さて。
今、ここに、一個の小さな磁器の壷がある。高さはわずかに三寸ほど。これは抹茶を貯えておく用に使われたものである。その姿は、底から上方に向けて丸く広がり、半ばあたりはくびれて細くなり、再び広がったあと口のあたりですぼまる。形から連想して、古くより「瓢箪」と呼ばれてきた茶器である。
この茶器「瓢箪」を前にして、わしは長い嘆息をもらした後、言うた。
瓢箪一小壷也、係宗社之盛衰。元就視等瓦礫、宗麟重於骨肉。
瓢箪は一小壷なれども宗社の盛衰に係われり。元就は視ること瓦礫に等しく、宗麟は骨肉よりも重んず。
この「瓢箪」は小さな壷じゃが、諸侯の家の盛衰に関わりのあったものだ。元就(毛利氏)はこれを瓦か小石のようにどうでもよいもの、と考えたが、宗麟(大友氏)は骨肉を分けた兄弟よりも重要視したのであった。
と。
この言の意味を知るためには、この「瓢箪」にまつわる史話をご存知なければなりませぬ。
かつてこの「瓢箪」は、周防・長門を根拠として山陽・北九州に覇を唱えた大内義隆のもとにあった。
その臣・陶晴賢、謀叛して義隆を山口・大寧寺に弑し、
通使豊後、立大友宗麟弟八郎為主帥、嗣多多良氏。所謂大内義長是也。
使いを豊後に通じて大友宗麟の弟・八郎を立てて主帥と為し、多々良氏を嗣がしむ。いわゆる大内義長これなり。
豊後に使いを遣わして、大友宗麟の弟・八郎を派遣してもらい、彼を(傀儡の)主人として、多々良氏(大内家)の跡継ぎとして立てた。これが大内義長である。
これに対し、大内家の外藩であった毛利元就は晴賢の下克上を非難し、大内義長の正統を認めず、大内家のために仇を討つと称して兵を挙げた。そして、ご承知のとおり、厳島奇襲戦で晴賢勢をほぼ殲滅し、晴賢を攻め殺し、さらに大内義長を攻めてこれを長福寺に囲んだ。義長、宗麟に援兵を請うも宗麟このとき隣境と事を構えて兵を動かすあたわず。
元就、宗麟に使いを遣わし、八郎・義長を豊後に引き取るならそれに応じる旨を言い送った。大友と事を起こしたくないという判断に加えて、調略の天才というべき元就は、これによって豊後大友家の内訌を狙ったのであろう。
対して宗麟曰く、
我素悪義長不弟。殺之誠快。聞彼家有茶器名瓢箪者、願得之。
われもとより義長の不弟を悪めり。これを殺すは誠に快よし。聞く、彼が家に茶器の瓢箪と名づくものあり、願わくはこれを得ん。
「おお、右馬頭どの(元就のこと)よ。滅相も無いことじゃ。
わしはもとから義長の、兄であるわしを兄とも思わぬ態度に苦りきっておった。しかも、不忠者・晴賢の誘いに乗ってわしのもとから出奔し、あろうことか大内家の跡を継いだと名乗って由緒あるかの家名を汚しおった。こんなやつを右馬頭どのが手を汚して殺してくださるとは、まっこと心地よきこと。ただ、大内家には「瓢箪」という茶器があるよし。大内家滅亡のおりは、わしには願わくばそれをいただけないものであろうか。」
「さすがは豊後の赤ネコどのよ。・・・食えぬのう」
と言うたか言わなかったか、元就は結局、その申し出のとおりにした。義長を殺し、「瓢箪」を宗麟に贈って、両者の間の手打ちとしたのである。
宗麟得之甚悦。
宗麟これを得て甚だ悦べり。
宗麟は、「瓢箪」を得てたいへん喜んだ。
そうである。
その後、天正年間、宗麟は薩南の雄・島津義久と戦い、しばしば敗れその領土を次々と手放した。やがて毛利氏と同盟した太閤秀吉、将兵を率いて義久を討ち、時に鎮西の諸侯、風を望んでことごとくその配下に入ったが、このとき、
宗麟献瓢箪以媚之。
宗麟、瓢箪を献じて以てこれに媚ぶ。
宗麟は、弟の命よりも重んじて手に入れた「瓢箪」を太閤に献じて、媚びた。
かくして「瓢箪」は太閤の物となり、さらに大坂の陣を経て、今、徳川家の有に帰したのである。
それゆえ、その「瓢箪」を前にして、「瓢箪は一小壷なれども、宗社の盛衰に係われり。」と嘆じたのであった。
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と、嘆じたひとは、無論この肝冷斎ではござらぬ。肝冷斎ごときの無学・無位のブタが、どうして希代の名器・瓢箪を臨むの栄に与れようか。
この嘆じているひとは、水戸の史臣、大日本史編纂の中心人物とされる澹泊斎・安積覚そのひとである。一般に「格さんのモデル」とされるひとですな。
澹泊斎さらに曰く。
このとき、元就の志は山陽の併呑にあったから、豊後の大友と争う暇は無かった。そこで宗麟に使いを使わして、その弟を救わせて宗麟に敵対の名義を与えないようにしようとしたのである。まことに用兵の道に深き者というべきであろう。
翻って宗麟は、弟を見殺しにしてその所有の器を奪った。元就を仇としてこれを討つなどという志は無く、却って「瓢箪」を贈ってくれたことを感謝さえした。そしてこの器について、
無事則誇人、以天下重器。危急則輸之、以為納欵之資。
無事なればすなわち人に誇り、以て天下の重器とす。危急なればすなわちこれを輸し、以て納欵の資となす。
無事のときには天下の重器を保有しているとして他人に誇っていたが、自らの領土の保全という危急のときに至っては、これを贈ってよしみを通ずるための材料としてしまった。
不義孰甚焉。
不義、いずれかこれより甚だしからん。
これ以上の不義というものがあろうか。
以上、「澹泊史論」より「瓢箪」。
あるいはこれは不義とか忠義といった我らに理解しうる徳目の問題ではなく、薄闇のように不気味な英雄の心根というべきものかも知れぬ。
・・・ぎぎぎ。来週は五日もある。どうすればいいのか。