↑ニンゲンの中にこんなやつがほんとにいたら尊敬するでキーゴけどね。

 

平成20年10月10日(金)  表紙へ  昨日に戻る

あ。今日は10月10日ではありませんか。双十節だ。

ということで、記念にお気に入りのお話をするです。

のころ、蜀の味江山に唐球というひとがいた。家を為さず、俗世間の外に暮らす

方外の士

であったが、詩を書くを好んだ。そして、

為詩拈稿為円、納之大瓢中。

詩を為すに稿を拈(ひね)りて円と為し、これを大瓢の中に納る。

詩を作ると、その原稿を、ぐにゃ、とひねって丸め、ぽい、と大きな瓢箪の中に入れてしまうのであった。

そのまま読み直すことも無ければ他人に読ませることも無い。

かくしているうちに星霜移り、老い衰えて

臨病、投瓢于江。

病に臨んで瓢を江に投ず。

病にかかり自らの死期を悟って、その大瓢箪を長江の流れに投じてしまった。

投じて曰く、

斯文苟不沈没、得者方知吾苦心爾。

斯(こ)の文もし沈没せずんば、得者まさに吾が苦心を知らんのみ。

この詩文(を入れた瓢箪)がもしも江に沈んでしまわず、誰かに拾われることがあったなら、そのひとはわしの苦心のあとを知ってくれることであろうし、拾うひとがいなければそれまでのことじゃ。

「斯文」は「この文」ということですが、論語・子罕篇

子畏於匡。曰、文王既没、文不在茲乎。

子匡に畏る。曰く、文王既に没す、文はここにあらざるか。

先生(孔子)は、亡命の途上、匡(きょう)の地で危険な状況に陥ったことがあった。そのとき、先生はおっしゃった。

「聖人であった周の文王は六百年前に亡くなった。現在では、文明の伝統はこのわしらのところにしかないではないか。

天之将喪斯文也、後死者不得与於斯文也。天之未喪斯文也、匡人其如予何。

天のまさにこの文を喪(ほろ)ぼさんとすれば、後死者はこの文に与るを得ず。天のいまだこの文を喪ぼさざるや、匡ひとそれ予(われ)を如何せん。

おてんとさまがこの文明を滅ぼそうとなさるのなら、わしらより後に死ぬる者はこの文明にかかずらうことができなくなるということじゃぞ。おてんとさまがまだこの文明を滅ぼそうとなさらないのなら、匡の田舎ものどもがわしらをどうこうできるはずがあるまい」

という、ほんとにあったことか伝説だかわかりませんが、美しいとも傲慢ともとれる激しい言葉を思い合わせると、瓢箪を投げ捨てた唐球の自負心も推測できるというものだ。

唐球の投げ捨てた瓢箪は、長江をどぶどぶと流れ続け、やがてはるか下流の新渠という地に流れ着いた。

「ああ、大きな瓢箪が流れ着いたではないか」

とひとびとが珍しがって陸地に引き寄せてみると、中には丸めた紙がたくさん詰まっている。

人民どもは字が読めないので、読書人である某を呼んだ。

某は杖を曳いて岸辺に至ったが、大きな瓢箪の中の紙を一枚取り出してそれを開いて中の文字を読み、また一枚を開いて文字を読み、このように十枚ほどを読んだところで、嗚咽の声をあげた。

「某よ、どうしたのか」

とひとびとが訊ねると、答えて曰く、

唐山人瓢也。

唐山人の瓢なり。

「これは、蜀の唐山人の詩を詰めた瓢箪じゃ」

と。

「嗚咽を上げるような悲しい詩なのか」

と問うと、某はかぶりを振って、

「この瓢箪がここまで流れてきたということは、既に唐山人はこの世を辞したということであろう。わしは生きてそのひとに会うことができなかったことを嘆いて、涙を流しているのである」

と答えたのだった。

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「かっこいい」「しびれる」「あこがれる」

と思うでしょうけど、こんなのどうせ「伝説」だ。と思うのです。この世にはこんなかっこいいひとたちがホントはいたかも知れませんが、いたとしたら逆に後の世に伝わってなどいるはずがない。無視と忘却の狭間に消え行くのみであろうから。わしのように、な。宋・計有光「唐詩紀事」より。

 

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