唐・大和のころ(827〜835)。
少年あり。白面怜悧なれどもその気位高く、ひとを見下す悪癖があった。
その名を温庭筠(おん・ていいん)といい、字は飛卿、太原・并州のひと、元の宰相・温彦博の孫、という貴公子であった。
その性、
敏悟天才、能走筆成万言。
敏悟にして天才、よく筆を走らせて万言を成す。
機敏で理解が速く、天性の才能を持っていて、筆をとっては止まることなく一万字の文書を書いた。
わしは長安城中に彼に出会ったが、そのときもわしの顔を見ると――それが実は親近の表現なのであるが、見る人には蔑みにさえ見える――笑いを唇の端に浮かべ、挨拶代わりに一篇の古体詩(古いスタイルのうた)を歌い聞かせてくれた。
南朝天子射雉時、 南朝の天子 雉を射るのとき、
銀河耿耿星参差。 銀河耿々として星は参差(しんし)たり。
銅壷漏断夢初覚、 銅壷の漏断えて夢は初めて覚め、
宝馬塵高人未知。 宝馬の塵高きもひといまだ知らず。
南朝の帝が雉を射るとき、
銀河はあかあかと輝き、星もきらめく。
あかがねの壷から滴り落ちる水は断えて、夢からようやく覚めるころ、
宝のような馬は塵を高く舞い上げているが、ひとびとはまだそれに気づかない。(「鶏鳴埭歌」)
まるで判じ物のような言葉である。
獅子が烏帽子をかぶるとき からすの頭のねずみは六十 うさぎは三十
みたいでどきどきしますが、
南朝斉の武帝が在位のとき、弓射のことを好んだが、政務に影響を及ぼさないよう夜明け前に出かけて星空の下で狩猟を行い、明け方、鶏の鳴くころには金陵(南京)の鶏鳴埭(けいめいたい)まで戻ってきた、
という故事(「金陵志」にありという)を踏まえて読むと意味がわかってきます。
斉の武帝が夜明け前、雉を射るときには、まだ空には銀河とその他の星がぴかぴかしていた。
この時間、銅の壷から落ちる水の量で時間を計る漏刻(水時計)の水が終わってしまい(夜が終わるのだ)、皇帝一行のすばらしい馬は帰路について砂塵を舞い上げているけれども、ようやく夜明け方ゆえ、ひとびとはやっと夢から覚める時刻で、皇帝たちの通行に気づかない。
ということである。
この詩は、このあと十六行にわたって南朝時代の栄華を歌い、やがて南朝の崩壊を詠嘆して終わる。
彗星払地浪連海、 彗星は地を払いて浪は海に連なり、
戦鼓渡江塵漲天。 戦鼓は江を渡りて塵は天に漲る。
不吉な彗星の尾は大地を払うように低く、江の波は海までも連なるほど荒れている。
不気味な戦陣の太鼓の音は、北から長江を渡って攻め込んできた。見よ、戦塵は空いっぱいに広がっている。
あるいは
殿巣江燕砌生蒿、 殿には江燕巣くい、砌(みぎり)に蒿(よもぎ)生じ、
十二金人霜炯炯。 十二金人 霜炯々(けいけい)。
宮殿には江の向こうから渡ってくる燕が巣をつくり、廊の石階には蓬草が生えている。(南朝の宮は荒れ果てたのだ)
かつて王宮を飾った十二体の黄金の人物像には、誰も払うものがないので霜が降りて、しらじらと光っているのだ。
など、「辞句の華麗、対偶の巧妙、作詩の神速なことは当時及ぶ者がなく、特に七言の楽府は艶麗をきわめ、頽廃的な美しさはたとえようもない。」(福本雅一)と評される面目躍如たるものがある。
その作詩の神速については、
八叉手成八韻、名温八叉。
八たび叉手すれば八韻を成し、名づけて温八叉という。
八回手を交叉させている間に、八連十六行の詩を作ってしまうので、ひとびとは「温八叉」とアダナした。
といわれるし、また音楽を善くし、琴にも笛にも名人であり、
有絃即弾、有孔即吹。
絃あらば即ち弾ぜん、孔あらば即ち吹かん。
糸があったら弾きましょうぞ。孔があったら吹きましょう。
と豪語した。
・・・というたいへんな才子であったのですが・・・。
于嗟。惜しいかな。
薄行無撿幅、与貴冑飲博。
薄行にして撿幅(けんぷく)する無く、貴冑と飲博せり。
行動が軽薄で慎むところがなく、貴族の子弟と飲酒と博打に明け暮れていたのだ。
「撿」(けん)は「括る」。「撿幅」で「広い布を括って束ねること」。それができなかったのである。
後夜嘗酔詬狭邪間、為羅卒折歯。訴不得理。
後に夜、かつて酔いて狭邪(きょうじゃ)の間に詬し、羅卒のために歯を折らる。訴うるも理を得ず。
その後、ある晩、色街あたりで飲んでしたたかに酔い、ひとを罵り辱めていたため、見回りの兵卒に殴られて歯を折られた。おまけにそのことで役所に訴え出たが、理由なしとして却下された。
こんなことであったから進士の試験には何度も落第し、ついに
不得志、遊江東。
志を得ず、江東に遊ぶ。
よい仕官先もないので、江の東の江浙地方を放浪していた。
やがて大中年間(847〜860)、中年に至って都・長安に舞い戻ってきたのであるが・・・。
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続きはまた今度。元・辛文房「唐才子伝」(←すごい久しぶり)巻八より。
今週は本当に奇跡のように無事週末を迎えることができました。ご協力いただいたみなさま、どうもありがとうございます。週の始めのころは本当に絶対無理だと思っていました。しかし、来週はこうはいかん、ということもよくわかっている。来週こそもうだめであろう。