昨7日、皇居のお濠に全裸の英国人男性が飛び込み、さらに武器を持って暴れた!という事件は、驚きました。全国のみなさまも驚きましたでしょう。へんなひとは世の中に多くいるのです。
・・・さて、へんなひと、というと思い出すことがあるのじゃ。あれは淳煕二年(南宋の年号。1175)の夏のこと、わしが四川・成都に居ったときのことじゃった。夜、城内の自宅に帰ろうと急いでいると、突然、たかどのの上から大声で歌う声が聞こえてきたのだ。
我遊四方不得意、 我、四方に遊びて意を得ず、
陽狂施薬成都市。 陽狂して薬を施す、成都の市。
わしは四方に旅をしたが、どこに行ってもうまいこといかん。
今は偽って変人のふりをして、成都の町で薬を売っておる。
「陽」は「佯」(ヨウ、いつわり)の意味で使っており、「佯狂」はほんとは正気なのだが狂人のふりをすることを言う。ここでは市場で薬を売る、という正業をしているのですから「狂う」というより「変わっている」ぐらいの意味なのでしょう。
わしは、この歌を聴いて、これは市で大きな瓢箪を担いで売っている放翁と名乗る変人の中年おやじだ、とめぼしをつけ、わざわざ高楼に昇ってその酒を飲んでいる部屋に入った。
「放翁よ、こんなところで飲んでおったか」
すると放翁、振り向いてわしを認めると、にこりともせずに席を進め、歌を続けて曰く、
大瓢満貯随所求、 大瓢は満ち貯えて求むるところに随い、
聊為疲民起憔悴。 聊か疲民のために憔悴を起こす。
大きな瓢箪にはひとを癒すの薬が満ち溢れているので、ひとびとが求めるままに分け与えてやるのだ、
少しぐらいは病み果てた人民を疲労困憊から助け起こすことができただろうか。
わしは放翁の杯に酒を注いでやった。放翁は礼を言うでもなく、
瓢空夜静上高楼、 瓢空しくして夜静かに高楼に上り、
買酒捲簾邀月酔。 酒を買いて簾を捲き月を邀(むか)えて酔えり。
(薬を与え尽くし、)瓢箪は空っぽになって、わしは夜、静かにたかどのに昇り、
酒を買い整えて簾を巻き上げ、月を部屋に招いて酒を飲むのだ。
放翁すでに目がすわっていた。
「ああ。ああ。ああ」
と三たび嘆ずると、腰間の一剣を抜いて、月光の中にかざして曰く、
酔中拂剣光射月、 酔中剣を拂えば光は月を射し、
往往悲歌独流涕。 往往悲歌してひとり涕を流しぬ。
酔っ払って剣を抜き、えいやと振るえば、剣光は放たれて月にも届き、
何度か悲しみの歌をうたってひとり涙を流した。
剗却君山湘水平、 剗却す君山、湘水平らかならん。
斫却桂樹月更明。 斫却す桂樹、月更に明らかならん。
「剗」(サン)は「削る」、「斫」(シャク)は「斬る」。
(この剣を手にして、)
ここより長江を下って洞庭湖に至れば名勝の君山があるが、これを削り破れば湘水の河まで一気に行けるようになるであろう。
月にあるという桂の樹を切り倒せば、月は(木陰が無くなって)さらに明るくなるであろう。
君山を剗却す、とは、いま(1175)より四百数十年の昔、李白が叔父の李曄、友人の賈至とともに洞庭湖に遊んで、舟中で
「君山の姿はたいへんよろしい。しかし、今、この君山を剗却(削り去って)しまって、湘水まで水路をつなげてそこまで流れて行ってしまおうではないかー、ああっはっはっはっは」(剗却君山好、平舗湘水流)
と酔っ払って歌ったことを踏まえており、桂樹を斫却す、とは、「酉陽雑俎」に伝える、月中には呉剛という男があり、自らの罪により永遠に月中の桂の木を切る罰を与えられている、という説話に拠る。
要するに、放翁には何か求めるところがある。成し遂げたいことがあるのだ。しかし、そのための障害物があって、それを切り崩したい、というのである。酔っ払ってそういうのであるから、現実にはなかなか切り崩せないのだろう。
「ああ、放翁。きみの鬱々の思いは伝わった。しかし抜き身の剣は危険である。それをしまいこみたまえ」
わしが常人の常識を元にして注意すると、放翁は剣を収め、苦笑して曰く、
丈夫有志苦難成、 丈夫志有るも成り難きに苦しみ、
修名未立華髪生。 修名はいまだ立たざるに華髪生ぜり。
そうじゃ、ますらおには志はあるのじゃが、なかなかそれが成功せぬので苦しんでいるのだ。
少しもよき名を世間に伝えられることが無いままに、もう髪の中に白いものが増えてきた。
そして杯を干した。
わしもまた同じ思いで杯を干した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
南宋の放翁・陸游の「楼上酔歌」である。放翁五十一歳で、実はこのとき成都で役人をしていたときなので、「薬を施す」というのはおそらく人民の善政を施す、ということの比喩かも知れんのですが、あんまり気にせず字義どおりの薬売りのおやじ(それは道士を髣髴とさせる)ということにしてみた。