友人(訳者(肝冷斎)の友人ではなく、著者(竹葉亭主人)の友人である。)の劉方来がやってきて言う。
・・・辛未の年(※)の七月のことじゃ。
―――北京の外港に当たる港湾都市・天津では、その日は朝から晴れ上がり、日ごろに無く蒸し暑かった。
その日の、正午をわずかに回ったかという刻限。
ひとびとは突然、照りつけていた日差しがなにかにさえぎられて、市街全体が真っ暗になったのに驚いた。
西の方の海上からまるで何物かを追いかけるように広がってきた黒雲が、市街の上空を覆ったのである。
やがて、大いに風が吹き、砂埃やひとびとのかぶっていた帽子が空に舞ったかと思うと、沛然たる雨が降り始め、雨宿りに逃げ惑うひとびとを蹴散らすかのように雷鳴が轟きわたり、電光が火花を散らして、荒れ回った。
※嘉慶十六年(1811)
この暴風雨は夕刻を過ぎても止むことなく夜の闇へと連なって、天津の人民ども激しい風雨と雷電に恐れ震えていた。・・・ところ、夜半、港の木炭・石炭置き場(「柴炭廠」)のあたりで
どかあああああんんんん!!!
霹靂震地、廠中大火。雷電復東去、至海岸而止。
霹靂地を震わせ、廠中大火あり。雷電また東去して海岸に至りて止まる。
落雷によって地が震動し、炭置き場の建物の中で大いに火災が起こった。雷電はそのまま東の方、海岸のあたりまで移動して止まり、上空の黒雲の中で電光が不気味に閃いていた。
「廠」は「露舎」というやつで、屋根だけあって壁の無いタイプの建物をいいます。荷物置き場等に使われる。(西武ドームみたいなものか)
その前後を見ていた者の話しでは、
似有物被追、避匿柴炭廠中、雷一撃、不中、物復東逃入海。
物有て追わるるに似たり、柴炭廠中に避匿し、雷一撃するも中らず、物また東に逃れて海に入れり。
「暗闇の中でよくは見えませなんだが、何かしら大きなモノが何かに追われるように、石炭置き場の屋根の下に逃げ込んだのでございます。雷がそれに向かって落ちましたが、どまんなかには当りませんで、そのモノはふらふらとさらに東の方に逃げ、海の中に飛び込んでいきましたじゃ。」
というのであった。
夜半から風雨は弱まり、翌朝は爽快な晴天となった。
ひとびとが港に出てみると、港内の船は、
傷桅数百、或半折、或抜去、或中裂、焚焼無算。
桅を傷むるもの数百、あるいは半ばより折れ、あるいは抜去し、あるいは中裂し、焚焼するものは算うる無し。
帆柱を破損したものが数百隻にも上っており、あるものは半分のところで折れ、あるものは抜けてしまい、あるものは縦に裂けてしまっており、落雷によって焼けてしまったものに至っては数えることもできないほどであった。
中でもひとびとの目を引いたのは、
海岸有大魚一、長十数丈、脊高過人。有蜘蛛一、大如叵羅、剔去両目。
海岸に大魚一あり、長さ十数丈、脊の高さ人を過ぐ。蜘蛛一有り、大いさ叵羅(は・ら)の如く、両目を剔去さる。
海岸にあった大きな魚(の死骸)である。その体長は十数丈、高さも人の身長以上あった。また、その傍らには大きなクモ(の死骸)があり、その大きさは四升ほど、どういうわけか両目が抉り取られていた。
清代の一丈は3.2メートルだそうですから、魚の方は体長40〜50メートル、ウル○ラマンぐらいの大きさであった。クモの方は「叵羅」の如し、というのですが、「叵羅」(ハラ)は客前に出す酒器、すなわち「酒巵」(シュシ。大きめのさかずき)をいう(「康煕字典」)。「北史」に出てくる言葉なので、もともとは南北朝時代の北方民族の語彙であったと思われます。また、「巵」(シ)は「酒器なり、四升を受く」(「玉篇」)とされますので、「大いさ叵羅の如し」を「四升ほど」と解してみました。蜘蛛としてはかなり大きいです。訳者(肝冷斎のこと)は、「クモと言っているけどタカアシガニなどではないの?」と想像したのですが、仔細はわかりませぬ。
・・・「さてさて」
劉方来が問うに、
「これは一体なんであったのだろうか。竹葉亭主人は如何に解するや」
と。
わしはこう考えた。
秦州では人民どもは、龍を捕獲すると大変な罰を受ける、と言っている。他の地方では何のことかわからぬであろうが、秦州はいわゆる「龍骨」(※)の産地で、よく龍が落ちてくるのであり、実際にこれを捕えようとしたひとがいるのである。
※甲骨文字の刻まれたドウブツの骨やカメの甲羅のことを前近代のひとびとは「龍の骨」だ、と言い伝えていたのである。
その罰とは、
必抉去両目而死。
必ず両目を抉り去りて死す。
必ず、両目を抉り取られた上で、死んで発見されるのだ。
ということである。
このことから推測するに、大魚は魚の形をしているが、これは「龍」であり、クモはその龍を捕えようとしたので両目を抉られたのではないだろうか。そして、大魚の「龍」は、クモに殺されたか、あるいは理由はわからぬが天の怒りに触れて、雷電に追い詰められて死んだのではなかろうか。
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以上、清・姚元之「竹葉亭雑記」巻七より。
なるほでがんす。そう考えればすべて辻褄があいます。ので、これ以上詮索するのは止めた。
ちなみに、今週はずいぶん働いている気がしますが、まだ二日もあるのでがんす。