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平成20年11月5日(水)  表紙へ  昨日に戻る

唐の末か五代のころのことでござる。

ある旧家で葬式を出すことになり、親戚・姻戚がみな集まってきた。

ちょっと説明せねばならないのですが、我々がやっている「葬式」とは少し違います。ずっと以前に亡くなったこの家の先代がおりましたが、このひとは死後、大きな柩に入れられてモガリの状態にあり、家の霊安室に何十年も置かれていた。もちろん放っておかれたのではなく、毎年の霊祀りは行われてきた。このたび、そのひとの妻に当たる老婆が亡くなりましたので、長い間霊安室にあった柩が開かれ、もはや白骨化している夫の傍らに老婆の死体が横たえられ、その霊前で葬式が挙行されているのである。

一ヶ月近く続いた儀式もとどこおりなく済み、明日はこの柩を墓場に運んで地中に埋める手はずとなっていた。

「どうもご苦労でござった」

喪主側から参列者に酒食が供され、やがてどんちゃん騒ぎとなり、中でも亡くなった老婆の娘婿のひとりがしたたか酔っていた・・・。

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翌朝、柩は長い間置かれていた霊安室から運び出され、村はずれの墓地の一画に新たに掘られた穴の中へと安置された。喪主をはじめとして親戚・姻戚が順次、棺の上に土をかけていく。

そのうち、会葬者たちは棺の中から何か物音がするのに気がついた。

しかし、みな気づかないふりをした。あってはならないことが起こっているような気がしたからである。

だが、棺の中の物音はどんどん大きくなってくる。

どんどんと中から蓋を叩いたり、がりがりと中を引っかいたり、さらにはどうやらひとらしき者の声さえ聞こえるのである。

「こ、これは・・・」

「なんとしたことか・・・」

会葬者たちは驚き恐れ、喪主の方を見つめた。

喪主もさっきからその物音に気づいていた。彼は豪胆なオトコであったから、

「死者が生き返ったということは無いであろう。さすればなんらかの魔のものがざわめいているのであろう。我が父母を魔のものと一緒にしたままにしておくわけにはいくまい」

と心を定め、数人の若者に棍棒や鋤鍬を持たせて、妖しのものが出てきたら撃ちつけるよう命じた上で、釘で止められた柩の蓋を再び開くことにしたのだった。

ぎ。・・・ぎ。・・・ぎぎぎぎ・・・

棺の蓋は半ば開けられ、死者たちの、ドクロと、動かぬ顔とが白昼のもとに現れた。そしてその傍らに・・・

いた。

いたのです。

ただし、いたのは、昨夜したたか酔っていた娘婿であった。

会葬者が呆れ返る中、棺から這い出してきた彼のいうには、

・・・いや、助かり申した。昨夜は、酒に酔って、この柩の中に入りこみ、ついつい眠りこんでしまいましたのじゃ。

酒醒後、覚身在暗室、挙手捫壁、方寤在冢中。

酒醒めるの後、身の暗室に在るを覚え、手を挙げて壁を捫(な)づるに、まさに冢中にあるを寤(さと)れり。

酒が醒めたところで、自分の身が暗いへやの中にあるのがわかった。まったく光が差さないので、手をもって周りを探ってみると、どうやら墓場に来てしまっていることがわかったのであった。

「これは困ったことである」

と思っていたところ、

忽聞一丈夫、一老媼私語。

忽ち聞く、一丈夫の一老媼に私語するを。

突然、どこかで、壮年の男が老婆とひそひそと話し合っているのが聞こえたのです。

その語は、

久在逆旅、今喜安居。

久しく逆旅にありて、今、居に安んずるを喜ぶ。

長いこと旅の宿にあったが、今ようやく永久の住処にたどりついたようで、うれしい限りではないか。

と言うているように聞こえた。

そのうち、男の方の声で、

何得有生人気。取火照。

何ぞ得て生人の気、あるや。火を取りて照らせ。

おいおい、どうしてこんなところに生きた人間の気配があるのだ? 火を寄越せ。照らし出してやるぞ。

というのが聞こえ、すぐに火を起して松明に灯りをともす音が聞こえた。

「こんな狭いところで、どこで火を起しているのだろうか」

と娘婿は周りの様子を見ようとしたが、真っ暗なままであり、身は柩の中に横になっているのであるから身動きがつかぬ。

やがて、

「ああ、いた、こいつか」

という声が聞こえた。

そして、

「知らぬ顔だな。

焼。

焼かん。

火をつけてしまえ。

と言う声が聞こえ、突然、自分の髯が焦げ始めたのに気づいた。

「うわわわわ、な、何をなさる!」

と大騒ぎすると、

「それは下のムスメの婿ですよ」

と老婆が言う声が聞こえ、

「なんと縁者であったか」

と答える声が聞こえていたが、見えない火は髯を焼いて肌を焼きはじめたので、その熱さに耐えられず、柩を叩き大声を出していたのでありました。

・・・ということであった。

柩の中から起きだしてきた娘婿の髯は、確かにあちこち焦げてしまっていたという。

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なんじゃ、これは。

と思うかも知れませんが、この火はおそらく死者が扱うという「陰火」というタイプの火の一種でありましょう。普通の「陰火」は光はあるが熱が無いものなのですが、これはどうやら逆らしい云々。

考えはじめるときりがありませんので、あんまり考えこむのはやめておきますが、どうしてもこの手のお話しが好きなので、ご紹介させていただきました。五代・王仁裕「玉堂閑話」より。同書は既に逸して、「太平広記」等に収められているものだけが遺る。

 

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