超古代の聖天子・堯の時代、王倪(おう・げい)なるひとがいた。
後世のひとびとから「師」(先生)と呼ばれる高士たちのひとり、被衣齧缺(ひい・げつけん:齧られ欠けた衣を着たひと、の意)も、この王倪に学んだのであった。
あるとき、齧缺が貧しさに辟易して富貴を求めんとし、
「先生。先生は得をすることと損をすること、すなわち利害について知るところはありますか」
と問うた。すると、王倪は答えて曰く、
「はあ? なんじゃ、それは」
齧缺曰く、
至人固不知利乎。
至人はもとより利を知らざるか。
はあ。至人さま(タオに到達したひと)は、やはり利益とか損害ということは知らないものなのですな。
すると王倪は答えた。
至人神矣。大沢焚而不能熱、河漢汗而不能寒、疾雷破山暴風振海而不能驚。
至人は神なるかな。大沢焚くも熱するあたわず、河漢汗するも寒するあたわず、疾雷山を破り暴風海を振るうもしかも驚かすあたわず。
おい、至人さまというのは神通無碍な方じゃぞ。彼らは、大いなる沼が干上がるほどの火で熱しても熱することができず、黄河や漢水の流量ほどの汗を流しても寒がらせることができず、激しい雷がどかんと落ちて山をも砕き、暴れる強風が海を揺り動かしてもびっくりさせることができない、そんなお方たちじゃ。
「わしなんかとはレベルが違うぞ」
齧缺はこの偉大な師よりも遥かに高いレベルの方々がいることを聞いて、あまりのことに言葉を失ったが、王倪はさらに続けて言う、
若然者乗雲雨騎日月而遊天地之外。死生無与于已而。
しかるがごとき者は雲雨に乗じ日月に騎し天地の外に遊ぶものなり。死生も与(あずか)る無きのみ。
そのような方たちは、雲に乗って雨を降らせ、日や月にまたがって天地の外の無何有の郷に旅することもできるのだ。死ぬ・生きるということさえ、この方たちには関係が無いのだぞ。
況利害之間乎。
況や利害の間をや。
その方たちが、どうして利益と損害の差について認識することがありえようか。
死ぬと生きるとの違いさえ関係無い、というひとたちですから、われわれとは「見えている世界」が全く異なるのでしょう。ああ、その世界は遥かなるかな。齧缺は茫然として三日の間、何も食べず何も飲まず、言葉を発することもなくその場にうずくまっていたという。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これは晋の皇甫謐(こうほ・ひつ)、字・士安の「高士伝」にあるお話でした。(「高士伝」は数年前にテキストとして利用していると思いますが、探すのめんどくさいのでリンクさせてません。)
「ただし、わしの若いころの話しだよ」
と齧缺は言いまして、にやりと笑った。
「まあ、あんまり気にしてはいかん。師匠の王倪はわしをびっくりさせようとしてそのような虚言をなしたまでじゃ」
「なるほど、そりゃ「雲雨に乗じ日月に騎し天地の外に遊ぶ」者なんていませんよね」
とわしが念を押すと、齧缺、口をあんぐり開けまして、
「はあ?」
と驚いたふう。
「おいおい肝冷斎よ、何を言うか。天地風雨は人間の心情とシンクロナイズし、宇宙の向こう側など精神世界ではすぐそこのようなもの。そんなに高いレベルでなくても、例えばわしでもお前などでも、そのレベルにはすぐ達することができる、のに、それが至人という特別なひとにしかできないことのように言うたのが師匠の虚言じゃぞ」
そう言うと、
「じゃあ、またね」
とにやり笑って、ついついつい〜と降りてきた雲にひょひょいとまたがり、わしの目の前で空に舞い上がって行きました。
悔しい。
のですが、さらに悔しいことに、業務たいへんなので明日はこの更新さえ止まる予定。