Welcome to my column
バージニア工科大学で起きた32人虐殺の悲劇・・・。犯人がテレビ局に郵送したビデオは、犯人の異常さを反映していた。自分の中の矛盾・葛藤・対立は、常に外界に投影されて、自己の問題が外界に投影された対象を物理的に抹殺することで、自己の葛藤に決着をつけようとするパターンが繰り返されるのは、旧約聖書のカインとアベルの殺人物語が示す通りなのだろう。というか、これが極悪犯罪の普遍的構造だと思う。自分の中の矛盾・葛藤・対立に、どれだけ耐えられるかが、犯罪者と一般人を区別する分水嶺なのでは・・。小生の云う「人格の統合こそが、道徳の根本だ」というのは、こういう意味です・・。ニーチェの代弁者・ツァラトストラの言葉が、今回の狂気を言い表しているように思うので、それを引用して今回はお終い。
「彼のごとき、かかる人間とはそもそも何者であるのか? それは、精神を通じて外の世界に掴みかかるところの、病患の堆積である。かくして、それは外界に餌食を求めて食いあらす。彼のごとき、かかる人間とはそもそも何であるのか? それは群がって争いやまぬ蛇の魂である。蛇は、外の世界に抜けいでて、そこに餌食を求めて食い荒らす。現代において悪とせられる悪は、現代の病める者を襲う。ここに、彼はおのれを苦しめるところのものをもって、他人を苦しめんと襲う」。
多くの犯罪は、被害者意識から始まる。被害者意識に怒る人が、加害者になる場合が多いんですね。長崎市長の殺害者も・・。
Copyright © 2007 現代倫理のパフォーマンス研究会 all Right Reserved.