形)がほとんど。20基ほどを確認できる。
中に入れるものも1基(天井形態はドーム形)ある。

二宮駅南口から国府津行きバスで「押切坂上」下車、二宮・川勾神社(かわわじんじゃ)をめざす。二宮西中学の南150mの交差点を釜野方面へ曲がり、50m先の農道を入る。標柱あり。農家の裏山にあるので、見学には許可が必要。



倉上横穴墓群  (二宮町山西)

墳形 : 横穴墓群
規模 : 18基
築造 : 7世紀前半・中葉

二宮で一番見栄えのする横穴墓。
町民運動場の建設工事により西支群の9基が失われ、東支群の10〜18号墓の9基が現存。
7世紀前半・中葉以降の築造。直刀・刀子・金銅環・小玉・須恵器など出土。

町民運動場の一番下の駐車場の奥、地面よりやや下の位置に網で覆われた1基(11号墓)。
見上げると数メートル上に10号墓。
12〜18号墓は11号墓の右手の崖面にあるので、斜面を下りる。

現存9基はすべてアーチ形の天井を持ち、玄室と羨道の区別のない形式で、平面形は逆台形。
16号墓・18号墓は壁面が綺麗に整形されている。18号墓には排水溝あり。
写真は左から14〜18号墓の5基。



釜野八重窪横穴墓群  (二宮町釜野)

墳形 : 横穴墓群
規模 : 11基
築造 : 古墳時代後期

11基を確認できる。構造の大きなものが多い。
現在も墓域として利用されているので、立ち入りには注意が必要。
江戸時代には開口しており、寛文年間(1670年頃)の紀年銘のある墓碑が安置されているものもある。

研究史的には早くから知られ、1887年(明治20年)の踏査によって14基が紹介された



大日ヶ窪横穴墓群  (二宮町緑が丘3丁目)

墳形 : 横穴墓群
規模 : 33基
築造 : 7世紀前半〜8世紀

大日ヶ窪(だいにちがくぼ)横穴墓群。
湘南緑が丘住宅地の古墳公園にある。
33基(右斜面9基、左斜面24基)だが、現在開口するものは右斜面の数基。フェンス越しに確認はできる。26基は覆土保存。

ドーム形天井で前壁のある1基を除き、他はアーチ形天井で平面形態が逆台形。6基に棺座があり、そのうち3基に造り付け石棺があった。
2号墓の例を示せば、棺座の高さは1.4m、石棺の掘り込みは19p。



鶴巻田横穴墓群  (二宮町中里)

墳形 : 横穴墓群
規模 : 15基
築造 : 古墳時代後期

南向き斜面に15基確認。
造り付け石棺のあるもの2基、ドーム形天井を持つもの2基。

東大農学部二宮果樹園の西隣り。小田原厚木道路のすぐ南。道路際に標柱があり、4基開口している。
その奥の民家の斜面にいくつか開口しているが、崩壊や後世の改変によって元の形態を失っている。


雑色横穴墓群  (中井町雑色)

墳形 : 横穴墓群
規模 : 18基
築造 : 8世紀

雑色(ぞうしき)横穴墓群。
18基あるというが、確認できるのは14基ほど。川に向いた南側斜面にはさらに多かったらしい。
築造は8世紀。刀・やじり・須恵器などが確認されている。

中井町役場の西700m。中村川の左岸の山裾。役場から行くと、松本入口バス停の手前を北へ50m入り、左折して400m行く。案内板がある。民家の裏山なので見学には注意が必要。
現在イモ倉として利用している横穴が一番りっぱで、高さ2mほど、前壁がわずかに残り、天井形態はアーチ形。


中井町には、雑色横穴墓群以外に、比奈窪中屋敷(2002年調査)・上岩井戸・比奈窪・下藤沢・藤沢木梨山・藤沢松葉・うわなくち・公所横穴墓群があるが、状態がよくない。

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