江南に呉の国があって、わが晋帝国と対立していたころ、
斗牛之間常有紫気。
斗牛の間、常に紫気あり。
「斗牛」は二十八星宿の「斗」と「牛」で、南斗星(いて座の一部)と牽牛星(ひこ星)のことであるとともに、またその星のあるあたりの経度の天空全体のこともいう。
斗星と牛星の間に、いつも紫のぼんやりした天体が見えていた。
晋の司天官たちはこれを占って、
呉方彊盛、未可図也。
呉、まさに彊盛ならんとす、いまだ図るべからざるなり。
呉の国は今後、彊域を増やし盛んになるようでございます。いまだ侵攻のときではござりませぬ。
と分析したが、「博物志」を著わした稀代の白魔術士・張華(字・茂先)はこれを笑い飛ばし、
「かの紫気は呉の強弱には関わりござらぬ」
と晋帝に奏上した。
晋・武帝の咸寧六年(太康元年・280)、名将・杜預に率いられた晋軍は長江を下り、ついに呉は滅んで、ここに三国は統一された。
・・・さて、このお話しはその三国統一後のことである。
及呉平之後、紫気愈明。
呉平らぐの後、紫気いよいよ明なり。
呉が平定された後、くだんの紫気はさらにはっきり見えるようになっていた。
やはり呉の強弱とは関係無かったのである。
しかし、張華は、
「実は何のしるしであるのか、わしにも皆目わからぬのだ」
と首をひねり、ちょうどかつて呉国に仕えていた白魔術士・雷煥が都・許昌に来たのを知って、これを自邸に呼び出した。そして、
屏人曰、可共尋天文知将来吉凶。
ひとを屏して曰く、「ともに天文を尋ね将来の吉凶を知るべし」と。
余人を遠ざけて、
「どうだろう。わしら二人だけで、天のしるしを見分け、これからの世界の行く末を知ろうではないか」
と誘ったのであった。
彼らの術、もちろん王朝の吉凶をも読み解く。その内容は権力を持つ側からすればあまりに危険であるから、術士たちは自分たちの知識と天象の解読結果を余人に知られぬようにする必要があったのである。
雷煥は、高名な術士・張華から誘われて、白魔術士としての自尊の思いを煽られはしても嫌な気はしない。
「よろしうございます」
と答え、二人で張華の館に設けられた高殿に昇り、天空を見上げたのであった。
二人はここでいくつかの星象について分析しあい、合意することも合意できないこともあったのであるが、例の紫気については、張華が、
「わしは長年にわたってあの紫気を観察してきたが、その兆を読み解くことができないでいる。君はあれを何と解するか」
と問うに、煥、即座に断じて曰く、
「紫の気が強いのは
宝剣之精、上徹于天耳。
宝剣の精の天に上徹するのみ。
宝剣の精が上って天空に到達しているだけでござろう。」
と言う。張華はたと手で膝を打った。
「なるほど。それはこれまで気づかなかったわい。・・・して、その宝剣はいずこに埋まっていると見るか」
煥、地面から紫気までの緯度差、斗星・牛星からの経度差を慎重に測り、
「さよう・・・、予章の豊城でござるまいか」
と答えた。
予章は呉の領域であった地である。
張華言う、
「そうか。呉の地か。君は国に帰る途中に予章を通られるであろう。わしはこれから政府にかけあって、君を臨時に豊城の令に任命するよう働きかけるから、君はその任期の間に宝剣を掘ってみたまえ。そして君のものにした暁には、今夜のわれらの断定が正しかったかどうかを知るために、わしに報せだけはしてくれまいか」
雷煥、しばらく紫気を見ていたが、言うに、
「張師よ、紫気が濃い。おそらく報せだけには止まらないであろう」
と。
張華はこのときは雷煥の言う意味がわからなかったが、数ヶ月後に煥からの書面が届いて、ようやくこの言葉の意味を知った。
その書面が届く十日前に、例の紫気が観測されなくなった(司天官の間ではかなりの騒ぎになった)ことから、張華は既に剣が掘り出されたであろうことに気づいていたが、やがて届いた雷煥の書には次のように書かれていた。
到県、掘獄屋基入地四丈余、得一石函光気非常。中有双剣。並刻題、一曰龍泉、一曰太阿。
県に到り、獄屋の基を掘りて地に入ること四丈余、一石函の光気非常なるを得たり。中に双剣有り。並びに題を刻んで、一は曰く「龍泉」、二は曰く「太阿」と。
豊城の県庁に到り、早速臨時県令の職権を用いて、庁内の獄屋の地下を掘り申した。基石の下さらに掘ること四丈余(このころの一丈は約2.4mという)のところから、石の箱を掘り出せり。箱の外にまでぼんやりとした光と張り詰めたような冷気が洩れておりました。箱の中からは案に相違なく二本の剣が出でたり。いずれにも剣の名が刻まれており、一方の剣は「龍泉」、もう一方には「太阿」とあり。
そして、さらに、これを湖南・南昌の地の北山の土を以て磨いたところ、剣の放つ光さらにしらじらとし、闇夜にさらに暗幕で回りを覆った場で、
大盆盛水置剣其上視之者、精芒R目。
大盆に水を盛りてその上に剣を置きてこれを視れば、精芒目をR(くらま)せり。
大きなお皿に水を張り、その上に剣を横たえてみると、剣から放たれる精気の光が、見た者の目をくらませるほどとなった。
そのうちの一振りを、厳重に箱に封緘して一緒に送ってきたのである。
これが「龍泉」であったか「太阿」であったかは、史書の記すところではないが、張華大いに喜び、この剣を常に座側に置き、さらに、南昌の土より剣を磨くには適当であるとして、自ら選んだ華陰の地の赤土を一斤、豊城の雷煥のもとにも届けさせた。
雷煥、華陰の土を以て自らの手元に残した方の剣を拭うに、その光は従前に倍した。
煥の子・雷華、嘆息して、
「父上、さすがは博識を以て鳴り、地表のことで知らぬこと無しと称される張茂先さま、剣を磨くにこれ以上の土はございませぬな」
と称賛するに、煥のおもむろに言うには、
「華よ。わしが天象より読み解いた限りでは、
本朝将乱。張公当受其禍、此剣霊異之物終当化去、不永為人服也。
本朝まさに乱れんとす。張公まさにその禍を受くべし。この剣も霊異の物ついにはまさに化去すべく、永く人の服するところとは為らざらん。
この国は間もなくまた大いに乱れるであろう。張どのは、そのときそれに巻き込まれて禍いをお受けになる。しかして、この剣は霊的な不思議のもの。いずれは変化していずこかに去ってしまうはずであり、この先長くニンゲンの持つことのできるものではない。」
と。
「なんと。張さまほどの方でも自らが禍に遇うことを避けることはできないのでございますか。しかし、父上にはそれが読み解けた、ということは・・・」
「はははは」
雷煥、一笑して言うに、
「己れの定めは読み解けぬ。それは力が及ばぬのではなく、天象を読み解く術というのは、もともとそういう術なのじゃ。この術を極めれば、自分のことを読みぬけぬように作られているのだ、ということがわかるもの。それゆえ、わしにはわし自身の未来は読み解けぬ。例えば張どのとわし、どちらが先にこの世から去るのか、さえわからぬのじゃ」
そして剣を函におさめつつ、また満足そうに笑ったのであった。(続く)
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晋書巻三十六・張華伝より。明日が休みだと思うとこんなに長くなるのです。今日は人前であいさつした。三分間すぴーちですが、すごい緊張・興奮した。心のエネルギー使った。おかげで終わったあと、かなりうつ入ってきた。○にたい。