↓やる気のないやつは、ダメだな。

 

平成20年11月4日(火)  表紙へ  昨日に戻る

昨日はなんだか元気になっていたわたくしですが、今日はもう大分落ち込んでまいりました。

「ようし、がんばろー」

みたいなことを言っていたわけですが、もうダメ。やる気ない。前向くのイヤ。

などと言っていると、

「やる気が無いとは、怪しからん!」

と怒ってくるひとがいたりするとコワいです。

怒ってきそうなひとはあまりにも多くて個々の名前を挙げることは憚られるのですが、例えば明の胡敬斎先生など、その筆頭でありましょう。

胡居仁、字・叔心。明代・饒のひと。特に「敬」の工夫に力を尽くしたので、ひとびとは「敬斎先生」とお呼びした。

二十歳前後のころ聖賢の学(孔子・孟子の唱えた学問)を学ぼうと志し、時に絶学を継いで学者(学ぼうとする者、の意)を教えていた崇仁の呉康斎に入門し、これより科挙のための学問をするのを止めた。帰って郷里の梅渓山中に室を築き、ここでその徳と学を慕う弟子たちに講学するほかほとんど人事に関わることなかったが、己れの見聞を広めるべく広く閩・浙の各地を巡って名賢を拝し、後、同郷の友人・婁一斎、羅一峰、張東白らと討論を重ね、ようやくその名声起こって、朱子以来の名門・白鹿書院、あるいは洞源書院から講師として招聘されたという。

先生はかなり自分に厳しいひとであられまして、

毎日必立課程、詳書得失以自考。雖器物之微、区別精審、没歯不乱。

毎日必ず課程を立て、詳らかに得失を書きて自ら考う。器物の微といえども区別精審して、歯を没するも乱れず。

毎日、必ず、「今日はこれをする」という目標を立てて行動なさった。夜になるとその日よくできたこととうまくできなかったことを書き出して、自分で反省なさった。どんな小さなモノについても区別して細かく考察し、年をとって歯が無くなるような齢になっても、いい加減にすることは無かった。

のです。自分に厳しい以上、他人にも厳しかったのだろう、と思われます。

先生は、

父病、嘗糞以験其深浅。兄出、則迎候於門。

父病めば、糞を嘗めて以てその深浅を験す。兄出づれば、すなわち門に迎え候(うか)がえり。

親孝行で、おやじさんが病気になったときは、その大便をぺろぺろと嘗めて病状を確認した。兄弟仲が良くて、兄貴が出かけたときは、門のところで帰ってくるのをお出迎えするのが常であった。

親族が病めば自ら薬を調合して自ら毒見をし、親族が亡くなると服喪のこと厳格で水さえ口に入らず、骨だけになるほど痩せ衰え、杖をつかねば立ち上がれないほどであった。

このような生活をしているうちに、もと豪農であったのですが、先生の代には大変貧しくなり、粗末な衣で食事は粟を食う状況となったが、いつも蕭然と自得の様子ありありとして、曰く

以仁義潤身、以牙籤潤屋。足矣。

仁義を以て身を潤し、牙籤を以て屋を潤す。足れるかな。

仁義によって自分の身を飾り、牙籤によってわしの家はいっぱいじゃ。十分ではないか。

と。

「牙籤」(がせん)というのは、「象牙の札」である。

唐のころ、書を四部に分けてそれぞれを書庫に収めた。すべての書物は、東西京に一部づつ、あわせて十二万五千九百六十巻となった。その書を四分類し、

経(儒教の根本テキスト類)には →紅牙籤(赤く塗られた象牙のフダ)

史(歴史書の類)      には →緑牙籤(緑に塗られた象牙のフダ)

子(諸子百家の書の類) には →碧牙籤(青く塗られた象牙のフダ)

集(詩集の類)       には →白牙籤(白い象牙のフダ)

を、それぞれ赤い帯で付けて、分別した。(旧唐書・経籍志)

・・・とあるのを踏まえて、「牙籤」は書物の分類票、さらに言えば、「書物そのもの」をいう。

そんなので人生が足れり、といえるのかどうかはひとそれぞれであろうが、先生は足りる、と思っていたのでしょう。

敬斎先生はそういう生活を送っておられたところ、成化二十年(1484)、年五十一を以て卒してしまいました。(以上、「明儒学案」等による)

敬斎先生が生前その考えを短い文章にして書き遺した書が名高い「居業録」で、学者(聖賢の学を学ぼうとする者)にとってたいへん有益であると評判です。以下に二三項を記す。

静中有物、只是常有箇操持主宰、無空寂昏塞之患。

静中に物あり、ただ是、常にこの操持する主宰を有せば、空寂・昏塞の患無からん。

静を守る修養をしていると、心の静穏なる状態の中で、ひとつのものが浮かび上がってくるはずである。この一物が心を操る「主宰」であり、このものをコントロールすることができれば、静を守ることによって仏教的な虚無ややる気のない状態になる心配はなくなるであろう。

人心一放道理便失、一収道理便在。

人心ひとたび放たるれば道理すなわち失われ、ひとたび収まれば道理すなわちあり。

人が心をコントロールできずに放散させてしまうと、ものごとのコトワリはどこかに行ってしまう。心が収斂されると、コトワリはそこにある。

正其義不謀其利、明其道不計其功。学者以此立心、便広大高明、充之則是純儒、推而行之、即純王之政。

「その義を正してその利を謀らず、その道を明らかにしてその功を計らず」。学者ここを以て心を立つれば、すなわち広大高明、これを充たせばすなわちこれ純儒、推してこれを行えば、即ち純王の政なり。

「その問題についての正義のみを考えて、利害は考えない。その問題についてのあるべき道筋を明確にすることのみを行って、功罪は考えない」という漢の董仲舒の言葉は、たいへんよろしい。学ぶ者はこれに従って心を確立すべきである。そうすれば、心は広く大きく高く明らか、これが(心に)行き渡れば、純粋な儒者となることができるし、さらにその心を推し進めて実行に生かしていければ、それこそ王者の政治を行うことができるであろう。

二〜三、ということなのでこのあたりで止めておきます。

「静」の中で「敬」の心を育てることを重視したひとである。

・・・今日のようなのは、興味あるひといるのでしょうか。

 

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