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 ヤガミの航海日誌

 <登場人物紹介>
 ヤガミ…”お約束”の絢爛舞踏。
 舞踏子…ヒロイン。”ラブコメ”の絢爛舞踏。



 

 1.火星の王子様

 熱でレンズが割れふちがぐにゃぐにゃに歪んだ眼鏡をなでまわしながら、ヤガミは「まいっ たな」とつぶやいた。といっても両手は包帯でぐるぐる巻きなので、棍棒をふたまわり大きくし たような手で眼鏡をつつくだけである。
 火傷の処置のためにイエロージャンパーと黒タートルは切り裂かれてしまい、今は自室で白いカッターシャツを着ている。
 ちょっとした事故で負傷したのだった。被害が手と眼鏡だけだったからよかったものの、今後は自分に何かあったときのためにもっとまめにバックアップをとろうと 思う。
―――脳内メモリの。
 やはり自分も軽率だった。彼女の義体は戦闘用で自分の義体は非戦闘用。
火につっこんだらどちらが先に灰になるかは自明の理だったし、彼女の下敷きに なったりしたら圧死である。
 ヤガミが一人反省会を開いているところへ、身長160センチ体重200キロの小柄な女が駆け込んできた。
「ヤガミの馬鹿っ! 何考えてるのよ!」
 一瞬舞踏子の勢いにおされるかけるヤガミ。「馬鹿とはなんだ」と言いかけて、言葉につまった。
 舞踏子の目に涙が浮かび、コップから水があふれるみたいに、表面張力に耐え切れなくなってまばたきした拍子にボロボロこぼれた。
 椅子に座っていたヤガミに舞踏子が飛びつく。椅子の前方が浮かんで、背もたれから倒れてしまうような浮遊感。ヤガミは慌てて重心を調整し、舞踏子にしがみつくよう手を動かしたが、手が使えないのでひじで舞踏子の胴をはさんだだけだった。
 舞踏子は体を離し、ヤガミの両手を前に持ってきておそるおそる包んだ。
「痛い?」
 涙声の彼女のほうがよっぽど痛々しい。ヤガミは早口で、
「サーラが大げさに処置しただけだ。かすり傷だ」
「でも、あたしの…」
「別にお前をかばったわけじゃない。事故だ」
 舞踏子が消化活動をしているところへ夜明けの船が被弾し、よろけて火へつっこみそうになった。危ない、と注意して彼女の肩をつかんだが引き寄せる力が足らずに、 ヤガミはくるりと彼女と位置を入れ替えて火元へダイブした。慌てて手をついたが、焼けたガラスが手のひらに食い込み泣きたいくらい痛かった。
 舞踏子の手前うなっただけだったが。
「お前の体が重すぎて支えきれなかっただけだ。ちょっと痩せろ。フラフラ消化活動するな」
 舞踏子はびっくりした目でヤガミを見たが、決まり悪そうなヤガミの表情を見て照れ笑いした。
 妙なことになった。そういう勘違いは非常に困る。艦内に噂が立ったら居心地が悪いし、ただの勢いでしたことを勝手に解釈されるのはごめんだ。
「単に、お前が負傷して出撃できなかったら夜明けの船の存亡にかかわるからだ。ひいては世界経済の」
「まぁた難しいこと言う!」
 舞踏子は笑ってヤガミの肩を叩いた。
「ヤガミその手じゃ、何もできないでしょ。どうするの」
 確かに業務に支障が出る。アリアンとしての活動は思考から直接MAKIへ入力できる内容が多いが、飛行長の業務は昔ながらのタッチパネルとキーボード頼りなのだ。
「着替えとか食事とか、あたしが手伝ってあげようか」
 そっちか!
「まさか! 何言ってるんだ」とヤガミは叫んでから、少し強く否定しすぎたかと思いなおす。「いや、それには及ばない。BALLSに頼むから」
 相変わらず希望の戦士は人との距離感がおかしい。
「あたし、世話するの上手なのよ。この間まで看護士だってしてたんだからっ」
 舞踏子はキラキラ意気込んだ瞳で言うが、ヤガミは冷たい半眼でその視線を押し返す。
 看護士をしてたのはもちろん知っている。
 強制人事で軍医長を一緒にやらされたし、いちいち暇つぶしに「診察してください」と言い出すし、彼女はイチイチ下着まで全部脱ごうとするのだ。
 嫁入り前の若い娘が、と言って聞かせても全然聞いていなかった。
「ご飯も全部作ってあげる。えへへ。もうニャンコポンの激マズ料理混ぜないから」
 これも罠だ。
 自分をからかおうとしたってそうはいかない。



*・゜゚・*:.。.:*・゜つづく゚・*:.。..:*・゜゚・*

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