電脳ジャズ小説
みみづくさんの投稿作品です。(マスターの都合により、一部編集してあります。)

1998.6.22.UP
1998.9.19改訂


『デュークの置き土産』  byみみづく

電脳ジャズ喫茶では、つねに「夜」が支配している。
ジャズという音楽に夜は不可欠である。
何が起きても、不思議では、ない。

ジャズ喫茶『ラウンド・ミッドナイト』のカウンターのいつもの右端の席に腰掛けたハービーは、ダブルのバーボンを舐めながらぼんやりと1枚のフロッピーディスクを弄んでいた。

「ハービー、そりゃ何だい。ネットで仕入れたエロ画像か?」

店の奥のソファーに寝そべって新聞を読んでいたトニーが声をかける。

「ネット上で仕入れたものには違いないんだけどね。MIDIデータが入っている。友人から送ってもらったやつだ。俺はこいつを別の友人の元へ持っていって、聴かせてやろうと思う」

「で、どんな曲が入ってるんだい。アニメの主題歌か?」

「デューク・エリントンの新曲だ」

酔っ払ってカウンターの左端に突っ伏していたウェインがガバと顔を上げる。
カウンターの内側にいる雇われマスターのロンが、磨いていたグラスを危うく落としそうになる。トニーが口をあんぐりと開き、目を丸くする。
ハービーが言葉を継ぐ。

「・・・ま、膨大な数のレパートリーを誇っていたジャズ界の巨人だ。眠っている未発表曲があったって不思議じゃないよな。しかし、本物かどうかわからん。送ってきた人もどこから回ってきたのかはっきりはわからないらしい。で、俺の知り合いのジャズのアマチュア研究家に聴かせることにしたというわけだ」

「とにかく、聴いてみますか」

「この店じゃMIDIデータが再生できるのかい?」

「ここは電脳ジャズ喫茶ですよ」

ロンがカウンター内のMIDIプレーヤーをセットしながら、静かに微笑む。
ハービーから受け取ったディスクを挿入して、プレイバック。

見事なビッグバンド・サウンドが飛び出した。
おそろしく細かくエディットされている。
これが本当にコンピューターで作り出されたサウンドだろうか。
MIDIチャンネルをフルに使って、デリケートなハーモニーが再現される。
身体が、自然に動く。
名作だ。

「・・・驚いたな」

「ああ、こいつは凄い。本当にデュークの曲かどうかはともかく、完成度が泣けてくるほど高い。こいつを打ち込んだ奴にグラミーあげたいぜ」

「楽譜から打ち込まれたものとは考えにくいな。やはりちゃんとした録音があって、そこからコピーされたものとしか思えん。この躍動感は。いったいどこでその録音を耳にしたか、だよな。これの作者は」

「レコード業界の関係者か、あるいはデュークの身内ってこともあり得る」

「もう一度、聴かせてくれ」

みんな、興奮していた。
何度も繰り返し、再生してみる。
テーマもキャッチーだが、各パートのソロまで忠実に描かれている。

「おい、ここのクラリネットのソロはバーニー・ビガードっぽくないか?」

「ふむ。とすると、やっぱり黄金期の作品か。39年後半から40年代前半。LPでいうと『In a Mellotone』あたりかな」

「そりゃちょっと渋過ぎる。こいつはもっとファンキーだぜ」

ハービーがたまらず店の隅のピアノに駆け寄って、コードを拾い始める。
トニーの足はすでにこの曲のビートをほぼ掴んでいた。
ロンの右手の指はせわしなくカウンターを叩き、ウェインはカウンターの下に潜り込んでケースから愛用のソプラノサックスを引っぱり出そうとしていた。

「ピアノカルテットにアレンジするとしたら、こんな感じかな」

「そうだな。でも、もっと賑やかにやった方がいいんじゃねえか。コードもこう、ぐっと抑えて、締まった感じにした方が合うと思う」

「テーマはハモるかい、それともユニゾン?」

「おい、トニー、気持ちはわかるが走ってるぞ。もっとゆったりやれよ」

「そこのキメのフレーズは、ベースも合わせた方がよろしいですか」

ああでもないこうでもないと意見を交えながら、たちまちアレンジが固まって時ならぬセッションが始まった。
もう、いても立ってもいられない。そんな気持ちが、4人を動かす。
長年一緒にやってきて、嫌というほど気心を知り尽くした仲である。
呼吸の間合いまで何の目配せもなく、ピタリと決まる。

久しぶりに、「熱」を感じていた。
何だろう、この感覚。
汗だくになりながらも、演奏を止める者はいなかった。
ひたすら繰り返す。何度も、何度も。時間を忘れて。

ふいに店のドアが開いた。
ロンが『CLOSED』の札を出しておいたはずなのに。
どこのどいつだ。邪魔をするのは。

入ってきたのは、小柄な黒人だった。
見覚えがある。鋭い眼光。4人の手が止まる。

「・・・たまたま前を通りがかったら、『ノイズ』が聞こえてきたんでつい入ってきちまった。構わず続けてくれ」

「驚きました。まさかこんなところで、貴方にお会いできるとは」

「・・・勝手に飲らせてもらうよ」

闖入者はさっさとカウンターの中に入ってオンザロックをつくり始めた。
さっきとはうって変わって、店内に緊張がみなぎっている。
だが、彼に「続けてくれ」と言われて続けないわけにはいかなかった。
トニーがカウントを打ち、演奏が再び始まる。

黒人は特に熱心に耳を傾けるふうでもなくグラスを傾け、1杯飲みほしてから持ち込んできたケースを開いてメタリックレッドに彩られたトランペットを取り出すと、ベルにミュートをねじ込み、おもむろに吹き始めた。
最初の一音だけで、その個性がみなぎる。

マイルズ・デイヴィス。

この人は、空気を変えてしまう。

うつむき加減に構えた金管楽器から、抑制の効いた『声』が響く。
つぶやきとも叫びともとれる、彼独特の音。
時代が、戻った。「あの」頃に。
他の4人は、あっけなく彼に支配されてしまった。

彼が長いソロを吹き終えたあたりから、さらに次々と客が入り始めた。
しかもその信じられない顔触れ。
狭い店内は、にわかに活気を帯びてくる。
さながら狂騒的なパーティーのようになってしまった。

チェット・ベイカーはどこまでもクールにペットを吹く。
ベニー・グッドマンはあくまでもこの場を仕切ろうと躍起になる。
ライオネル・ハンプトンは粋なヴァイヴで盛り上げる。
チャーリー・パーカーはディジー・ガレスピーと競い合う。
バディ・リッチがうるさいほどに叩きまくる。
ウディ・ハーマンが狂騒的に腰を振る。
ファッツ・ウォーラーがストライドピアノでグイグイと押し出す。
スタン・ゲッツがこの時とばかりにアドリブで吹き倒す。
ビリー・ホリデイがレスター・ヤングと手をつないで入ってくる。
キャブ・キャロウェイはカウンターの上でフラフラと踊っている。
ジャック・ティーガーデンはトロンボーンを振り回してチョー御機嫌。
グレン・ミラーは楽器を質に入れており手持ち無沙汰げである。
ビル・エヴァンズはデリケートに音を選びつつ、割って入る。
バド・パウエルがそれを見てニヤリと笑う。
ビックス・バイダーベックが酒でベロベロになりながら絡む。
ジュリアン・キャノンボール・アダレイはおおらかに包み込む。
エラ・フィッツジェラルドが絶妙のスキャットで切り込んでくる。
サミー・デイヴィス・Jrがそこへさらに追い打ちをかける。
オスカー・ピーターソンはそこに入りたくても入れない。
チャーリー・クリスチャンは帽子を被り直してギターをかき鳴らす。
エリック・ドルフィーはなぜかカウンターで皿を洗っている。
ジェリー・マリガンがバリトンサックスをバリバリと吹きまくる。
ナット・キング・コールは雰囲気に飲まれて立ち往生している。
デクスター・ゴードンは長身を屈めて店内をうろついている。
ルイ・アームストロングはハンカチで口を拭いつつガハハと笑う。
セロニアス・モンクはひたすら我が道を行く。
ジョージ・ガーシュウィンは店内に入れずにウロウロしている。
フランク・シナトラに到っては門前払い。

ジョン・コルトレーンに代わってもらったウェインがやっとカウンターの席に戻ってきた。サックスの吹き過ぎで唇に力が入らない。
ロンはとっくにチャールズ・ミンガスと交代してカウンター内に陣取っている。
トニーはフラフラになったところでさらによぼよぼのアート・ブレイキーに代わってもらった。ハービーは早々にカウント・ベイシーにピアノ席を譲ってグラスをあおっている。

「ん、マイルズはどうした?」

「帰っていったよ。引き留めたんだけど、『俺の役目は終わった』ってさ」

狂乱のジャム・セッションは果てしなく続く。
すでに曲の原形はとどめておらず、各人が好き勝手に演奏し、騒いでいた。

「なあ、あの曲だけど、どう思う?」

「ああ、本物かどうかってことか。・・・俺は、違うと思うよ。いくらデュークでも、洗練され過ぎてる。よーく音を追っていくとわかるがかなり近代的なフレーズが出てくるんだ。到るところに、ね。どこかの音楽大学の学生が、研究の意味も兼ねてデュークの作風を緻密に真似てつくったというのが正解だろう。おそらく。よく出来てはいるがね、実際」

「この錚々たるメンバーの中にデューク本人の姿がないのを見ても明らかだな」

「まったくだ。今、あそこで馬鹿騒ぎしてる奴等も大方はわかってるんじゃないかな。たぶん、きっかけが欲しかったのさ。乱痴気騒ぎをする為の、ね」

「たいていの奴が、悔いを残してこの世を去っていっただろうからな。もうひと暴れしたかったのかもしれん。自分の業績を確認したいが為に」

「そんなとこだろうな・・・さて、俺はそろそろ行かなきゃな。ロン、ディスクのコピーはもう終わったかい?」

ハービーはロンからフロッピーディスクを受け取ると、立ち上がって3人に別れを告げ、延々と続くパーティーをよそにドアに向かって歩き始めた。

そこで、立ち止まった。

入り口に、デュークが立っていた。

 

 ※ この物語は、フィクションです。実在の人名等との関連はありません。

 

 

        参考文献:『Portrait in Jazz ポートレイト・イン・ジャズ』

                    和田誠 村上春樹 著   新潮社刊  

 



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