江都天下祭り研究会・神田倶楽部

天下祭と天王祭

神田明神(現 神田神杜)
創建天平二年(730)伝 現在の御祭神
徳治二年(1307)に蒔宗二世真教上人が平将門公の霊を鎮め(平将門首塚)、
延慶二年(1309)にかたわらの荒れ果てた芝崎村の社に平将門公の霊を合祀し神田明神と名付けた。(神田山日輪寺・芝崎道場)

山王社(現 日枝神社)
創建文明十年(1479)
御祭神・大山咋命。(おおやまくいのみこと)
大山咋命は滋賀県日枝山(比叡山に祀られたのが最初。
文明十年(1479)に、犬田道灌が江戸城中に川越山王社の分霊を勧請しで祀った。

天王社
創建大宝二年(702)伝
御祭神・須佐之男命(祇園牛頭天王:ぎおんごずてんのう) 
神田明神の前身は安房一の宮である安房神杜(館山)の祭神・天太玉命(あめのふとだまのみこと)の后神・天比理乃▲命(あめひとりめのみこと)を祀り
江戸の安房神社であった。(▲:口へんに羊)
天太玉命の后神・天比理乃▲命を祀る洲崎神社(館山)から分霊を勧請して江戸局沢に建てられたのが江戸の州崎明神。
江戸の安房神杜に須佐之男命が合祀された。須佐之男命は仏教の祇園精舎の守護神・祇園午頭天王と神仏集合して祀られるようになった。神田明神の地主神
徳川江戸幕府設立によリ天下普講がはじまリ江戸城拡張にともない慶長八年(1603)芝崎村の神田明神と旧江戸城内の山王社は駿河台鈴木町に移された。
さらに元和二年(1616)神田明神と洲崎明神を現在の湯島台へ移し明神境内に摂杜として須佐之男命ゆかリの三神に分け・江戸の三天王、神田三天王、祇園三社となった。


天王社

一之宮 南伝馬町天王(江戸神杜) 祭神・須佐之男命(俗に大政所)
二之宮 大伝馬町天王 祭神・五男三女(俗に八王子)
三之宮 小舟町天王  祭神・奇稲田姫(俗に本御前).
山王社はこの時、現在の隼町に移され明暦三年(1657)の大火後現在地へ移された。

徳州家は山王社を徳川家の産士神として第一番に大切にされ、第二番目に神田明神を崇敬した。
天王社は、徳川家入府以前の江戸先住民の神として、又神田明神の地主神として人々の崇敬をうけた。

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