Ethical Experiment

時評

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弱者は、自分を傷つける

 小生にとって、外傷性記憶とルサンチマンを考える具体的ヒントを与えてくれる民族として、現代の韓国社会は非常に興味深い。今回取り上げるニュースも、韓国らしさに満ちている。

【独島は韓国領、津島も韓国領】(朝鮮日報 2007年3月19日)

 市民団体「活貧(ファルビン)団」(洪貞植〈ホン・ジョンシク〉団長)は「愛国社会団体らと連帯し、釜山からわずか50キロしか離れていない失われた韓国領土・対馬の“奪還国民運動”を展開することを決めた」と発表した。対馬と福岡県の距離は147キロある。

 活貧団は4年前から韓国全土の島嶼(とうしょ)地域を持つ地方自治体を回り、「独島(日本名:竹島)守護運動」を行ってきた。活貧団は18日午後、仁川広域市江華島摩尼山で高麗大学校友会のコギョン山岳会のメンバーらと共にと山開きを行った後、「失われた韓国領・対馬を取り返すキャンペーン」を展開することを明らかにした。

 活貧団によると、世宗1年(1419年)に李従茂(イ・ジョンム)将軍が対馬征伐を行った6月19日までに南海・巨済・珍島・莞島・新安・鬱陵邑など島を抱える地方自治体や道庁所在地・主要都市を回りながらこの運動を全国に広め、8月15日の光復節(日本帝国主義からの解放記念日)には対馬に上陸し太極旗を掲揚した後、対馬が韓国領であることを国内外に宣言する計画だという。

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/03/19
/20070319000045.html

 ルサンチマン(内攻的復讐感情)とは、憤怒の情、病的な傷つきやすさ、復讐したくてもできない非力感、復讐へ向かう欲求と渇望のことである。ニーチェ自身が、ルサンチマンに苦しんだと告白している。ニーチェは、これが有害であると洞察したので、復讐の情や遺恨の情をわが身に厳しく禁じたそうだ。

 ニーチェによれば、ルサンチマンは弱さから生まれたものであるだけに、他の誰にもまして弱い人に有害である。ルサンチマンに特徴的な症状は、過敏さとトラウマである。ルサンチマンの人は、何一つとして過去を振り捨ててしまうことができない。何一つとして、過去を終わりにしてしまうことができない。何一つとして、突き返すことができない。傷ついて過敏なので、何かを体験すると必ず胸の奥に深く突き刺さるし、常に反応が過敏である。したがって、反応は常に非現実的である。想い出は、いつまでも膿んだ生傷のままである。何をやっても、自分が傷ついてしまう(『この人を見よ』)。

 精神科医の中井久夫氏は、外傷性記憶障害者の一例として、ヒステリー性結婚を挙げている。この種の女性は、性被害者である場合が多いそうだが、性を権力の道具として、夫を支配し復讐しようとするそうだ。この種の女性は、不幸な陰を背負っているので、彼女に同情して男性側が、「同情結婚」するケースが多いという。しかし、結婚して、同情する夫が性的に迫れば「不潔」と退け、遠ざかっていると「冷たい」と罵ることによって、夫の立つ瀬をなくし、意のままに支配しようとする。妻の行動は、加害者との同一視による外傷の再演だろうか? 中井氏は、幻想的復讐を初め、こういう被害者側の行為は、「外傷の治癒に寄与せず、むしろ化膿をひどくするからこそ、強迫的反復が起こるのだろう」と論じている。

 つまり、ルサンチマンは、被害者・弱者であることを武器に復讐しようと渇望する衝動である。しかし、ニーチェが云うように、
「弱さのうちでなされるすべてのものは、失敗する」
 被害者意識が強迫的に反復して、ますます傷は膿み、何一つとして過去を振り捨ててしまうことができない。本当は、強者として相手に復讐したいのに、被害者の立場を利用して復讐しようとするので、ますます弱者になってしまうのだ。それがさらに、ルサンチマンを生む。ニーチェ曰く、弱者はおのれ自身を傷つける、これこそ、デカダンスの典型であるだそうだ

 ニーチェは、「弱者の衛生学」と題して、ルサンチマン人間に、自衛の処方箋を記している。ルサンチマンは過敏症なので、けっして反応してはならないとき、最も敏速に、最も盲目的反応してしまう。そもそも、反応しようものなら、たちまち弱い自分をさらに消耗してしまうのに・・・。しかし、刺激に対する強迫的反応こそ、まさにルサンチマンなのだ。こういうルサンチマンにとって、唯一の治療法は、「ロシア的宿命主義」、つまり冬眠した熊のように、もう一切何事にも反応しない態度である。

 サッカーの応援にしても、領土問題にしても、歴史問題にしても、韓国社会の反応ほど、ルサンチマンを注解してくれる事例は、なかなか見当たらない。まさに外傷性記憶障害によるヒステリー結婚の妻のように、復讐による支配の渇望が、さらに古傷の化膿を悪化させている。
 ニーチェは、ニヒリストの定義をこう記している。
「あるがままの世界については、それはあるべきではなかったと判断し、またあるべき世界については、それは現存していないと判断する人間のことである」

 韓国社会の日本に対する反応を、この定義から眺めるとまず誤ることはない。謝罪、反省、歪曲という常套句を、この定義に挿入するとピッタリする。もう一度、ニーチェのルサンチマンから引用。
弱者はおのれ自身を傷つける

 例えて言えば、まだ乾ききっていないカサブタを、自分で剥がすようなものである。それを強迫的に反復する。したがって、傷は常に膿んだまま。剥がさないで、元の皮膚に戻るまでじっと我慢すれば治るのに・・・。

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