Ethical Experiment

時評

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      感性が増大するほど、不安は増大する


 NHKの『クローズアップ現代』で、『時代を励ました歌 〜ZARD 坂井泉水さんが残したもの〜』が放送された。印象に残ったのは、坂井さんが、闘病中の不安を漏らしたメールである。歌詞で多くのファンを励まし続けた坂井さん自身が、悲痛な死の不安を抱えていたことを示唆しているように思えた。

 二十世紀における東西両横綱といわれる二人の神学者に、興味深い逸話が残っている。カール・バルトはある日の深夜、死の不安に悩まされ、弟子の寝ている部屋のドアを叩いて起こし、「どうすればいい?」と、弟子に真剣に尋ねたという。弟子の答えは、「先生、それはあなたの著作に記されています」というものだったそうだ。パウル・ティリッヒも、友人に死の不安を何度も率直に告白していたという。彼の著作は、死の不安に対するキリスト教的答えだったはずだが。

 バルトとティリッヒの著作は、死の不安に対する勝利のための二十世紀最大の神学的インスピレーションであった。しかし、その著者自身が、人一倍死の不安と苦闘していたというのは、坂井さんの場合にも当てはまるのかもしれない。恋愛小説の作者が、必ずしも恋愛上手ではないように、人生の不安に悩む人々を励まし続けた神学者・歌手が、必ずしも不安を克服した聖者ではないのだ。

 それはなぜか? キルケゴールは、こう書き残している。
感性が増大するほど、不安も増大する。

 坂井さんは、その感性の人並みはずれた鋭さによって、多くの人の励ましになるメッセージを書くことができたが、まさにその感性の鋭さが、死の不安を増大させたのだろう。バルトやティリッヒもまた然りかな・・。人の不安を敏感に察知し、それに相応しい励ましを与えれる人は、自分自身の不安もまた増大する。尾崎豊も、そういう人だったのかな・・・?

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