地上にはイヤなことの国しかないことはわかっている。
今日は○田知世さまのお誕生日であられる。しかも週末。めでたいです。
さて、11月22日の続きである。
・・・・呉の大術士・雷煥が死んだ。
煥は、臨終の床で子の雷華に、
「以前お前に話したが、術士には自らの運命を占うことはできぬ。しかし、さすがにわしがそろそろだ、というのは、今はわしにもわかる」
と告げ、畏まっている華に家中のこまごまとしたことを指図すると、それで気がすんだか、
「さて・・・では・・・張茂先が来るのを待つとするかのう・・・」
という語を最後に眠りに入り、やがて息を引き取った。
華は父の死を確認すると礼の規定どおり哭し、また親族の者を屋根に上げて死者の魂を呼ばう儀礼を執り行い、喪に入った。
各方面から悔やみの使者があったが、その中にみなが首をひねったのは、こちらからの報せが出てようやく洛陽に到達したであろう日には、洛陽の張茂先からの悔やみの手紙とお供え物が届いたことであった。
ただし、喪中の雷華だけは特に驚かなかった。張茂先が、星の動き(占星)かメドギの本数(易占)か、あるいは亀卜、地気、いかなるもののしるしに拠ったかは知らぬが、使いの者が着く前に父の逝ったのを知ったであろうことは、当然と思ったからである。
さて、翌々年。
晋王朝を揺るがす大事件が起こった。いわゆる「八王の乱」である。司馬氏一族の八人の王と廷臣たちの武力紛争を伴った権力争いは錯綜し、その混乱の中で西晋王朝は滅ぶのであるが、帝の側にあった張茂先は、乱の早期に、楚王・司馬瑋によって誅されてしまった。
雷華は、その知らせを聞いたときまだ三年喪の明ける前であった。
ひとびとが
「張茂先の神知を以てしても自らの害されるを予期できなかったものか」
「さればよ、その神知というもいかほどのものであったのかの」
「乱兵に取り囲まれ、肌身離さず持っていた宝剣さえ抜く前に討たれた、という」
「宝剣はそのとき空に舞い上がって、行方を知らぬというが真か否か」
と噂しあっているのを聞いて、いまさらながらに亡父の言葉を思い出したことであった。
翌年、喪の明けた雷華は、洛陽と華北の混乱をよそに繁栄を続ける江南の地で、州従事の職を得、福建に赴任することとなった。
持剣行経延平津、剣忽于腰間躍出堕水。
剣を持して延平津を行き経るに、剣忽ちに腰間より躍り出でて水に堕(お)つ。
父から譲られた宝剣を腰に提げて、延平の港のあたりを(舟で)通過しつつあったとき、突然、剣が何物かに呼ばれたかのように腰に提げた鞘から飛び出し、宙を飛んで水中に落ちてしまった。
華は驚き、
「父より譲られた家宝である。失うわけにはいかん」
と、付近の漁を生業とする者を頼んで、
使人没水取之。
ひとをして水に没してこれを取らしむる。
そのひとに、剣を拾い取りに潜らせた。
ところが、
没者懼而反。
没者懼れて反る。
潜水した者は、しばらくすると、たいへんな恐怖に震えて浮かび上がってきたのであった。
その者、
不見剣。但見両龍各長数丈蟠縈有文章。
剣を見ず。ただ、両龍のおのおの長さ数丈なるが、蟠縈(ばんえい)して文章あり。
「け、剣は見えませなんだ。そのかわりに、二匹の龍、・・・どちらも数丈(十メートルぐらい)もの長さのあって、ぐるぐると巻きつきあって模様のあるのがいましたのじゃ!」
と怯えながら言った。ちなみに、「蟠」(ばん)は「わだかまる」、「縈」(えい)は「まとわりつく、まつわる」。
「なに? そんなばかなことが・・・」
と華が口にするかしないか、
須臾光彩照水波浪驚沸於是失剣。
須臾にして光彩水を照らし、波浪驚沸して、ここにおいて剣を失えり。
あっという間もなく、光が燦然と水中より射し出てきた・・・かと思うと、どっとばかりに波が沸き起こり、そこから二本の剣が飛び出して、どこかに行ってしまったのであった。
華はその光の尾を引いて飛び去って行った二本の剣の行き先を見ながら、
「ああ、先に消えた剣がここで待っていたのじゃ。父上がこの剣はいずれはひとの世から去り行くであろう、と言うておられたのは、今日のことであったか」
と嘆じて、舟人らを促がし、任に赴いたのであった。
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以上、「晋書」巻三十六より。
・・・さて、街は東京と名をかえたはずだが、ここ柳橋のあたりはまだ江戸のころのままである。
「昔ゃね、あっしはふらんすびとの、ええと何というたか・・・そうだ、謝能彎(しゃのわん)というやつと一緒にね、横浜の野毛ってえところで歩兵を教練してたもんさ」
晩秋の風の冷たい日、柳橋のたもとで出会ったその男は、三十の半ばぐらいであろうか。細面の、しかし眼光熒々として、鼻っ柱の強そうな江戸なまりである。文明開化の時代だが、いまだちょんまげを切らないでいた。
ちなみに「謝能彎」とは、旧幕府が近代歩兵隊を導入したときに、その調練のために雇ったフランス軍人シャノワーヌ大尉のことである。
「そのころのあっしはねえ、
古剣三尺提在手、 古剣三尺 提げて手にあり、
飛龍隊頭金環鳴、 飛龍隊頭 金環鳴りて、
揮之作風按作雨、 これを揮えば風と作り、按ずれば雨と作りぬ。
古くから我が家に伝わる三尺の剣を手にし、
飛龍隊(幕府歩兵隊の名)の先頭で柄もとの金の環を鳴らして、
ぶるん、とひとふりすれば風が起こり、ぐい、と手元に持てば雨が降る。
というぐらい勇ましかったもんサ」
しかし、今、その男の腰には剣は無い。
「ふ。あっしは今、その先祖伝来の大小を、橋の向こうの古物屋に売り払ってきたところ、てえ寸法だ。嘲笑いたいかい? 嘲笑いたいなら嘲笑えばいいじぇねえか」
と肩をそびやかして、口ずさむよう、
君不見莫邪干将天下利。 君見ずや 莫邪(ばくや)・干将(かんしょう)は天下に利なるを。
霊物豈久在人間。 霊物あに久しく人間(じんかん)に在らんや。
風雨延平津頭水、 風雨 延平津頭の水
一化龍去不復還。 一たび龍と化して去り、また還らず。
「干将」は古代・呉の地方にいたという伝説的な刀匠で、「莫邪」はその妻という。二人はあるとき自分たちの血肉を混ぜて、二振りの剣を鋳あげると死んでしまった。この剣を「干将」と「莫邪」といい、数々の伝説にいろどられる。
おまえさんは見たことがないかね、干将と莫邪の二振りの剣は、天下に名高いよく切れる刀であったのだが。
優れものの剣は、雷煥が予言したように、どうしてニンゲン世界に永く止まっていることがあろうか。
風雨さわぐ延平のみなとのあたりの水の中で
龍に変化して飛んで行ってしまって、もう二度と戻っては来ないのだ。
と。(「古剣篇」)
わたし(肝冷斎)が
「自分で売っておいてよく言うのう」
と言い返す前に、その男は懐手をして
「もう徳川(とくせん)の世も終わっちまった、あっしは生きている意味さえ無いんだ、大小を差している意味がどこにあるってんだい?」
と嘯きながら行ってしまった。
ふん、えらそうなやつ。
あの男は、元の将軍家侍講、さきの幕府歩兵頭(ほへいのかみ)・成島柳北というて、今年(明治四年)で三十五歳になるやつじゃ。
実は棄てたつもりでも人生はなかなか棄ててしまえないらしく、彼はこのあとまた転変の人生を送り、明治前期の新聞界を騒がせるのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・○田知世さまに捧げるため(笑)、今日は一生懸命書きましたア。