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最近愉快な新聞連載といえば、イチオシはやっぱり、産経新聞の『溶けゆく日本人』だろう。どんなに劣等感が強い人でも、これを読めば、「下には下がいるもんだ・・。自分はマシな人間だったんだ・・」と納得するにちがいない。
自分の周囲に、この連載で紹介されるような「溶けゆく日本人」を見かけたことがなかったので、ごくごく少数の人たちかと思ったら、最近、小生自身も目撃してしまった。子どもがレストランで周囲に迷惑かけまくっているのに、涼しい顔で愛児を見守る母親・・。母親の愛に満ちた眼差しと、その眼差しの先で暴れる迷惑千万なガキ、このコントラストが絶妙だった。
▽履修ミスをした学生の親からの「息子のために(履修を)やり直せないのか」という懇願
▽宿題のリポートを自宅に忘れた学生の親からの「ファクスするから子供に渡してほしい」との連絡
▽「風邪をひいて休むから教授に伝えてくれ」という依頼−。すべて、大学関係者が実際に見聞きした例だ。
1930年のスペインに、「溶けゆく日本人」の出現を予測した予言者がいた。この予言者・オルテガは、「溶けゆく人種」を「大衆」と呼んだ。オルテガによれば、大衆とは、「自分たちの役割は、断固として要求することにのみあると信じる」 人種である。
▽ある機械販売会社に勤める20代の女性社員は、あまりに仕事の進みが遅く、ミスも多かったため、上司から時間の使い方を注意された。
「親にさえ叱(しか)られたことがない」
女性社員は急に怒り出し、翌日から出社しなくなった。「本人が辞めたいと言っていますので…」。数日後、会社に電話してきたのは母親だった。「学校を休むのと勘違いしている」(田北さん)。結局、本人からは何の挨拶(あいさつ)もなく、備品の返却や必要な退職手続きは、すべて母親が“代行”した。
オルテガによれば、溶けゆく人種の心を見るに際し、子どもの心理を軸として眺めれば、誤ることはないそうだ。彼らは甘やかされて育ってきた。「誰かを甘やかすというのは、彼の欲望に何の制限も加えないこと、自分には一切のことが許されており、なんの義務も課せられないという印象を彼に与えることである」だと、オルテガは云う。
▽「教室が寒いと言っているので、室温を調節してください」。芝浦工業大学(東京)人事課の山下修さんは、この時期特有の苦情に、もうすっかり慣れてしまったという。受験生の母親が入試の真っ最中に掛けてくる電話だ。受験生が休み時間に携帯電話で母親に知らせ、母親が大学に連絡してくる。
▽「特別教室で試験を受けさせてやってくれないですか」。複数の大学で職員を務めた女子栄養大学(東京)広報部長の染谷忠彦さんは、受験生の母親からそんな電話を受けたことがある。理由を耳にし仰天した。「うちの子は集団が苦手だから…」−。
溶けゆく人種は、「理由を示して相手を説得することをせず、ただ自分の意見を断固として強制しようとする人間のタイプである」とも、オルテガはつけ加える。しかも、「彼らは意見を主張しようとするが、あらゆる意見の主張のための条件と前提を認めようとしない」そうである。
オルテガが云うように、規則のないところに、文化は存在しない。「規則が存在しない」とは、最も厳密な意味での野蛮である。溶けゆく日本人の特徴とは、規則に対する不従順である。オルテガの言葉を借りれば、「現在われわれが分析している人間は、自分以外のいかなる審判にも自分をゆだねないことに慣れている」種類の日本人であり、したがって、「いかなる面においても、指導されることのできないものである」。つまり、打つ手なしと言うわけだ。 もう1つ、オルテガの『大衆の反逆』から引用。
「彼らの最大の関心ごとは自分の安楽な生活でありながら、その実、その安楽な生活の根拠には連帯責任を感じていないのである」
最悪・・・・。こんな人たちと同じ社会で生きていくのは、シンドイですね・・・・。
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