ひひひ。
今日はみなさんに「賊開花」の方法を教えるね。
これは、どこかの民家で「竊案」(窃盗事件)が起こったときに使われるモノなのです。窃盗事件の犯人はわかっていてもいいが、わかっていない方がよりよろしい。
窃盗事件の訴えがありますと、われら「差役」(州県の下役。ただし正式の官ではなく、別に誰かに任命されたわけでもなしに権力の最下層を為す。世襲が普通)は、
将被竊隣近之家資財殷実而無頂帯者、扳出指為窩戸、拘押索銭。
竊せられし隣近の家の資財殷実にして頂帯無き者を将(ひ)き、扳出(はんしゅつ)して指して窩戸と為し、拘押して銭を索む。
窃盗事件の被害にあった家の近所にあって、財産が豊かにあり、しかも頂帯の無い者を探し、連行してきて容疑者とし、拘留しておいて金銭を要求するのである。
「頂帯」は帽子の先につける帯をいい、官吏にだけ許されるもの。「頂帯」の無い家というのは、一族から支配階級である官僚を出していない人民の家をいう。
毎報一案、牽連数家。
一案を報ずるごとに数家を牽連す。
窃盗事件が一件訴えられるごとに、数軒の富家の者が連行されるのが常である。
数軒のひとが次々と連行されてくる、というのを、一定の季節になると同じ花が次々と開くことに譬えて、「賊開花」というのじゃ。
親戚に知識人階級のいないいなかものたちであるから、法の網に引っかかることを恐れて、銭を出だすこと、七八千から十数千枚まで等しからずとはいえ、あるだけはかき集めて出してくる。われら差役は、欲しいだけ求めればよい。そうすれば彼らは親戚中を駆け回って集めてくるであろう。
ある程度欲する額が集まったら
始釈之、謂之洗賊名。
始めてこれを釈し、これを「賊名を洗う」という。
やっと釈放してやり、これを「賊の名を濯いだ」というのである。
一家被賊、即数家受累。如此数次、殷実者亦空矣。
一家賊せらるれば即ち数家累を受く。かくの如きこと数次、殷実者また空しきなり。
一軒の家が盗賊にやられると、それによって数軒の家が(賊開花によって)被害を及ぼされる。このようなことが何回かあれば、一村の中に豊かな家など無くなってしまう。
に決まっているがのう。まあ、おまえたち若い差役もがんばるがいいぞ、がはははは・・・。
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以上、なんというおそろしい差役たちの悪業であろうか。これでは人民に安寧なく、人民の国家への信頼も育たないではないか。
・・・と、おそろしい差役たちの悪弊を怒っているのは、御史として官吏の悪事を暴露する職務にあった程次坡くんである。程くんはわしの同年(同じ年の科挙試験で合格して官僚になった同期のこと)である。そしてわしは清の竹葉亭生・姚元之である。ちなみにわしは乾隆四十一年(1776)に幾多の顕官と文人を出した安徽の桐城の生まれ。いまはわしは生きているので、いつ死ぬのかは知らん。(肝冷斎注:竹葉亭主人の卒年は、咸豊二年(1852)である)
さて、このような悪弊は、特に四川で多く見られるらしいが、わしは全国で行われているようにも聞いている。嘆かわしいことではないか。
一方、魯某といういなかの読書人で、地方官として差役たちを監督する地位にもあったものが、自宅に次のような聯を掲げていたという。
若要子孫能結果、除非賊案不開花。
もし子孫をしてよく果を結ばしめんと要むれば、賊案を除非して開花せず。
もし子孫によい因果を残そうと思うならば、窃盗事件を無視して、「開花」をさせないようにするのが一番じゃ。
事件を無視するのが善政とは・・・と後世には驚くひともあるかも知れぬが、この魯某のような心の用い方をしないと、地方の人民は苦しむばかりなのである。
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以上、姚元之の「竹葉亭雑記」巻二に書いてあった。さすがはチュウゴク、しかも前近代だ。あまりに典型的に腐敗した権力の有様が丸見えなので、逆に心地よいほどではないか。がはははは。