さて。
戦国騒乱の続く時代、布国と俄国という二つの国がありました。
俄国の王、布国の強大なるを悪んでいたが、たまたま
布世子朝于俄都。
布の世子、俄の都に朝す。
布国王の太子が俄国の都に朝見しに来たのであった。
すると、
俄王易布国衣冠郊迎五十里、館于別宮、酌酒上寿。
俄王、布国の衣冠に易え、郊迎すること五十里、別宮に館し、酒を酌みて上寿す。
俄国王は、わざわざ布国風の衣装や冠に着替えて、都を出て郊外で出迎えた。そして離宮に宿泊させ、酒を酌み、その到着を祝った。
布国の太子は対等の礼でもてなされて恐縮し、
避席挙手謝。
席を避け、手を挙げて謝す。
自らの席をはずし、手を挙げる礼をして、王の酌んでくださった酒盃を感謝しつついただいた。
続いて、
復以巨觴觴俄王。
復するに巨觴を以て、俄王に觴す。
お返しに、巨大な盃になみなみと酒を注いで、王に捧げたのであった。
王、まことに喜んで酒杯を仰ぎ、かく宴すること数時、酒たけなわにしてお互いの心も解け合い、二人手をとって廻廊を歩き、庭に出、庭中の楼閣に入り、上階に昇って欄干に寄り添った。
俄王、東の方を指して曰く、
俄前王于六十年前有法之師、而奥与貴国皆有労焉。去年師丹之戦、大功克成、席捲余威震于列国。
俄の前王、六十年前に法の師ありて、奥と貴国みな労あり。去年の師丹の戦にて、大功克成し、席捲して余威列国に震う。
我が国の先の王の時代、もう六十年前になるが、「法」国との戦さがあった際、「奥」国と貴国とはともに大変ご苦労をかけたのでありましたぞ。帰国は昨年の「師丹」の戦さの際に、(法国に)大いに勝ち、その功績大きく、その威力はほかの国々にも広がって、みな驚いているばかりじゃ。
諸王如有事侵略謀併呑者、二国共撃之。用能辺警無聞、与民休息、俾海隅蒼生得享承平之福者、皆賢王之徳、世子之功也。
諸王、もし侵略を事とし、併呑を謀るものあらば、二国ともにこれを撃たん。もって辺警を聞く無からしめ、民と休息し、海隅の蒼生をして承平の福を享くるを得さしめるか、みな賢王の徳、世子の功なり。
諸国の王たちの中に、もしも侵略を行い、他国を併呑しようというものがいたら、我が国と貴国の二国で、これをともに攻撃することにしようではないか。これによって二国の間の境界では事件を起さないようにし、人民を休息させ、すみずみの人民まで平和の幸福を享受しうるようにしてやろうではないか。これは、貴国の賢王の徳として讃えられることとなり、太子よ、あなたの功績として後々まで語り伝えられることですぞ。
と。
太子はへりくだり感謝しつつ言った、
「諸国のうちでも俄国の大なることは論を待ちません。もし、
蒙加恵隣封、共成此志、則受賜多矣。願大王無忘此言。
隣封に恵を加うるを蒙り、ともにこの志を成さば、すなわち受賜多きかな。願わくば大王、言を忘るるなかれ。
隣国である我が国にそのようなおめぐみをかけていただき、おっしゃるようなことをお互いに協力して成し遂げることができれば、本当にありがたい賜り物だといわざるを得ません。おお。お願いでございます、大王さま。今日のこのお言葉をお忘れくださいますな。」
二人は夜の星を見上げながら誓い合い、何度も拝礼しあって、宿舎に引き上げたのであった。
俄王、このようにして、悪しみの心を隠して布国太子の心を摑むことによって、その強大化を抑えたのである。
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以上。とりあえず出典を伏せてみますので、
@ この会話がなされたのは、何年か。(年号でも西暦でも結構です)
A この夜の誓いが破られ、俄国と布国が戦うことになったのは何年後か。
考えてみてくだされ。いや、別に無理にとは申しません。