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水戸市立小学校の30歳代の女性教諭が、担任する学級で給食費や教材費の集金などについて、児童1人を名指しして、「何か月か払っていない。1万円余り滞納している」などと発言していたことがわかったそうだ。保護者からの指摘を受け、女性教諭は不適切な対応だったとして、この児童と学級の児童全員に謝罪した(読売新聞2月9日)。
小学生時代は、沖縄だった。5歳ぐらいの頃までは、道を水牛が歩いていたから、全体として貧しかった。クラスの3割ぐらいの生徒は、給食費を滞納したり、給食費保護を受けていた。なぜ知っているかというと、先生が、「給食費を滞納している子は誰?」と言って、生徒に挙手させていたからだ。「あっ、あいつも滞納してる。おうちが貧乏だからなぁ・・」などと、子供心に思ったものだ。当時は、給食費の袋にお金を入れて、先生に直接渡していた。先生は、学校に徴収した給食費を納入すると、空になった給食袋を生徒たちに返して、来月にはまた各家庭で給食費を入れて先生に提出することになっていた。
小学校3年生ぐらいだったと思うが、誰かの給食費が盗まれた。学校に給食費を持ってきて、帰りのホームルームの時に先生に提出するつもりで、机の中に入れていたところを盗まれたようだ。先生は、クラス全員に対して、「盗んだ子は、正直に手を上げるように」と命じた。誰も手を上げない。重く苦しい空気が流れた。すると先生は、教壇の上の箱を指差して、「これはウソ発見器です。どんなウソでも見破ります。今度正直に手を上げなかったら、全員をウソ発見器で調べます」と強い調子で言った。
今の子どもだったら騙されないだろうが、本土復帰を終えたばかりの沖縄である。私たちは、科学の進歩に驚愕し、犯人はお縄を免れないだろうと確信した。恐怖のまなざしで、ウソ発見器を見つめる生徒たちを見回して、先生は、「これが最後のチャンスです。今ならまだ赦してあげます。全員目をつぶって。さぁ、盗んだ子は手を上げて!」。私たちが、薄目を開けていたことは言うまでもない。クラスの貧乏だった子が、バツの悪そうに手を上げた。
下校の途中、友だちと、「やっぱりあいつだったか。そうじゃないかと思っていたよ」などとおしゃべりしながら帰宅した。子どもというのは忘れっぽく、翌日には給食費盗難事件などなかったかのように遊んだ。子どもたちは、親に学校でこんな事件があったことを話したと思うが、保護者が問題にすることはなかった。この事件以来、2度と給食費盗難事件が繰り返されることはなかった。盗んだ子がいじめられることもなかった。罰を受けたことで、みそぎは済んだのだ。
さて、今回の水戸市の事件。小生には、なぜ先生が謝罪しなければいけないのか、サッパリ理解できない。同市教委は「滞納がある場合は、児童に直接伝えるのではなく、保護者に文書で通知するなどの配慮が必要。再発防止を徹底していく」としていると話しているらしいが、児童に直接伝えて何が悪い?
児童が教室で恥ずかしい思いをして、家庭で「お母さん、恥ずかしいから早く払ってよ!」と懇願する一言こそが、なにより親に親の自覚を強く促し、責任感を取り戻させる最高の矯正法ではなかろうか?それに、社会的義務を果たすことがいかに重要であるかを児童に教える最高の教育的機会である。一度は恥ずかしい思いをすることによって、児童は将来の社会生活に準備する上で、最高の教訓を学ぶのだ。しかも、児童全員に謝罪させるとは何事か!謝罪すべきは、給食費を滞納している親である。これでは、本末転倒だ。
先生は、「何か月か払っていない。1万円余り滞納している」と指摘したそうだが、何ヶ月で1万円ということは、1ヶ月3千円ほどの給食費である。払えないわけないだろう。児童が、親の反社会性を知り、親を反面教師として、立派に育つチャンスでもある。日本の教育が再生されるのは、ずいぶん遠い将来になりそうだ。
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