↑道は遠い。下り坂でも疲れてきた・・・。

 

平成20年11月24日(月)  表紙へ  一昨日に戻る

11月17日の続きである。

宋のひと、内丹派の偉大なる道士・張伯端は、彼の知りえた真理のはしばしを七言の詩の形で記した。これを「悟真篇」という。

その「悟真篇」にいう、

百歳光陰石火煉、  百歳の光陰は石火煉り、

一生身世水泡浮。  一生の身世も水泡浮かぶ。

只貪利禄求栄顕、  ただ利禄を貪りて栄顕を求め、

不顧形容暗瘁枯。  形容を顧ずして瘁枯に暗し。

試問堆金如泰岳、  試問す、金を堆むこと泰岳の如けれども、

無常買的不来無。  無常の買うこと来たらざるや無きや。

 人生は百年が限度であるが、その百年の昼と夜は、石と石とを打ち合わせたときに出る火花で熱せられる(ような短い時間で過ぎる)もの、

一生の間の努力も経営も、いずれ水面の泡のようにはかなく溶けゆくのみ。

その間、ただ利益と俸禄のみをむさぼり、栄達して高位高官に就くことのみを求め、

自分の姿形がどんどん老いぼれて痩せ枯れていくのにも気づかないのだ。

試みに問うてみるゆえ答えるがよい。

黄金を泰山の高さまで積み上げようとも、

無常というやつ(死)がやってきて、それを買い取りには来ない、ということがあるのだろうか。

絶対に買い取りに来るのだそうです。そして、ゼロ円で買い取っていくのです。悲しいことです。

・・・この張伯端の詩が、「栄貴関」の関門には掲げられていた。ちなみに張伯端の偉大さは、石川淳先生の短篇「張伯端」を読むとちょっとわかる。

「ただし、」

と門前に立った悟元道士・劉一明は払子を振りながら言うた。門前にはこれまでの二関を通り抜けてきた豪の者数十人がたむろしている。

夫栄貴、有天爵之栄貴、有人爵之栄貴。

それ栄貴には、天爵の栄貴あり、人爵の栄貴あり。

「栄貴」というても、実は天に戴く「天爵」と人に戴く「人爵」があるのである。

天爵とは道徳・仁義であり、人爵とは功名や俸禄・官位である。

後者を得たところでどうであろうか。

移動するときは輿に乗り、着るものは薄絹や錦・緞子の類、食べるものは子羊の蒸し物や海産の珍味、ああ、徒らに身を飾り、腹を膨らませ、ひとびとの目を驚かすだけで、

究之、身心大傷、受福無幾。大限即到、臨時栄貴莫恃、与無栄貴者同一泯滅。

これを究むれば、身心大いに傷つき、福を受くることいくばくも無し。大限すなわち到らば、時に臨んで栄貴恃むなく、栄貴の無き者と同一に泯滅す。

実のところは、身と心を大いに傷つけ、一方で幸福といっても大したことはないのだ。そしてあの「大いなる限り」の時が来たときには、栄達や高位高官が何の役に立とうか。栄達も高位高官も持たない者どもと、まったく同じように滅亡していくだけなのだ。

ところが、道徳を飽きるほど食らい、仁義の服を着る「天爵」の方はどうか。

天爵を得たひとは、自らで尊貴であると思い、自ら得て自ら満足している。この世の権力や世間が名誉を与えることも貶めることもできない。天地も彼に干渉することはできないし、吉凶によって彼の生きざまを変えることもできない。まことに、

披天衣、食天禄、享天寿。

天衣を披(き)、天禄を食らい、天寿を享くるなり。

天の衣を着ているのであり、天の俸禄で食っているのであり、天の与えた生命の存続期間を生きるのである。

「さればこれでおわかりであろう、この世の一般的な意味でいう栄貴は無用の長物、いや、それだけでなく、

栄貴是大苦、栄貴是火坑、栄貴是泥途。

栄貴はこれ大苦なり、栄貴はこれ火坑なり、栄貴はこれ泥途なり。

栄達はその中でイヤな思いをするたいへんな苦のタネなのだ。栄達はぐつぐつと煮られる、火の燃え盛っている穴のようなものだ。栄達は前にも後ろにも逃げ出せない泥沼のようなものだ。」

おおうう。

劉道士の前にいた数十人の者たちに声にならぬ声が響いた。

「わしらはそんなおそろしいものを求めようとしていたのか」

「あわわ。今ようやく気がついた。栄達や高位高官に昇ることがどんなにおそろしいことか、に・・・」

「よいか」

劉道士は払子をしゅっしゅっと左右に振った。

「おまえたちが、もし普通のサラリーマンだとか学生だとかで、こんな地位は大したことではあるまいと思っているとしたら、大間違いじゃ。ワーキングプアの状況を見よ。さらに、職無き者たちの状況を見よ。あるいはアフリカを見よ。世の中にはメシ食えず仕事無く寝る場の無い者がどれだけいるか。それを考えれば、おまえたちが「普通」だと思って生きている、その地位であってさえ、既に「栄貴関」を通り抜けることはできぬのじゃぞ」

わしは驚いて叫んだ。

「ええー! では、明日にでも今の会社を辞めまするう」

他の豪の者たちのうち、定職を持っている者はみな同様のことを口々に叫んだ。

劉道士、その声を静めて、曰く、

「すぐに辞める必要はないのである。(しかし、来年あたりには辞めるように→「はい」)

方是打通関口、可以出入乎栄貴之中、而不為栄貴所傷矣。

まさにこの関口を打通せば、以て栄貴の中に出入すべく、しかして栄貴の傷むところとならざるなり。

まず先にこの「栄貴関」を通り抜けるのじゃ。そうすれば栄貴の中に入っても出てきても気にならなくなり、しかも栄貴に害されることもなくなるであろう」

漢の淮南王は、皇帝の一族として王の位にありながら、タオのことを学んで「淮南子」を著わし、後に昇仙した。また、武帝のときの東方朔は、皇帝のお側近くに仕えながら、いつの間にか西王母の主宰する崑崙の地に行ってしまった。

栄達の地位にあっても仙界と行き来することはできるのだ。

「これはみな、栄貴関を通って、大火の中に蓮を浮かべ、泥水の中に船を引くこと自体を修行にされた方々なのである・・・。よし、鳴らせ」

「あい」

劉道士の合図で、童子がドラの音を鳴らした。

じゃーん、じゃーん、じゃーん・・・

吾勧真心学道者、速将世路栄貴関口打通。処栄貴者忘其栄貴、無栄貴者莫羨栄貴。以明道為貴、以成道為栄、庶乎志念帰真、前程有望。

吾は真心に道を学ぶ者に勧む、速やかに世路を将きいて栄貴関口を打通せよ、と。栄貴に処する者はその栄貴を忘れ、栄貴無きものは栄貴を羨むなかれ。明道を以て貴となし、成道を以て栄となさば、帰真に志念するに庶(ちか)く、前程望みあり。

わしは、本心からタオを学ぼうとする者には、まずは速やかに自分の生き方を自覚して、「栄貴関」を通り抜けてしまうことをお勧めしておる。この関門を過ぎれば、現在、栄達している者はその栄達のことを忘れてしまうことができ、現在栄達していない者も栄達したい、と思うことが無くなるであろう。そして、タオを明かにすることを高位高官と考え、タオを成功させることを栄達だと考えれば、ほんとうの世界に帰ろうとする気持ちにたいへん近いのであり、前途有望である。

じゃーん、じゃーん、じゃーん・・・

「ところが、

否則以仮栄貴為真栄貴、栄貴一念結于胸懐、茅塞霊竅、妄想明道。難矣。

否ならばすなわち仮の栄貴を以て真の栄貴と為し、栄貴の一念の胸懐に結ぼおれ、霊竅を茅塞して明道を妄想す。難いかな。

そうでないと、ニセの栄達(すなわち人爵)がまことの栄達(天爵)だと誤解して、栄達したいという一念が胸の中にわだかまり、霊的な世界とつながる「心の穴」をごみのようなもので塞いでしまって、ほんとうのタオを明かにしているのだ、と間違って考えてしまうのである。ああそうなっては、方向を換えるのは難しいのだぞ、難しいのだぞ!」

と、劉道士が熱心に言っているうちに、わし肝冷斎は、すうっ・・・といとも簡単にこの関門は通り抜けられた。

「あれ? この関門は簡単だったですね。みんなも簡単に・・・」

と思って振り向くと、ああ、なんということであろうか。あれほどの豪の者たち、志操堅固なる者たちであるのに、多くの者が関門の扉にぶつかって倒れたり、あるいはどこに入り口があるかもわからないふうに迷っているのだ。

「おい、こちらだ」

と声をかけてやっても、もはや関のこちら側からの音声は聞こえぬようである。

・・・彼らは、栄達のために、色欲や恩愛を棄ててきたやつらだったのであろう。悲しむべし悲しむべし。

と、さらに前に進まんとして振り返ると、また黒々と、これはかなりキツそうな関門が見えた・・・。

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清・悟元道士・劉一明「通関文」より。次回は第五回ですな。

ちなみに昨日・今日は千葉行って富津岬と久留里城行った。新井白石像拝む。それから金谷からフェリーで久里浜に出て帰ってきた。寒かった。

 

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