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光市母子殺害事件の「人権派」弁護団が、「死後の姦淫は、被告が死者を生き返らせようとしてやったこと」と主張したことが、国民の失笑と怒りを引き起こしたことは、よく知られている。弁護団は加えて、「被告は贖罪の念を表し、生きて償おうとしている」と主張、更生の可能性を考慮して死刑回避を求めている。
贖罪の念と更生の可能性が裁判の量刑に影響を与えることになったのは、明治41年、現行刑法の施行以降だと思われる。時の司法大臣は、この刑法の運用に関して、「改正刑法の主眼とするところは、犯人の性格に鑑みて刑を量定するにあり」と指示を出した。『狂気と犯罪』の著者・芹沢一也氏によれば、江戸時代の刑事裁判が関心を寄せていたのは、ただ犯罪という事実だけだった。そこで問われたのは、「おまえは、どういう犯罪を犯したのか?」だけであった。明治以降、刑事裁判は、「犯人の性格を鑑みて」決定されることになったので、そこでの問いは、「犯罪を行ったおまえは、何者か?」となったそうだ。これを人格主義というそうだ。江戸時代の知らなかったもの、つまり「犯罪者」の誕生である。
犯した犯罪に対して刑罰を体に加える「身体刑」は廃止され、新たに懲役刑が施行された。江戸時代の人々は、犯した犯罪の重さに従って、懲役の長さが決まる刑罰観念を知らなかった。時間を拘束することが新たに刑罰となったのだ。では、時間の拘束によって、刑法は何を目指すようになったのか? それは、犯罪者の矯正である。「犯罪者の矯正」、これが近代日本の曙とともに始まった新たな実験であったのだ。犯罪者が矯正できる可能性を、どうやって計るのか? 答えは、懺悔と後悔の念である。しかし、懺悔と後悔という極めて主観的な念を、裁判官はどうやって計るのだろうか?
近代刑法の人格主義は、「犯罪者は矯正可能である」という公理に基づいている。こういう発想が可能な人間とは、「教育によって、思い通りの人間を作ることができる」と信じる教育者や、「最新の育児法によって、子供を思い通りの人間に育てることができる」と信じる親のように、
バカである。
さて、ペトラシェフスキー事件で逮捕され、シベリヤ流刑を処せられたドストエフスキーは、その体験を『死の家の記録』という本に著した。犯罪者の心理を鋭い観察と正確な描写によって書いたこの傑作を、ニーチェほどの人物が、「ドストエフスキーこそ、私が何ものかを学びえた唯一の心理学者である。私の生涯の最も美しい幸運に属する」と賞賛したほどである。この偉大な心理家ドストエフスキーは、極めて冷静に、「犯罪者は自分のしたことをまったく悪いと考えず、刑を受けるのも当たり前と考えることはまずないと言っていい」と観察している。4年間の服役生活の中で、ドストエフスキーは、囚人たちに
良心の呵責というものを認めたことがなかった。
犯罪者たちは、下された刑罰を不幸な運命の偶然と考えるものだそうだ。
私たちは、いまだに犯罪者の心理というものを知らない。根拠のない願望と幻想があるのみである。被害者の遺族たちは、「被告が犯した罪を悔いて、反省しながら生涯をかけて償って欲しい」とコメントする。感情的には分からないでもないが、果たして現実的な要求だろうか? 弁護士たちは、後悔の念を根拠に減刑を要求し、裁判官も後悔の念を元に更生可能と判断する。現代刑法の人格主義に、現実的な根拠はあるのだろうか?
たしかにある種の犯罪者は悔いる。交通事故などの不慮の加害については。しかし、彼らでさえ、自分の不注意で被害者に降りかかった不幸を悔いるだけで、必ずしも「罪」を悔いるわけではない。福音書には、罪人の懺悔と改心の物語に満ちているが、それは彼らがキリストに出会ったからであって、「死後の姦淫は、被告が死者を生き返らせようとしてやったこと」などと主張するおバカな人権派弁護士に聖人の感化力は期待できない。小生は、犯罪者に懺悔の念を期待するなと云っているのではない。そういう美しい奇跡が起こりうることは否定しない。しかし、それは
奇跡としてだけ期待できるのものではないだろうか?
奇跡だからこそ、それを裁判の量刑の前提にしてはいけないのだ。法ですから。
小生には、江戸時代の人々の方が、近代人よりもずっと現実的な刑法観を持っていた気がするが、いかがなものだろうか?
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